318 気になること
窯の扉を開けた途端、もわっと熱い空気と共に、甘い香りが厨房に広がった。
胸いっぱいにいい匂いを吸い込んで、にっこりと笑う。オレ、お菓子を焼いた時の、この瞬間が何より好きだな。
「美味そうな匂いだな!すげっ……ちゃんと顔になってるじゃねえの」
よいしょ!と取り出した焼き台には、ずらりと並んだにっこりクッキーがいっぱいだ。切るときの力加減でちょっぴり歪んだ情けない顔もちらほらあるね。
「これと……これと……ほら、アッゼさんみたいだね!あげるね!」
「……お前……ケンカ売ってる?なんでへにょっとした顔ばっかり寄越すんだよ」
だってアッゼさんに似てるんだもん。
仕方ないのできれいにできた顔もいくつか詰めて小袋に分けてあげた。
「お土産ができたね!」
「おう、ありがとな。マリーちゃんも引っ込んじまったし、俺もそろそろ帰るか」
少し残念そうにしつつ、ヨシヨシと犬にするようにオレの頭をなでた。
アッゼさんも村に住むようになるといいなあ。でも、そうするとヤクス村ってものすごい戦力になるね……小さな国と戦争できそうだ。
「そういやさ、村に変な建物あるじゃねえ?あれ何よ?」
「変な建物?」
帰るか!と転移しようとしたとき、アッゼさんが思い出したように振り返った。
「そう。これだよ……ほら」
言うなりオレを小脇に抱えて……一瞬で視界が屋外に切り替わった。
これが、瞬間的な転移……!!すごい、本当に一瞬だ。急激な変化に五感がついていかずに目が回りそうで、腰を抱えた腕にしがみついた。
「転移酔いか?お前も転移するんだろ?」
セデス兄さんが言ってた、怖いってこれのことかな?怖くはないけど、気持ち悪いかもしれない。
「でも、オレの転移と全然違うよ。オレのはもっとゆっくりだから」
言いながらゆっくりと周囲を確認すると、狂った感覚がしっかりとしてきた。
「マリーちゃんはさ、転移直後でも攻撃できんだぜ」
なぜか得意そうなアッゼさん。察するに攻撃されたのはアッゼさんじゃないのかと思うんだけど、そこはいいんだね。
館から一瞬で移動してきたのは、村はずれの真新しい建物の前だ。
「うっ……ここって」
『あら、天使の聖堂じゃないの。ちょっと小さいけど、あんまりきらびやかでもよくないものね』
オレとしてはお地蔵さんのお堂みたいにジャストサイズの囲いがあればそれでいいんじゃないかと思っていたんだけど、そこに作られたのは真っ白な石の聖堂。数人まとめて入ることのできるそこそこ大きな建物だ。
「ここ、なんだ?魔力を感じるからさ、なんか秘密でもあるんじゃねえかと思ってな。下手に入ってマズイ場所だと困るだろ?」
ううーん、あんまり説明したくはないけど、説明を渋るのもおかしいよね。
「ここは天使様の聖堂だよ。最近この近くで天使像が見つかったから」
「天使ってなんだ?」
うう……それをオレが説明するの……自分の失敗談を美談のように語るって本当に恥ずかしい。もしょもしょと説明するオレに、思い当たる節があったのか、アッゼさんはああ、なんて頷いた。
「聞いたことあるわ。へえ、ここが発祥なんだな。じゃあ俺が中見てもいいんだな?」
興味津々で聖堂に足を踏み入れたアッゼさんが、天使像を見上げてへぇ、と感心したように声を漏らした。現代の地球なら、もう少し小さいとホームセンターにでも置いてありそうな像だけど、ここでは十分に立派な天使像だ。さすがモモ監修。
『うん、いいわね。聖堂もなかなかのものじゃない?天井と背後から光が差し込む設計なんて、素晴らしいと思うわ。』
「……なんかさ、これお前っぽい波動を感じるんだけど」
さすがは魔族……感覚も鋭いのかな。そりゃあオレの魔力の結晶みたいなものが、胎内に入ってるからね。
「お、オレ?オレは関係ないよ?!全然!」
ふーん?と訝し気な顔をしたものの、それ以上は興味もなかったのか、突っ込まれずにホッと胸をなでおろした。
「で、それが教本か。ふーん、ロクサレンとしてもこれを勧めてるワケね?」
教本……?アッゼさんが見つめる手もとに目をやれば、一体いつできたのか、天使教の教えを記したらしき書物が広げて置いてあった。
「悪くねえな。これを広げりゃいいのか?教本の写しもらったら、国の方に戻る時に持って帰っとくわ」
「えっ!いいよ!!広げなくていい!」
「なんでだよ……ここが有名になった方がマリーちゃんたちは喜ぶだろ?」
確かに領主からすれば自領が潤うだろうし願ったり叶ったりなんだろうけど!あんまり強く止めると、魔族だからか?って言われそうで、ぐっと詰まってしまった。まあいいか……宣教師でもあるまいに、そうそう宗教なんて広まるものじゃないだろう。
