312 エルベル様と遊ぼう
「もう挨拶おわり?遊びに行ってきてもいい?」
堅苦……しくもない挨拶はすんだものと判断して、早く遊びに行かなきゃ勿体ない!せっかくエルベル様が来てるんだもの、あちこち見せてあげなきゃ!
「お前……本当に遊びに連れてきたんだな……エルベル様がそれでいいなら構わんが……」
「いいよ!じゃあ着替え探しに行こう!」
「いやいやっ!お前じゃなくて……」
まだ何か言おうとするカロルス様を置いて、オレはぐいぐいとエルベル様の手を引いて走って行く。
「マリーさーん」
「はいっ?!何でしょうっ?!」
衣装部屋へ向かいながら呟くと、シュピッ!!とマリーさんが出現して、エルベル様がビクッとした。エルベル様効果だね……普段より0.2秒ほど速い。
うわぁ……大変なことになってる。オレはセール会場のようになった室内で、そっとエルベル様に近づいて声をかけた。
「……あの、大丈夫?」
「何がだ?」
きょとんとしたエルベル様は、首だけこちらへ振り返った。
「何がってその……着替え、思ったより大変になっちゃった」
多分、館中のメイドさんが結集しているであろう室内で、次々と服をあてがわれては大騒ぎだ。その中心地で自然に佇むエルベル様は、言われるがままに手を挙げたり袖を通したり。なぜだろう……とても優雅に見える。
「そうか?着替えとは大体このようなものだろう。確かに人数は多いように思うが」
「…………そう…」
そう言えばオレ、エルベル様のお城で似たような目に合っていたと思いだした。慣れているんだね……でもきっと、王様であってもこれって普通じゃないと思うんだ。
「これならっ……ダメ、ダメよ、完全に負けているわ……」
「くっ……ユータ様はもう少し素直に服に着られてくれるのに……」
元々の素材がきらびやかなエルベル様に普通の服を着せるのは、なかなか至難のワザのようで、メイドさん達は随分ヒートアップしている。遊びに行くだけなのになあ……。
「さあっ!これでいかがです?!あまりお時間を頂戴するわけにもいきません……題して『美貌の王が正体を隠し、庶民のふりをして村を視察するも、その輝きと溢れる高貴に誰もが振り返らずにはいられない!』です!!」
朗々と宣言したマリーさんに、ふうっと額の汗を拭ったメイドさんたちのきらきらとしたやりきった表情。そのまんまだなぁ……えーと……オレには普通にフードのついた服に見えるけど……まあいいか。
「エルベル様、どう?」
「ふむ……軽くて動きやすいな」
なんだか王様の服を脱いで、表情まで寛いだようだ。ふわっと微笑んだ王様に、メイドさんたちがきゅっと胸を押さえた。
「じゃあ、行こっ!」
「「「「いってらっしゃいませー!」」」」
手を繋いで走り出すと、普段は「廊下を走るな」って言いそうなエルベル様も、オレと並んで走り出した。そのまま正面扉を飛び出すと、そっと手を離した。
「村の方まで行こう!あっちに海もあるんだよ!」
「ほう……海は行ってみたいな」
村までの一本道を並んで走る、走る……
「………」
「…………」
走る……!!
「お前っ!やけに、速く、ないかっ!人の子だろうっ!」
「エルベル様こそっ、王様がっ、そんな走っちゃ、ダメなんじゃないっ!」
オレが少し前へ出る、負けじとエルベル様が前へ出る、むっとしたオレが前へ出る……!!!
やがて土煙をあげる勢いで村までの道を駆け抜けるオレたち。
『もうっ、いい加減にしなさいっ!』
「「うぶっ?!」」
もうすぐ村に到達と言うところで、ラストスパートをかけようとお互いを伺い合った瞬間、突如何かに突っ込んだ。ぷよんと柔らかくて弾力があって……そう、まるでモモみたいな……。
『全く……そんな勢いで村に駆け込んだら、人身事故になるわよ?!』
「はぁ、はぁ………だってエルベル様が……」
「は、ふぅ……なんだ?なんて言ってる?これはお前のスライムが何かしたのか?」
『そうよ、素敵でしょ?私の柔らかボディシールドよ!』
シールドって柔らかくできたんだ!モモすごい!!
