315 怪しい人
「みんなー!そろそろうちのクラスってばギルドから表彰されそうな勢いだよっ!すごいね!先生何も身に覚えがないのが切なくなくもなくも……でも!素晴らしいことだよ!」
「うーん、表彰はいらねえから依頼料上げてくんねえかな……」
オレたち以上におおはしゃぎする先生を微笑ましく眺めながら、誰かの呟きにクラス中が頷いた。
「だって、私たち他の冒険者と変わらない働きしてるのにおかしいわよ!」
最初こそ低賃金ゆえにギルドの「学生枠」参加は微妙な雰囲気だったけど、オレたちの遠征の話と、きちんと仕事をすればそれなりに増額してもらえることを知って、今や学生枠参加はいつも大人気となっている。決して授業を受けなくてもいいからではないはず。
「そっかぁ~それもそうだね!うん、先生からも提案はしてみるよ!最初の提示額を変えるのは難しいけど、後から働きに応じて増やしてもらうことくらいできるんじゃないかな!一応、学生を預けられる相手かどうか見ているはずだから、不当な扱いはされないと思うし……」
メリーメリー先生は顎に手をあてて考え込んだ。もし、頑張りに応じてもらえる額が増えるシステムになれば、うちのクラスはさらに実力を上げそうだ。
でも、冒険者は危険な仕事であることに変わりは無くて……できればみんなが無事に大人になってほしいと思う。
だから、なるべくオレも依頼を受けて外に行こう。目が届く範囲なら助けられることもあるだろうから。
「……とは言うものの……おうちにも帰らないといけないんだよね」
休み時間に入り、オレは机の上に突っ伏した。
「どうしたの~?家からそんな手紙でも届いたの~?」
ラキが椅子を引き寄せてオレの机を囲むように座った。
「ううん、最近あんまり帰れてないから、この間帰った時に釘を刺されちゃった」
「……この間?えーとね、普通は馬車で往復1日かかるから、滞在時間も考慮すると2日休みじゃなきゃユータの家には帰れないんだよね~。それを踏まえまして~僕達遠征から帰って連休一緒にいなかった日ってあったかな~」
気のせいかな~なんて空々しく呟くラキに首を傾げて話を続ける。
「サッと行って帰ってきたんだけどね、もっとマメに帰ってこないとダメって」
「……ふうん、あ、そう……なんかもう……いいか。で?サッと行って帰ってくるなら別に寝る前にでも行けばいいんじゃないの~」
そんなことを言うラキに頬を膨らませる。
「だって……夜に行ったら眠くなっちゃうでしょ、寝ちゃったら困るし夜だとあんまり遊べないから」
「もう向こうで寝ちゃってもいいんじゃないの~」
どうでも良さげな顔で一応話は聞いているラキは、全然分かってない。
「そんなことしたら朝学校にいないでしょ?おかしいって思われるじゃないか」
「ふーーーーん」
ラキはじっとりした視線を寄越すと、同室で気付くのって多分僕だけなんだけど、なんて呟いた。
とりあえず今日みたいに中途半端な授業の日に帰ってみれば、とあくび混じりに言われて素直に従うことにする。
「ただいまー」
「ユータ様っ!」
今日も嬉しそうなマリーさんのハグを受けてから、来たものの特に館ですることもなく、カロルス様たちの仕事が終わるまで庭で遊ぶことにした。
植物図鑑を広げて、広い庭に生えている草を調べつつ、ここに畑でも作ってみようかな、なんて考えていた時、突然手元が陰った。
「よう、お前はどちらさんだ?えーと?ぼう……ずでいいのか?」
突然の気配に心底ビックリして見上げれば、細身で背の高い男性がオレを覗き込んでいた。
「ま、いーや。さすがにこんだけ小さいと大丈夫だろ。ここの家の子?」
どこか軟派な雰囲気のする顔でへらっと笑うと、ぽんぽんとオレの頭に手を置いた。見たことのない人……でも、悪い人ではないような気がする。そして、強い人な気がする。
『あなた気を抜きすぎよ?この男は敷地内に無断侵入してるんだから』
そっとシールドを張ったモモがオレに注意を促した。みんなもどことなく警戒しているのは、この人の実力が高い証だろうか。
「……お前、シールド張れんの?魔道具か?」
「えっ?!」
シールドって、こっそり張ることもできるもので、詠唱がなければ普通攻撃前に気付くことは難しいはずなのに。オレの驚いた顔と警戒した様子に、その人はパッと両手を広げて降参のポーズをとった。
「あ、いやいや別にいいんだ、お前がシールド張ろうと何だろうと。俺、突然来ちゃったもんな、ビックリするよな」
再びふにゃっと笑うと、視線を合わせるようにかがみ込んだ。
「俺久々にマリーちゃんに会いに来たんだけどさぁ、ご機嫌どうかなーなんて」
「マリーさんの知り合い?」
「そうそう!なんかこの領地の改革が進んでるって噂じゃねえ?なら行ってもころ………怒られないかなってさ」
なぜかぶるっと身震いした彼は、あいてて、と身体をさすった。
「痛いの?怪我してるの?」
「い、いや古傷が……いやー俺もダメだなぁ、それでも来ちまうもんなぁ」
軟派な顔が笑うと、垂れ目がさらに強調されて随分と情けない顔になった。灰色の短髪をがりがりと掻くと、そっとオレの耳に顔を寄せる。
「それでさ……お前、マリーちゃんに取り次いでくれねえ?えーと、何年も会ってねえからさ、ほら、怒ってるかもしれねえだろ?」
お願い!と両手を合わせて頭を下げられ、オレも困惑する。どうしたものか……マリーさんなら例えこの人が悪い人であっても大丈夫な気もするけど。そもそも悪い人なら断ったらオレの身が危ないような。
オレは心の奥まで覗き込まんと、紫色の瞳をじっと見つめた。
「うーん、お兄さんはだれ?魔族さんはあんまり関わりがないと思ってたから……」
途端にぎらりと鋭くなった瞳に、思わず飛びすさって両の短剣を抜いた。
―攻撃するの?敵なの?
