314 視線
「美味い!!いや、なんか悪ぃな、エルベル様に作ってもらうなんてよ」
「えーっと……恐れ多いけど……なんかもういいや!本当に美味しい!!いつもより肉っぽい感じで食感がいいね、肉汁もしっかりしてる~!」
「エルベル様ってすごいのねぇ!初めてのお料理なのに犠牲者も出さずに作れるなんて……」
オレとエルベル様の合作、ハンバーグ定食はカロルス様たちにも大好評だ。今回はエルベル様が上手に粗挽きしてくれたので、食べ応えのあるしっかりとしたハンバーグになった。
「美味しいね~お味噌汁もちゃんとできてるね!」
「まあ……お前が作ってるからな」
あんまり褒められるもんだから、エルベル様はすっかり照れて仏頂面になってしまっている。
「ハンバーグも美味しいでしょ?これで帰ってからも作れるね!」
「無理だろ……肉を潰すならできるけどな」
うーん、じゃあ帰りにレシピを書いて渡しておこうかな。
オレとエルベル様の前にはきちんと専用のお膳で定食として出されていたけど、食卓の中央にはでん!と盛られたハンバーグの大皿がそびえ立っていた。オレたちだけでは作りきれないから、こっちは料理人さんたちのお手製だ。なんでこんなに盛ってあるんだ?と不思議そうな顔をしていたエルベル様は、みるみる減っていくハンバーグに唖然としている。オレ達は自分の分をゆっくり味わって食べようね!
「ふう、お腹いっぱい……ハンバーグもエルベル様の好きなものに入った?」
「そうだな……でも……」
「でも?」
「……味見でつまみ食いしたやつが一番うまかった」
ちょっとばつが悪そうな台詞に思わずくすっと笑った。確かに出来たてのつまみ食いが一番美味しいよね!でもきっと、そのつまみ食いは一緒に作ってたから美味しいんだよ!
「もう帰っちゃうの?」
「そりゃあ……帰らないわけにいかないだろう」
もう一度海が見たいというエルベル様に付き合って、オレたちはしばし波の音を聞いていた。徐々に下がってきた気温に身震いして、傍らに立ち上がった王様を仰ぎ見ると、座ったままのオレに少し困った顔。
「また遊びに来てね」
「俺がここへ来てもお前がいないだろう」
「大丈夫、アリスがいるから知らせてくれるよ」
「……まあ、時間があればな」
ほら、と差し出された手をとって立ち上がると、ぱんぱんとお尻を払ってにこっとした。
エルベル様も学校に来られたらいいのに。いつかタクトたちにも紹介しなきゃね!でもさすがに王様を連れて冒険には行けないかなぁ……超強力な助っ人だね。
ふと、視線を感じた気がして振り返ったけれど、そこにあるのは一面の海。
視線を戻すと、エルベル様まで訝しげな顔できょろきょろしていた。
「どうしたの?」
「いや……妙な気配があった気がしたが……」
誰かいたのかな?何しろエルベル様は珍しいから、こっそり見に来る人がいても何らおかしいことはない。館にいたらあちこちから覗かれているし。
エルベル様は一旦館へ戻って着替えてから、ばっちりハンバーグのレシピも持って帰っていった。
「また遊びに行くね!エルベル様も来てね!」
「ああ。………その……楽し、かった」
エルベル様の精一杯の言葉が終わるか終わらないかのうちに、その姿はふわっと黒い霧へと変わって消えていった。
「うん!オレも楽しかったよ~!!」
満面の笑みで手を振ったオレの声は、ちゃんと聞こえていたかな?
「エルベル様……帰ってしまわれたのですね……」
館へ戻ると、マリーさんがずぅんと影を落としていた。
「えっと、ほら、王様だから忙しいんだよ!ま、また来てくれるから!」
「……ユータ様もすぐに帰ってしまわれるし……セデス様にはうまいこと逃げられるし……マリーには日々の潤いが足りません……」
うっ……最近はお休みの日も依頼を受けたりするもんだから、こっちへ帰ってくる頻度が減っているかも知れない。3人で遊ぶことが多いし、そうしょっちゅう帰っては来られないんだけど……。
「えーと……なるべく帰ってくるから!」
「ではその間のエネルギーを補充しても?」
補充……?と首を傾げたけど、さあ!と両手を広げて膝をついた姿に、とりあえずパフッと飛び込んだ。
「ああ~癒やされます……」
うーん、オレがシロやルーをぎゅうっとするのと同じかな?確かに満たされる気がするよね!でも、でもね、それ以上は締めないでね?!
