292 水中訓練
席についてほどなく、料理長のツナカン…じゃなかった、ツナカムさんと言うらしい。そのツナカムさんが大きなガラス製のボウルをワゴンに乗せてやってきた。
「わあ!きれい!」
「すげーっ!!」
「食べ物~?!」
ボウルには、この海のように淡い水色の液体が注がれ、大きいビー玉ほどの色とりどりの球体が揺れていた。雰囲気はフルーツポンチが近いかな?きらきらつやつやと宝石のように輝いてとってもキレイだ!
「このキラキラはなあに?スライムゼリー?」
「ふむ、似たようなものだ。アガーラって海藻の一種からつくるもんで、水草から作るスライムゼリーとはちと食感と性質が違うな。食ってみろ」
それぞれの器に取り分けてもらったアガーラは、ころんと艶めいて本当にビー玉みたい。
『それ、食べてみたいわ!きれい!』
『俺様も!!』
『スオーも!』
―足りないの!ユータ、作り方を聞いてユータが作るの!
光に透かしてうっとりしていたら、みんながいっせいに欲しがってオレの頭がパンクしそうだ。お城の中でいきなり召喚獣を出すのも憚られるし、これの作り方は絶対聞いておかないとね…。
まずは黄色い玉を一粒スプーンですくって、ぱくりとお口へ。オレのちっちゃなお口には少し大きいけれど、よく冷えたつるつるの玉が心地いい。上品で深い香りとほのかな甘みに、少し弾力のあるむちっとした食感。葛とこんにゃくゼリーの間みたいな感じだ。ほわっとほころぶ頬をおさえて今度は桃色の一粒。
「あれ、味も香りも違う。これ、もしかして全部違うんだ…すごくいい香り!フルーツ?」
「ええーこんな良い香りのフルーツ知らないよ~?お腹いっぱいだったけどいくらでも食べちゃうね~!」
「おう、これ食後にいいな!腹減ってる時は物足りねえけど」
色とりどりの玉は、本当にどれも味が違う。子ども向けのゼリーとはワンランクもツーランクも違う芳醇な香り、コレは一体…?
「あ!もしかしてリキュール…えーと、フルーツとかのお酒が入ってる?!」
首を捻りながらもぐもぐするオレを、面白そうに見つめていたツナカムさんが、にやっと笑った。
「さすがだな、ご名答だ」
「えっお酒…?大丈夫なの~?」
「俺、酒飲んでるのか?」
不安そうなラキと嬉しそうなタクト。ううん、オレたちのはアルコールは飛ばしてあると思うよ。でもナギさんが食べてるのは別のボウルに入っていたから…
「ふむ、大丈夫だ。こっちは子ども向け、ナギ様達が召し上がっているのが大人向けだ。…ナギ様はお強いので今回も強めの仕上がりでございますが、いかがでしょう?」
ツナカンさんの言葉に、ナギさんが意味深な顔でニヤッと笑った。
「ウム、良いぞ。ワレはこのくらいが好みだ」
「あぁ…これナギ様向けだったんですね…どうりでいつもより甘くないと…でも、僕も…コレがいいなぁ…いい香りで美味しくって…」
ウナさん…なんだかほやほやしている。優しげな瞳が半分になって、今にも閉じてしまいそうだ。
「ウナさん…?大丈夫?」
「……ん~大丈夫…?なぁにがです?…いい気持ちですよ…?」
えへ、と幸せそうなお顔は完全に大丈夫じゃないご様子。そのうちスプーンがテーブルに落ち、椅子の脇から崩れ落ちそうになった身体を、頑丈な腕が支えた。
「ウナさん、お酒弱いの?」
「酒は好きなのだが、弱いのだろうナ。喜んで飲むが、すぐこうナル」
ウナさんが幸せそうに夢の世界へ旅立ってしまったので、ナギさんの部屋で寝かせることになった。もちろん抱っこして行ったのはナギさん。
「ツナカンさん!あとでそのレシピ教えてね!!」
「ふむ、お前の菓子のレシピもな!あとツナカンじゃねえっつったろ!ツナカムだ!!」
オレのお菓子は全てツナカ…ムさんに預けておいた。ウナさんにも食べてもらいたいし、夕食のデザートにでも出してもらおう。
「えへ…ナギ様~」
そっとベッドへ横たえると、寝ぼけ眼でふわっと笑ったウナさんが、きゅっとナギさんを抱きしめた。
「ン?どうした?ヌシは寝ていろ」
フッと微笑んだナギさんは、ウナさんをベッドへ押しつけるとお布団をかけてぽんぽん、とやった。じっとナギさんを見つめていた幸せそうな瞳は徐々に閉じられ、すうすうと心地よい寝息が聞こえ出す。
「なんだか…甘~いね~」
『甘々よっ!いいわねぇ~ちょっぴり逆な気がしなくもなくもなくも……』
なぜかラキの肩へ飛び出したモモがみょんみょんと激しく伸び縮みしている。