『俺様の出番!』
ラピスのピリピリと緊張した空気に、相手の力量を推し量ってごくりと唾を飲んだ。
『ゆーた、僕も出る?でもこの人、悪い人かな?』
シロの人を見る目は確かだと思う。オレはラピスたちを抑えつつ、油断なく様子を窺った。
「おぉ……すげえな、さすがここの家の子、ってやつか。良い反応じゃん。はあ、こんなちびっ子じゃバレてねえと思ったんだけどな」
あちゃー、と額に手を当てた男から鋭い雰囲気が消え、元の軟派男に戻った。へへっと笑った顔は少し寂しげだろうか。
「うん、俺って魔族。悪いな、怖がらせたかー。仕方ない、マリーちゃんには一か八かで直接会いに行ってくるわ……骨は拾ってくれな?」
冗談めかして言った男は、館の方を見つめてごくりと喉を鳴らした。
「魔族は怖くないよ?誰か分からない強いお兄さんが『ふほうしんにゅう』してるから警戒してるんだよ」
そもそもこの世界に不法侵入があるかどうかは知らないけれど、ニュアンスは伝わるだろう。
「ふ、ふほーしんにゅー?難しい言葉を使うんだな。悪かったよ、お前が見えたからつい、な。ちびっ子は魔族が怖くないのか?魔族に会ったら頭からバリバリ食われちゃうとか、捕まったら実験に使われるとか、聞いてねえ?」
あんまりな言い様に、思わずぷはっと吹き出した。
「ふふっ!普通の魔族の人は知らないけど、紫の目の人は、お友達のアンヌちゃんもいるし、ス……他にも一人知ってるよ」
目の前の男はきれいな紫の瞳を見開いた。
「へえ……改革が進んでるって本当のことだったんだな。じゃあ、あいつもここにいれば自由に過ごせるのか。……よかったな」
あいつって誰を指すんだろう。さっきまでの気の抜けた笑顔から、どこか深く慈しむような柔らかな微笑みがのぞき、オレは完全に構えを解いた。
少なくともマリーさん以外の知り合いもロクサレンにいるようだし、どうにもこの人に刃を向けようという気にはならない。
『主ぃ、もういいのか』
どことなく不満げなチュー助に苦笑して鞘をなでた。出番がないのはいいことだよ……この人、きっとオレより強いから。
「うーんと、一緒に行くだけでいい?マリーさんが怒ってたら、オレもどうしようもないよ?」
「ですよねー!!ってあれ?俺、信用してもらってる?そりゃありがたいけど……いいのか?魔族だぞ、魔族」
拍子抜けした様子でオレに向かって魔族~!と怖い顔をしてみせる彼に、オレはふわっと笑って近づいた。
「あ……」
「……どうして逃げるの」
一歩近づけば一歩下がる魔族のお兄さんに、オレは頬を膨らませる。これじゃオレが怖がらせているみたいじゃないか。
「あ、あーいやーなんつうの?俺って魔族だし?」
「知ってる」
だらだらと汗をかいてじりじりと下がる彼に、動かない!とビシリと言えば、はいッと固まった。
「じゃあ、行こっか」
これ幸いと大きな手を取ると、ビクッとしたのがわかる。にこっと見上げて手を引けば、オレに合わせて背を屈めつつ、おずおずとついてきた。
「な、慣れねえ……」
明らかにオレより強いお兄さんは、嫌なら振りほどけばいいのに、きゅっと握ったオレの小さな手を払いもせず握り返しもせず、なんだか居心地が悪そうで笑ってしまった。
ラキ:ユータは何をどこまで隠していたいんだろうね……僕はどう対応すればいいんだよ~
タクト:言うの忘れてるだけじゃね?普通に聞いてみれば?
モモ:ゆうた、本っ当~にあなたって人は……
いつも嬉しい感想をありがとうございます!励まされたり、くすっとしながら読ませていただいています!
今回のお話、書籍版を読んでいる方はこの時点で誰かわかるかな?
もともと本編に登場させるつもりでいたんですが、やっと出てきました!
書籍版を読んでいなくても、そもそもユータは知らないことなので、読んでないとダメってことはないですよ~。






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/