すりすりとほっぺを寄せるマリーさんに抱きしめられながら、いつかこの華奢な腕がきゅっと締まるんじゃないかと気が気じゃなかったよ。
「ただいまー」
「あ、おかえり~依頼受けてたの~?」
ベッドの上に簡易テーブルを置いたラキが、手元から視線を外さないまま応えてくれる。
「ううん、遊んでたよ。何作ってるの?」
ラキの手元にはきらきらした石やら土やら、およそベッドの上で散らかしていいものではないものが散らばっている。
「あー、ちょっと練習しようと思っただけだったんだけどね~つい夢中になってたね」
うーんと伸びをして背中を伸ばしたラキが言い訳がましく言った。
「明かり、つけようか?もう暗くなるよ」
すっかり傾いた日差しが、窓からオレンジ色の光を差し入れているけれど、そろそろランプをつける時間だ。
「ええっ?!もうそんな時間~?!まずいよ!」
にわかに慌てだしたラキが、散らかったベッドもそのままにかばんを引っつかんで滑り降りてきた。
「えっ?今からお出かけ?」
「明日の授業で必要な材料切らしてたんだ~!買いに行ってくる~!」
駆けだしたラキにつられてオレも一緒に走り出した。
「ラキ、シロに乗って行こう!どこのお店?」
「ユータ!ありがとう~えっとね……」
『よーし、ちゃんとつかまっててね?“ちょうとっきゅう”で行くよ!』
シロのジェットコースター超特急で、屋根やら路地裏やらを通り抜け、ものの数分で目的のお店に到着することができた。ありがたいけど、ありがたいけど……もう少し乗り心地が良くなるといいなあ……ルーを知ってしまうと贅沢言っちゃうね。
ラキはよろよろと傾きながら店に入っていった。
「ふう、シロのおかげで間に合ったね!ありがとう」
『ぼく、速かったでしょう!』
ラキを待つ間、得意げにふぁさふぁさとしっぽを振ったシロをたっぷりと撫でていると、雑踏の中からこちらを見つめる視線に気がついた。
「……?」
シロが目立つのでこちらを見つめる顔は数あれど、気になったその人はなんだか怒っているような……。声をかけた方がいいのかと口を開こうとした時、ラキがお店から出てきた。
「あ~まだちょっとふらつく~。ありがとう!お待たせ~、帰りはゆっくり歩こうね~」
「あはは……大丈夫?」
まだ足下の怪しいラキを支えつつ苦笑して視線を戻すと、さっきの人はもう見当たらない。
「どうしたの~?」
「ううん、こっちを見てる人がいたから、何か用事でもあったのかなと思ったんだけど……」
「ユータは目立つからいつだって誰かが見てると思うけどね~」
ラキは気にしたそぶりもなく歩き出した。
なんだか夕暮れの街は少し慌ただしくてそわそわする。あとほんの少し暗くなったら、この喧噪も嘘のようにがらんとするんだ。
「ねえラキ、青い髪の種族っているの?」
「青?うーん……海人が青っぽくない~?他はどうだろう?いろんな種族の混血だと色んな色があるよ~」
ナギさんは深緑の髪だったけど、青っぽい髪の人もいるんだな。でもオレが見たのはもっと鮮やかな青だったよ。
「このあたりは茶系が多いけど、地方によってはビックリするような髪色の所もあるんだって~」
「そうなんだ!そんなに違うんだね!これからあちこち冒険行くの、楽しみだね~!」
もっともっと遠くの街、いろんな人達に会いに行けるといいな。でも、そうなるとロクサレンに顔を出しに行ける機会はさらに減るかも……約束したばっかりだし、とりあえずしばらくはマメに帰ろうか。
徐々に灯り出す街の明かりを見つめ、ふうと息をつけば、なんだか苦労性のお父さんみたいだと、オレは1人笑った。
タクト:あーー!2人でどこ行ってたんだよ!俺も連れてけ!
ラキ:急いでたんだから~!
タクト:何食ったんだ?行ってもいいけど俺にも買ってきてくれよ!
ユータ:ラキの勉強に使う……
タクト:あっ、いいわ!俺は用事あるからな!別に誘わなくていいぞ!
ラキ&ユータ:…………
1月に竜科学会(https://dragon-society-jp.weebly.com)に参加させていただくことになりました!すんごい面白そうな展示会なのでぜひ詳細ご覧下さいね!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/