「よし、気になってたトコも見られたし、じゃ、な!」
「あ、ちょっと待って」
今度こそ帰ろうとしたアッゼさんの手を取ると、今度はオレが転移を発動する。
「おわ、おわわ……?!」
ふわっと体が溶けて広がるような、緩やかな感覚の後、すうっと意識が浮上するように、体が再形成される感じだ。オレはこれ、心地いいと感じるけど。
「あ……ど、どうなった?!俺、無事?!」
オレの部屋でぺたんと尻もちをついたアッゼさんは、放心状態で自分の体を確認する。
「どう?オレの転移って、時間かかるでしょう?」
「全然違うじゃねーか!怖ぇよ!あのまま消えてなくなるかと思ったぜ!もう絶対俺にやるなよ?!」
うーんやっぱり怖いらしい。オレの転移は人を連れて行くに向いてないのかな?エルベル様は大丈夫そうだったんだけど。
怖い怖いと言いながら立ち去ったアッゼさんを見送って、オレもようやく学校へ戻ろうとした時、大きな気配を感じた。
「あれ?どうしたんだろう」
明らかにオレに気づけと言われているようで、慌てて外へ飛び出すと、木の陰に隠れるようにしてこちらを見つめる長身の人影。
「わあ!どうしたの?そんな姿で!」
「てめえが来ねえからだ!あの姿でここへ来たら目立つだろうが」
不機嫌そうに腕組みをしているのは、金色の瞳、漆黒の髪の美丈夫だ。その姿でも十分目立つと思うけど、黙っておこう。そういえばルーのところもかなりご無沙汰だ。
「依頼受けたりしててね、なかなか行けなかったんだ。ごめんね」
「気になることがある。……誰か、来なかったか?おかしな者が来るかもしれん」
うん?心配して忠告に来てくれたのかな?おかしな者って、もう来たけど……アッゼさんかな。
「大丈夫、来たけどいい人だったよ!」
笑顔で答えると、ルーは妙な顔をした。
「……いい人……?まあ、問題ないならいい。じゃあな」
「あっ……待ってよ!」
もう帰るの?!と続けようとした声は、ごうっと風の音にかき消された。ぐんっと高く飛び上がったシルエットは、まるで空中を跳躍するように、あっという間に空に消えていった。
「すごい……風を蹴って走ってる……?」
ルーって空を走ったりできたんだ……獣の姿でもできるのかな?
「もう帰るのか?今度は休みの日にゆっくり来いよ」
「うん!カロルス様、またね!今度の連休はこっちでゆっくりするね」
大きな体にぽふっと抱き着くと、ひょいとぬいぐるみのように抱き上げられて、床が随分と遠くなった。
もう立派な冒険者だもの、甘えていたらダメなんだよ。そうは思っているのだけど、今日だけ、ちょっと甘えるくらいはいいだろう。
自然とゆるゆるになってしまう口元を隠すように、オレはぎゅっと硬い首元を抱きしめた。
「よし、じゃあ次の休みは皆で出かけるか!」
体に直接響く低音が心地よくて、嬉しくて、オレは満面の笑みを向けてばんざいした。
「じゃあね、カロルス様!約束だよ!!」
「わかったわかった。グレイに行先考えてもらうわ」
次のお休みまであと何日かな?!待ちきれない楽しみができてしまって、身もだえするような思いだ。ちょっと依頼とか詰めておかないと耐えられそうにないよ。
「じゃあねー!」
見送るカロルス様に手を振って、オレはふわっと光に包まれた。
* * * * *
「ユータ、結局泊まってくるんだろうね~」
ラキは、ユータが帰ってくるのを目途に、と熱中していた作業を中止して隣のベッドに目をやった。二人の先輩が寝ている時間だというのに、そのベッドの主は戻っていない。大人っぽいところもあるけれど、ユータはやっぱりまだまだ子供だ。
「ユータは授業休んだってついていけるんだから、もっとサボって家に帰ったっていいのにね」
「ムゥ?」
話しかけられた窓辺のムゥちゃんが、わさっと頭を傾けた。
月のない夜は随分と暗くて、ラキがランプを消すと部屋の中は真っ暗になった。
アッゼ:あ…これうまぁ!うま!!やばいな……俺あいつも嫁に欲しいわ!
マリー:……(幾重にも不届きな気配を察知)
アッゼ:?!ごめんなさいっ!……えっ?!何事?!なんか俺今……何か感じたような…
いつも読んでいただきありがとうございます!
クリスマスはいかがお過ごしですか?ええ、私はイブもクリスマスも仕事ですが何か?(笑)
クリスマス外伝入れたかったんですけどちょーっと無理かな……
漫画の方はもうご覧になりました?お食事カロルス様、最高じゃないです?何度も何度もそこばっかり見てます(笑)






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/