316 昼下がりの戦闘
「ちょ、ちょっと待て!待て待て!」
正面扉に近づくにつれ、重くなったお兄さんの足は、あと数メートルのところでぐいっと踏ん張って止まった。
ぐっと手を引いてみても、イヤイヤして待てと言うばかり。
散歩から帰るのを拒む犬みたいだなと思いつつ、その情けない顔を見つめた。
「どうしたの?」
「と言いつつ引っ張るな!待てって!こ、心の準備が…………あと戦闘準備」
ぼそりとこぼした後半が本音だろうか。
「マリーさんと知り合いなんでしょう?どうしてそんな怖がるの」
知り合いなら大丈夫でしょ、とは言えない。カロルス様は結構命の危機に晒されているし。
「知り合いなのは本当だからな?!でもマリーちゃん容赦ないからな……」
たらりと冷や汗を流す姿に、これは本当に心の準備が必要そうだとため息をついて向き直った。
「お兄さんはどこで知り合ったの?」
聞いちゃいけないことでもなさそうだし、お兄さんが落ち着くかな、と話を振ってみる。
「あ、おう……その、なんつうの、俺って昔はちょっと悪いこともしてたっつうかさせられてたっつうか……そんな時にマリーちゃんに出会ったんだ。もう10年以上前になるか……切ねぇ……全然振り向いてもらえねえの」
そんなことを言う割に、ここまで会いに来たのはこれで2回目だなんて言う。もっとマメに通ったりする方がいいんじゃないの?
「俺だって通いてえよ、でもなあ……魔族が行き来してるって知れたら、な。傷が癒えるにも時間かかるしよ。自信なくすよなあ、俺、結構モテる方だと思わねえ?」
どうよ?とポーズをつけた姿は確かに様になっているのかもしれないけど……。
「うーん。カロルス様の方がカッコイイ」
どうにも漂う軟派な雰囲気は、女性には人気があるんだろうか。少なくともオレには豪快で男臭いカロルス様の方がいい男に思えるけど。
「うぐ……お前さ、今それ言う?ここはお世辞でもカッコイイ!イケメン!素敵!!って言うとこじゃねえ?しかもカロルスってあのAランクだろ……あれがマリーちゃんのそばにいるからダメなのか?!」
でも俺あれには勝てねぇし、なんてぶつぶつ言うお兄さん。大丈夫、カロルス様はマリーさんの好みからは外れているみたいだから。
「そろそろ大丈夫?行こっか」
「アッ!待って!ちょい待ち!!」
いつまでたっても心の準備ができそうにないお兄さんにしびれを切らして、ぐいっと引っ張ってみる。大丈夫大丈夫、生きてたら回復してあげるから!
「マリーさーん」
お兄さんの手を引きながら小さくつぶやくと、ばんっ!と正面扉が開いた。
「ユータ様ー!お呼びでしょうかー!」
満面の笑みで飛び出してきたマリーさんが、お兄さんの姿を視界に入れて、ピタリと挙動を止めた。
「……来ちゃった」
語尾にハートが付きそうな台詞で、てへっと肩をすくめたお兄さん。その顔が引きつったかと思うと、ひゅっとオレの頭上を何かが通りすぎた。
「あ、あれっ?!」
オレの髪を刈る勢いで通り抜けた華奢な脚に、背中を冷たい汗が流れた。そして、いつの間にやらオレの手からお兄さんの大きな手が消えていた。
「ま、待て!話を!」
転移……?!