「フッ…全く、愛らしいと思わぬカ。ワレに子どもがおれば、このような感情になるのであろうナ…」
愛しげにウナさんを見やって微笑んだナギさんに、モモのみょんみょんがピタリと止まり、ラキが高速でナギさんを二度見した。
『違う…そうじゃない……』
「ああ~~ウナさん……安らかに眠って~」
ウナさん、ナギさんより年上なのにね…オレでもなんだか気の毒だなって思うよ。
『うん…でも主ぃ、俺様それも違うと思う…』
やれやれ、なんて馬鹿にされたようなしぐさにムッとして、チュー助を思い切りくすぐっておいた。
『わひゃっわひゃひゃひゃっ!な、なんでぇーー?!』
「さて、どうスル?まだ時間はあるカ?ワレはあまり城内は案内できヌが…」
「もう十分あちこち見せてもらったよ!ナギさんも忙しいでしょう?オレたちもそろそろお暇する?」
「ワレは構わぬが、ヌシらにも都合があろう。だが、ウナが起きるまでもう少し滞在してもらえぬか?寝ている間に帰したとあれば数日は引きこもりそうダ。なに、酒は少量ダ、スグに起きる」
それもそうだ、ウナさんに黙って帰っちゃ失礼だ。
「じゃあさ!俺また海に行きたい。水中の戦闘訓練したい!」
「ホウ…さすがは戦士ダ。いいゾ、行こうカ」
タクトの言葉に、兵士長は嬉しそうに精悍な笑みを浮かべた。
* * * * *
「ウーー……!!」
水中で剣を抜くと、どうしても剣の重量に引っ張られて体勢を崩してしまう。水中装備のおかげである程度身動きはとりやすくなっているのだけど、さすがにタクトの長剣を自在に振るのは困難のようで…。タクトはごぼごぼ泡をはき出して、思い通りに動けないことにイライラしている。
兵士さんたちの訓練場…と言っても普通にだだっ広い海底だけど、そこを借りて訓練中のオレたち。でも、魔法の使えないタクトはなかなか水中での戦闘は難しそうだ。オレたち魔法使い組は、水魔法なら普段より強力に使えることが判明している。ただし、ラキの場合無詠唱なのが初級魔法のみだから、無詠唱のバリエーションを増やすことを余儀なくされたようだ。
あと、案の定火魔法は発動はするかしないかで消えるので、花火のように水中でも使えるというわけではなさそうだ。同様に雷系はきっと周囲にも広がると思われるのでやめておいた。使えないのはその2系統くらいで、あとは使いようは考える必要があるけど、なんとかなりそうだ…無詠唱さえできれば。
「うむ…ヒトの身体では難しいな。それもそのような小さなナリではな…水中では剣より槍の方が向くのだ。ぬしも槍の練習をするか?」
「ゴボボっ…!!」
なんとか剣を抜いてもひっくり返らないようにはなったものの…それだけだ。悔しげなタクトにふと提案してみる。
『ねえタクト、魔法剣ならどう?発動できそう?』
念話で聞いてみると、ちょっとビクッとしたタクトがこちらを見て首を振った。まだ発動の台詞なしではできないのかな?
『うーん、どれも無理そう?タクト、水が最初に出来たから、それならどう?水中だし水の剣なら使えないかな?』
しばらく首を捻ったタクトは、目を閉じて集中しだした。
「!!」
しばらく難しい顔をしていたタクトが、ハッとしたように胸元を見下ろし、確信したように頷くと再び目を閉じた。
途端に、ぐ…と周囲の水がざわめいたかと思うと、ぶわりとタクトの周囲が渦巻くように力に満ちた。
カッと目を開いたタクトが、オレを見てニヤリと笑う。
『すごい!タクト、すごいよ!水中で使ったらこんな風になるんだ!!』
「おお、やるではないか!ぬしは海人のように水と相性が良いな、そうだ、剣はそのままでは使えぬ。我の槍と同じだ、海を…水をまとえ、水と共に戦え」
タクトは頷くと、そっと胸元に手を当てた。タクトの胸元に強く感じる力の輝き…
……それ、もしかして……エビビ?
ラピス:これはゆゆしき事態なの…お水の中だってついて行けないと困るの…
ティア:ピピッ
ラピス:ティアは良くてもラピスは良くないの!この人みたいに置いて行かれるの嫌なの!ティアはどうしてそうのんびりなの!
ウナ:うぅ~ん……ん?……はっ…?!私、なんでナギ様の部屋で寝てるの?!
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管狐に素敵なご主人様が見つかりますように!






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