26 助かる者 助からない者
俺は光の華が咲いた場所へ向かって、猛烈な勢いで突き進んでいた。騎乗しているのは森鹿、力はないが森での機動力に優れた馬代わりだ。あたりは既に暗く、俺の視界ではおぼつかなくなってきており、勝手にひょいひょいと木々を避けて進んでくれる森鹿に感謝する。
と、前方に激しく揺れる光が見えた。速度は緩めないまま片手で剣を抜く。
「誰だ!!答えよ!」
やつらか?!大声で誰何すると、揺れていた光がぴたりと止った。
「わ・・うわあああん。」
「助かった・・助かったの?」
幼い声が聞こえる。
「・・・子どもか?その光を消して歩いてこい。」
俺はまだ用心しつつ声をかける。
「どうやって消すの?」
「わからない・・。」
「光をかくしたらいいんだよ!」
何かごそごそしたかと思うと、光が地面に落ち、暗くなった。どうやら光るものを足で踏んでいるようだ・・うすぼんやりとした光が地面から子ども達を照らしている。
闇に目を慣らしてから、ゆっくりと近づく。1,2,・・5人。確かに、5人のこども達。・・だが・・・あいつがいない。あの野郎、自分を子どもにカウントしてやがらねえ。
「・・・お前たちだけか?どうやって逃げてきた?それにもう一人、いたはずだ。」
「・・・もしかして、あなたがカロルス様?ご、ごめんなさい・・あの子、一人で・・ひとりで・・」
「お願い、助けて!あの子、一人で悪者をおびき寄せてるの!!」
泣きじゃくるこども達の言葉に、俺は瞠目した。
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オレは脱走の準備を整える。子ども達の命がかかっているんだ・・。
問題は、子どもの足では逃げてもすぐに捕まるだろうこと。子ども達が逃げている途中で魔物に襲われるかもしれないこと。真っ暗な夜の森で、走れと言われた方角に走れるかということ。正直、問題しか無いけど、ひとつひとつ考えていこう。カロルス様達の速度なら、2,3キロなら数分だ。可能な限り近づいた所で脱出すれば、5分・・いや、3分稼げば、きっと駆けつけてくれる。
オレは、陽動・・というか囮になる。オレが逃げれば恐らく必死でオレを追いかけてくるはず。けれど、その間子ども達を指示し、守る者がいなくなってしまう。なんとかして、子どもの居場所を知らせ、魔物から守る方法はないか・・・。
オレができそうなこと・・・・そうだ、体でライトを発動した時のように光らせたらどうだろう?強烈に光っていたら目立つし、夜の闇に慣れた魔物は警戒するだろう。連れて逃げるにも目立つし、男達も諦めるんじゃないだろうか?
馬鹿な思いつきかも知れないけど・・オレは、子ども達を光らせることができるか、試行錯誤した。
オレと手を繋いだら、その間は光るけれど・・放すと消える。
「あなたがどうしてそんなことができるか、もう聞かないことにする。」
お姉さんはあきらめ顔だ。
「魔道具があったらいいのに・・」
他の子がぽつりと呟いた。魔道具・・?
・・・そうだ!オレはカバンを探った。
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・・できる限りの準備はした。大勢の人は、ここから2、3キロの場所を移動している。
そして、男達がどことなくざわついている。アジトが、近いのかも知れない。逃げるなら、今しかない・・。
オレはみんなの顔を見回して、言った。
「じゃあ・・・いくよ?大きな音と光があるからビックリしないでね?その後、まかせたよ?」
年かさの女の子二人に声をかけると、二人は泣きそうな顔で頷く。
オレは夜空に、大きな花火を咲かせた。うん、上出来・・きれいだな。カロルス様、きれいでしょう?見てるかな?
馬車の男達が大騒ぎしている。続けて数発打ち上げると、扉の前へ移動して、大きく息を吸い込んだ。
激しい音がして慌ただしく男が扉を開けていく。牢の扉を開けた瞬間、
「ええーーい!!」
かけ声と共に目をつむり、最大限の光を再現する。球場のライトみたいなものだ。
「!!」
声もなく倒れ込む男。どうやら強すぎる光で失神したらしい。思ったより上手くいった!
