291 食材目線
「えっとね、これがナギさんからもらった材料で作ったお吸い物だよ!」
「フウン?あのようナ固い物がどこに使われているのダ?」
「おだしだからね、そのものは入ってないんだよ。えーと…味だけ出してるの」
ことんと首を傾げたナギさん、絶対分かってない。これはカロルス様と同じ、『まあ、食って美味けりゃそれでいいだろ』の顔だ。ナギさんに勧められて、ウナさんも恐縮しながら席に着くとお椀を手に取った。
お吸い物はごくシンプルに、白身の魚を小さく切って皮目を炙ったものと香草少々。透き通るおだしに、お魚のうま味と皮目の香ばしさがふわっと香る自慢の逸品だ。
「!!」
「ウム……これはウマイ…!」
さすがに振る舞いは上品なナギさん、優雅に一口含んで目を閉じるとしみじみ呟いた。
「美味しい…ホッとする…なんでしょう、どこか懐かしい味…。これを、ユータ様が?!」
「うん!オレ、国ではよくお料理してたんだよ!」
「それは……すみません、随分ご苦労なさったのですね…」
ち、違うから!好きで作ってたから!そんな聞いちゃダメだった感溢れるお顔しないで!
どうやら幼いのに下働きでもさせられていたのかと思われたらしい。悲しげに伏せられたウナさんの瞳に慌てて否定しておいた。
「これもウマイ!ウム、これもダ!良いな、ユータの料理はどれも安心スル」
「ああっ!ナギ様早いですよ!ナギ様大食ぃ……たくさん召し上がるんですから先にこっちで腹を満たしておいてくださいよ!私の…!!」
ひょいひょいとハイペースで進むナギさんの食事に、慌てたウナさんが食ってかかり、海人料理の皿をずいとナギさんの前へ押し出しながら、ハッとした。
「ぁ……失礼しました。ナギ様、貴重なお食事ですからこっちを先に食べ…ああ!最後のひとつじゃないですかぁ!!ダメダメ!!それ、私食べてないんですから!」
がしっ!ナギさんの腕をつかんで必死のウナさん…それ、だし巻きだから…すぐに作れるよ…。
「仕方ないヤツめ…獲物は自分で仕留めるのが鉄則だゾ。いつまデモおこぼれを狙うでナイぞ」
「そ……っ?!」
反論しようとしたウナさんの口に、一口かじって半分になっただし巻きが突っ込まれる。ナギさん…半分なんだ…一切れあげたらいいのに…。
「わあ…これ卵ですね、これってどうなってるんです?!食感が…それに見た目もとてもきれいですね!」
「うん、これはオレも大好きな卵料理でね、おだしを入れた卵を焼きながらくるくる巻いてるだけだよ」
ウナさん、聞いてる?ゆっくり味わいたいウナさんと、とにかくペースの早いナギさんの攻防が目まぐるしい。
「あっ、はい!そうですね!手間がかかっているんですね!……ちょっと料理長呼んでいただけます?」
かかってないってば。後半は後ろに控えていた給仕さんへの台詞で、しずしずと退室した給仕さんは、しばらくするといかつい人魚さんを連れて戻って来た。
「料理はいかがでしょう?地上人のお口には合いますかどうか…」
どうもこの世界の料理長はいかつい人が多いのだろうか?ゴツイ人魚ってなんだか新鮮だ。
「すげーうまい!俺、海の中にこんなうまい物があるって知らなかった!」
「美味しいです~!僕、貝が好きじゃなかったけど、ここの貝は美味しい~!」
ほっぺをいっぱいにしながら幸せそうに即答した二人に、いかついお顔もちょっと緩んだ。
「すっごく美味しいです!あのね、もし良かったら作り方とか…厨房とか見せてもらったらダメ?あ、もちろんナイショのものは見せてって言わないから!」
オレも二人に全部食べられまいと、そろそろキツくなってくるお腹に一生懸命詰め込みながら訴える。海人の厨房なんて面白そうなもの、ぜひ見てみたい!
「ふむ…?ナギ様が許可されるなら構いませんが…」
オレの訴えに困惑顔の料理長さんは、ナギさんから必死に皿を死守するウナさんに視線を走らせる。
「あ、ご苦労様です。こちらのユータ様は、調理の腕前も素晴らしくてですね、地上人の…いやユータ様の料理を知っていただきたくて!そして是非また作っていただきたく…」
「ほう…それは興味深い」
ギラリと料理長の瞳が光った。『へぇ…やるってのか?』…オレの頭の中ではついそんな吹き替えが響く。
「お食事の方はもう満足されました?…ではこちらへ」
『おう、ちょっとツラ貸せや』……違うよね?ジフじゃないもんね、顔が怖いからそう感じるだけだよね?迫力満点の笑顔に促されるままに、席を立ってトコトコ厨房の方へついていく。もう少し、頑張ったらまだちょっとお腹に詰め込める気がしたけど…厨房の魅力には勝てないからね!