『うふふ、練習したのよ!でも強度はないからシールドって言うにはちょっと無理があるかもね』
珍しく照れた様子でぽよぽよするモモに頬を寄せた。それだけ頑張ったんだね!本当にモモはいつも頼りになるよ。
「はあ……村まで来るだけで疲れちゃった…エルベル様のせいで」
「そうだな……お前のせいでな」
オレたちはどさりと両足を投げ出し、牧草地へ腰を下ろした。ただ黙って空を仰いだ赤の瞳は、明るい空の元ではこんなに透けて見えるんだね。
「あ、ユータじゃない?!」
「わあ、久しぶり~!」
「あれ?あいつ誰だ?」
懐かしい声に振り向くと、随分と大きくなったように感じる3人。エルベル様が慌ててフードをかぶりなおした。
「リリア!キャロ!ルッカス!わあ、大きいね!」
満面の笑みで立ち上がると、ますます以前との差を感じる。おかしいな、同じように成長しているはずなのだけど……。
「でしょ!」
「ユータはあんまり変わらないね~!」
「お前、小さくなったんじゃね?」
あんまりな言いように声もなく打ちひしがれていると、エルベル様が吹き出した。
「あ……あの、そちらは…どなた?」
圧倒的に高貴オーラを放つエルベル様に、2人がそわそわとした。
「あのね、エルベル様って言う偉い人だよ!ヴァンパイアのエルベル様だよ!」
「おまっ……!!」
この野郎!と言わんばかりにオレの胸ぐらをつかんだエルベル様に、3人がきょとんとした。
「……もしかしてお忍びってやつ?大丈夫よ、大人に言ったりしないわ!」
「うん!約束する!」
任せて!と得意げに胸を張る様子に、今度はエルベル様がぽかんとした。
「お前たち……ヴァンパイアと聞いて恐ろしくはないのか」
真っ直ぐ見つめられた2人が、少し頬を染めてはにかんだ。
「ヴァンパイアが恐ろしいかどうかは知らないわ。でも、エルベル様は怖くないわ」
「今度村に来るヴァンパイア族の人でしょう?どんな姿なのかなって楽しみにしてたの」
目を見開いたエルベル様にそっと身体を寄せると、表情の抜けた顔を覗き込んでにこっと微笑んだ。
「大丈夫なんだよ。少なくともここでは、大丈夫なんだよ」
くしゃっと顔を歪ませたエルベル様は、静かに俯いて深いフードに埋もれた。
「ねえユータ、紫の目の子も来たのよ!ユータのお友達なんでしょ?ちょっと魔族の血をひいてるんだって!」
「すごいのよ~!執事さんが魔法の授業をしてるの!もう魔法使えるようになったんだから!」
わあ、アンヌちゃん魔法の特訓してるんだ!執事さんに教えてもらえるなんていいな~オレは学校行くまでダメだったのに、さすが魔族の血が入っているとなると違うらしい。
「エリちゃんだってさ、少し魔法使いの素質があるらしいぜ!ちょっとでも使える方がいいって、一緒に習ってんだ。俺は剣士だからなー魔法は使えないのが残念だぜ」
「あんたが残念なのはエリちゃんと一緒に授業受けられないことでしょ」
「な、ち、違うわっ!!」
なんだか、村は随分賑やかになってきたようだ。カロルス様が天使教にかこつけて、多種族・他種族を受け入れると宣言したことで、出ていった人達もいるけれど、集まって来た人達もいる。元々カロルス様たちの大らかで深い懐の元で過ごしてきた村の人達は、驚くほどに柔軟に物事を受け止めてくれた。それだけの深い信頼を寄せているという証……オレはなんだか胸がいっぱいになった。
「あのさ、エルベル……様?顔ちゃんと見てもいい?ヴァンパイアって俺たちと何が違うんだ?」
興味深げにじっとエルベル様を見つめたルッカスが、いつも通りど直球を投げた。偉い人と聞いたから、勝手にフードをむしってはいけないという所までは考えてくれたようだ。
「ふ、いいぞ。何が違うか見てみるといい」
顔を上げてルッカスと視線を合わせたエルベル様は、少し挑発的な笑みを浮かべると、ばさりとフードをはね除けた。
風に流れた絹のような髪がキラキラと輝き、白日の下にさらされた美しい顔に、ルッカスが思わずぽかんと口を開けた。
「わ、わ、わ……ヴァンパイア族ってみんなこんな綺麗なの?!」
「きれい……ユータで慣れたと思ってたのに……」
うふふ、そうでしょ!エルベル様はとっても綺麗な人だよ。勢いよく顔をさらした割に、真っ直ぐ向けられた賞賛の瞳に耐えられなくなって、エルベル様がじわりと視線を外した。
呪縛が解けたようにハッとしたルッカスが、ふとオレとエルベル様を交互に見つめた。
「どうしたの?」
「いや、なんかさ……エルベル様って……ユータを洗濯したみたいだな……」
洗濯……??突然なんのことかと首を傾げた。
「母ちゃんの汚れ落とし液にさ、昔父ちゃんのズボン浸けちまって……いや、違うぞ、とても綺麗になったんだからな!色も柄もなくなっただけで!!そのっ!綺麗ってことだから!!」
オレは思わずエルベル様と顔を見合わせた。
「……ぶ、ぶはっ!そんなハズないだろう!こんなチビと一緒にされてたまるか!は、ははは!」
エルベル様は、失礼にも腹を抱えて笑った。
モモ:なるほど…ゆうたを漂白したらエルベル様に……なるかしら??
チュー助:ならないならない!主はりんごでエルベル様は綺麗な石だからな!違うと思う!
モモ:はーん、そうかもね。ゆうたはかわいいけどエルベル様はカッコイイもの。
ユータ:(オレだってカッコイイ方がいいんだけど……)
昨日何気なくamazonさんの3巻ページ見たら、口絵が公開されていて!!不意打ちで心臓が!
もう見ました?!すっごいかわいいんです!ルーの大きさがよく分かるしユータのちまっとした手足がかわいくて!唐揚げどんだけ積むんだよ!!ってカロルス様たちにキースはカッコイイし!
ぜひご覧になってくださいね!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/