「みんな!早く!」
目を閉じていたみんなに声をかけ、急いで荷台を出た。
「あっち!」
オレが指をさすと同時に、年かさの子が持った魔石が強く光った。必死に走る子ども達を見送り、反対方向に走り出す。
「ガキが・・ガキが逃げやがった!!!」
怒号が聞こえる。オレはわざと声をあげた。
「みんなーがんばってにげてーー!」
「!!こっちだ!黒いガキ!他はいい!あいつを捕まえろ!!絶対に逃がすな!」
猛然と男達が迫ってくる。森は小さな体に有利なようだ。低いところ、狭いところを選んで走る。しゃがんで、くぐって、すり抜けて。オレの周囲には風を吹かせて走るのをサポートした。なぜだろう、オレには暗いはずの周囲がよく見える。息を潜めていると、目の前を男が走り抜ける。
これなら、逃げられるかもしれない。そう思ったとき、耳障りなカン高い声が響いた。
「何やってんのよ!アンタ、そこにいるじゃない!!見逃すんじゃないわよ!」
女性のような話し方だが、紛れもなく男だ。痩せた男がキイキイと怒鳴ってオレの方を指さしている。まずい・・もしかして、魔法使い?オレを探せるのかも知れない。オレは蹲っていた藪を飛び出し、再び走り出した。
「ヒヒ、いくらでも逃げていいわよ~!ただし、ちょーっと目の前に気をつけないとねぇ?死なれちゃ困るのよ。」
魔法使いらしき男は一向に走らないので、結構距離を離したと思ったのに、遠くから随分余裕の声が聞こえる。目の前・・?木々を透かして奥を覗き、愕然とした。オレの前には、もう森がわずかしかなかった。
奥には、巨大な峡谷が広がっていた。
どうしよう・・逃げられない。
徐々に、徐々に近づいてくる男達。魔法使いの指示に従って、オレが逃げられないよう峡谷に向かい、半円になってじりじりと輪を狭めてきている。オレはどうしようもなくて、谷まで追い詰められていく。
「全く、困ったうさぎさんだこと。ちょちょいとハンコを押すだけよォ?痛くないんだから、大人しくなさい。そしたら、ちゃーんと返してあげるから。」
カン高い声がだんだん近づいてくる。・・・なんてことだ。コイツが『森のうさぎ』だ。紋使いの・・・。ここで紋を押されたら、終わってしまう。
・・・・脳裏にいろんなことがよぎる。オレをぎゅうっとするマリーさん、きらきらした目で見つめるメイドさん達、優しい目で見守ってくれる執事さん、怖い顔のジフ・・・そして、あの時・・頼れと言ってわしわしと頭を撫でてくれた・・カロルス様。
あの暖かい言葉と、大きな手のひら・・あんな人になりたいと思った。強くて、優しくて、気取らない。本当に上に立つ器のある人。
オレはあの人を傷つけたりしない。
オレはぎゅっとカバンを握った。
「カロルス様、ごめんなさい!」
彼は、きっと怒ると思ったので、一応謝っておく。
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俺は闇の中をひたすらに駈けていた。
あの後、追いついた兵に子どもを託し、ユータの元へ急ぐ。
お前・・それはないぞ。2歳のガキが一体何をするって言うんだ。一人で囮になって・・お前はどうやって助かるんだよ。
あの手紙の文面が頭をよぎる・・
『子ども達を、助けて欲しい』
そこに、お前は含まれていたのか?
走り続けると、峡谷に出た。くそ、これでは逃げようがない。このあたりにいるだろうと踏んで峡谷沿いに森鹿を走らせると、ほどなく突っ立った男を見つけた。
剣を突きつけると、どこかうつろな様子で口を開いた。
「・・・追っ手ですかい。どうとでもするがいいさ・・・森のうさぎなら逃げたぜ。」
自分の後ろを指して興味なさげに言う。
「子どもはどこだ?!」
「みーんな、逃げちまったさ。闇ギルドの仕事を失敗しちまった。もう、俺は終わりだ。」
「黒髪の子どもはどこだ?!」
問い詰めると、男は笑い出した。
「あのガキ!あのガキさえいれば良かったんだ。もう、この手の中にいたんだ。なのに・・なのに!!」
「答えろ!!」
焦れて怒鳴ると、ピタリと哄笑が止まった。ぎょろりとこちらを向いた男が叫ぶ。
「・・死んだよ!!死んじまったよ!あの野郎・・・俺の手を掠めて・・自分で飛び降りやがった!!」
血を吐くように怒鳴ると、再び笑い出した男。
・・俺は、ゆっくりと膝をついた・・・。
読んでいただきありがとうございます!
シリアスがなかなか終わりません・・