「………ふむ、で?そのちっこい身体で何をするんだって?」
厨房についていった所で、くるりと振り向いた料理長さんがぐいっと迫り、思わずたたらを踏んだ背中にガシャンとカートが当たった。
「わ……」
ガシリと胸ぐらを掴まれ、まるで食材を扱うようにひょいと持ち上げられると、調理台の上へ背中から押しつけられる。うわぁ…これは何ドン?顔の横にぶっとい手…調理台ドン…?これはまさに調理される側目線…お魚とかはこんな気分なんだろうか…。このままオレ、捌かれちゃうんじゃ…なんて考えがよぎるほど慣れた手つき、鋭い目だ。
「…暴れるんじゃない」
『まずはシメねえとな…』
そんな吹き替えが頭に響いて震え上がったところで、ふっと眼光が和らぎ、火傷の跡が方々に残る手が、オレをバシバシと叩いた。
「…刃物もあるんだぞ。厨房で暴れたら危ないだろうが」
オレはぶんぶん、と頭を振って吹き替えモードをオフにする。なんだ…優しい人じゃないか…乱暴だけど。
「あ、ごめんなさい。もう大丈夫」
「ふむ、気をつけろ。……お前、まな板にちょうどいい大きさだな。若くて柔らかそうだし食ったら美味そうだ。さっと炙るか…ローストもいいな」
やっぱり食材扱いされてたー!あっはっはなんて笑う調理長さん…笑えないよ!あの時目が本気だったよ!!ここはガツンと言っておかないと!
「オレならマリネしてローストかな!」
「ほう…いいじゃねえか!分かってんなお前!」
『…そこはノっていくのね……』
モモの呆れた呟きを尻目に、オレと料理長さんはガシリと握手を交わすと、お料理の話で大いに盛り上がった。
* * * * *
ぱしゅん!
「あ痛っ!」
「ユータ~?」
ラキの水鉄砲が額に炸裂して思わずおでこをさする。
「なあに?もう、いきなり撃つことないでしょー!」
「いきなりじゃねえっての。何回も呼んだって」
そう?全然聞こえてなかったよ。どうやら二人はオレが作っていたはずのお菓子類が待ちきれずにやってきたらしい。
「海人のデザートもあるって聞いたよ~!さっきまでちょっと満腹で動けなかったからいい休憩になったけどさ~、そろそろ食べたいよ~!」
「おお、もうこんな時間が経ってたか!すまんすまん、ナギ様に大目玉くらっちまう。ふむ、後でその『テンプラ』の話、もう少し聞かせろよ!菓子の話も追加だ!」
料理長さんは言い置くと慌てて奥へと引っ込んでしまった。
「ユータと鍋底亭のプレリィさん、それとここの料理長さんが集まったらどうなるんだろうね~」
「うわー…魔物が来ても気付かなさそうだ。その時はとりあえず飯作ってから話し込んでもらおうぜ」
なんだかすごく馬鹿にされている気がするけど、タクトだって武器屋に行ったら返事しなくなるし、素材を触りだした時のラキなんてオレよりひどいと思うけど?!
『主ぃそういうの、スライムはスライムを食わないって言うんだぞ!』
『類は友を呼ぶってやつ?ううん、どんぐりの背比べかしら…』
…どうやらオレの味方はいないらしい。
ユータ:怖かった-。オレだってあんな怖いドンよりナギさんのドンの方がいいよ…
タクト:お前…あれはそんなもんじゃねえぞ?!なんつうの、とにかく……ヤバイんだぞ!!なんでわかんねえんだ!
ユータ:え~わかんないよ…
モモ:ゆうたはお子ちゃまだものね…良かったわね、見た目もお子ちゃまになって…
いつも読んでいただきありがとうございます!
書籍の方も好調のようで嬉しいです!販売部数がある程度把握できて、調整されてからの2巻が重版になるってすごく難しいことだと思っていますが、もし重版できたらお礼SS書きますね!…重版できたらね(笑)
電子書籍の方も近々配信予定ですよ!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/