オレの隣から消えたお兄さんは、突如離れた地点へ出現していた。神速の蹴りを放ったマリーさんが、そのまま地を蹴って追いすがる。
「話などありません!ここへ来るなと何度言ったら!」
「おわぁ!何度って!俺、まだこれで2回目!そのくらい、許してっ、くれねえのっ?!」
目まぐるしく消えては現れるお兄さんに、徐々にタイミングを合わせていくマリーさん。一定範囲内で逃げることしかしないお兄さんは、そのうちクリティカルヒットをもらうだろう……。遠くへ逃げてしまってもいいはずなのに……お兄さん……体張ってるなあ。
「ねえ、マリーさん」
「はい、ユータ様どうしました?すみません、すぐ駆除しますので」
さっと戻ったマリーさんが、にっこりと笑顔でオレの頭をなでた。
「……ひどくねえ?!俺、結構健気で一途な好青年だと思うんですけどぉ!」
かなり離れた位置から、お兄さんが涙ながらに訴えている。毎回、こうなんだね……お兄さん、確かに健気だとオレは思うよ……。
「あのお兄さんは誰?」
「あれは昔にころ……倒しそこねた悪者ですよ」
マリーさんの笑顔がまぶしい。スパンと言い切られてお兄さんがいじけていた。
「子どもに嘘を教えるのは良くないと思いますー!マリーちゃんは俺を助けてくれたって、俺わかってるから!本当は優しいマリーちゃんだから、俺のことを思っ……っぶねー!!」
「チッ……」
熱く訴えかけるお兄さんに問答無用の蹴りが放たれ、またもや間一髪のところで空ぶった。ちょっと遠めに転移したお兄さんの服が、遠目にも裂けているように思うのは気のせいだろうか。
「マリーさん、あの人そんなに悪い人かな?ダメだよ、ケンカしたら」
オレの言葉に眉を下げたマリーさんが口ごもった。
「ユータ様……でも、これはケンカなどではなく、討伐と言いますか……」
「俺は魔物じゃねえ!」
とにかく、今現在このお兄さんはこちらを攻撃するつもりもなさそうだし、一方的に傷つけるのはどうかと思う。じっと見つめたマリーさんの瞳は、いつになく揺れているように思えた。
「……ねえ、オレもお話聞きたいし、おうちに入ろうよ!」
「ユータ様……」
オレは、なんだか少女みたいなマリーさんに微笑んだ。そっと華奢な手をとると、マリーさんも少し困った顔で微笑んでくれる。
「ユータ様がそうおっしゃるなら……仕方ありませんものね」
「うん、仕方ない!」
左手をつないで館へ向き直ると、右手がぐっと持ち上げられた。見上げれば、やや緊張した面持ちのお兄さん。今度はしっかりとオレの手を握っている。
「連れてってくれんだろ?ちびっこ、感謝するぜ……新たな第一歩だ。間接的にでもさ、こうして手を繋いでいると、こう……マリーちゃんのぬくもりも伝わってくるような気が……」
しないしない。それ、間違いなくオレのぬくもりだから。
「オレはユータだよ。ちびっこじゃないから」
「うん?そうか!ユータ、な。俺はアッゼだ。男前で結構強いアッゼさんだぞ」
ちらちらとマリーさんを見ながら教えてくれたけど、マリーさんは全然聞いていない様子で何やらぶつぶつとつぶやいている。
「間接的に手をつないでいることに……!?そんな……で、でもユータ様の手を離すなんて……!」
……マリーさん……?
「ああ、庭で戦闘があったと聞いたがお前か。毎度騒がしいことだ」
「俺?俺のせいなのか?!」
カロルス様は、どうやらアッゼさんを嫌ってはいないようで一安心。何事かと出てきたエリーシャ様とセデス兄さんも、どことなく生暖かい視線を寄越していた。
「えーと、お初……じゃねえや。何度かお目にかかりましたアッゼさんですよ。なんか落ち着いて顔を合わせるのは初めてな気がするな」
どうやら挨拶したつもりらしいアッゼさんに、エリーシャ様たちも深々と頷いた。
「そうねえ、いつも戦闘してはいなくなっちゃうものね」
「今日は元気そうだね」
いつもそんなにひどいんだね……。マリーさん、もうちょっと加減してあげてもよくない?
気の毒なアッゼさんを見上げると、へへ、と気の抜けた笑顔が返ってきた。なんとなく薄氷を踏むような均衡を感じて、そっと手を取ると、予想外に強く握り返した大きな手は、じっとりと汗をかいていた。
お気楽な調子のアッゼさんだけど、魔族ってことを人一倍気にしていたようだったし、Aランクの巣窟へ足を踏み入れるのは相当な勇気がいったんだろうな。単身乗り込む度胸は、買われてしかるべきだと思う。
もうすぐ漫画版二話が更新されますね!
12/23 更新、Comic Walkerさんかニコニコ漫画さんで見られますよ!片岡先生からの一足早いクリスマスプレゼントですね!
3巻の書影も出来上がり、しばらくはページ下の方へ貼っつけてますのでご覧くださいね!
12/22 アッゼのセリフは一応「3回目」で合ってたんですが、ややこしいかなと変更しました。
 






 https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
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