287 ナギさんの素顔
「な、ナギさんってお姫様だったの…?戦う人だとばっかり…」
「オウ、ワレは戦士だぞ。それはただの役職ダ」
オレの呟きに、ナギさんは輝く笑顔で振り返った。お小言はまだ続いていそうだけど、いいのかな。
「ナギ様!役職は戦士の方でしょう!姫があなたの立場ですよ!」
「ソウは言っても第3王女なぞ何の役にも立たぬ、ヌシにくれてやる。ワレは誇りある兵士長でよい」
ナギさんはお姫様だけど兵士長もやっているの…?兵隊さんっぽい人が胃の痛そうな顔でハの字眉になっている…。鎧を着込んでいるから兵隊さんだと思ったけど、口ぶりからして結構立場の上の人なのかな?
「あの…勝手に来てしまってごめんなさい。ユータと申します」
ぺこりと頭を下げると、ラキたちも慌てて頭を下げた。
「ああ!いえいえ!!違うのです!ナギ様の行動が問題なのであって…あなた方に何も謝るところはないのですよ!!」
慌ててぶんぶん両手を振った兵隊さんが、気付いて兜を取った。水色の短い髪がサラサラとこぼれて、優しげな色白の面を縁取った。オレたちの基準で言うと25~30代くらいだろうか?海人ってみんなナギさんみたいに褐色の肌なのかと思っていたけど、どうやらこの破天荒なお姫様がこんがり日焼けしているだけのようだ。
「お初にお目にかかります。ナギ様の命の恩人であり、国宝「マレイス」を授けて下さった神子殿…大変失礼を致しました、私は小大臣ウナと申します。ご友人方もどうぞお見知りおき下さい」
深々と頭を下げられて、今度はオレたちが慌てて手をぶんぶんする。
「ええ!そんなすごいことは何も…マレイス…?神子??え…だ、大臣様?!えっと、そのっ…海人のマナーとか知らなくて!すみません!」
「そんなそんな、とんでもございません!小大臣は大臣ではございませんよ、ただのナギ様のお世話係のようなものです。マナーなど、傍若無人な振る舞いなどされますまい、お気になさらず…!」
お互い手をぶんぶんしていえいえ、まあまあなんてやってると、しびれを切らしたナギさんが、がしっとウナさんの首根っこを掴み、引きずるように城の方へ進み出した。
「ちょ、ナギ様!ちょっと!客人の前で!あ、引っ張らないでー!」
「やはりヌシが関わると長い!これ以上留まって人が増えたらかなわヌ、ユータ、行こうカ」
後ろ向きに引っ張って行かれながらぺこぺこする哀れなウナさん…まだ若いのに苦労しているんだろうなぁ…。線が細めなウナさんだけど、引っ張られて覗く腹筋はしっかり鍛えられたものだ。暴れる大人の男性にびくともしないナギさん…姫じゃなくって王子様なんじゃ…。
促されるままに城に入ると、ナギさんの先導で人目を避けて隠れるように進み、豪華な一室に辿り着いた。これって…普通侵入って言わない…?さすがに全く見つからないってわけにはいかなかったけど、途中途中出会う兵士さんは、ナギさんの「しぃっ!」に無言で頷いて目をそらしていた…さすが兵士長。
ちなみにウナさんはナギさんの腕の中で口まで塞がれぐったりしている。
「ねえ…僕たち、不法侵入になったりしないよね~」
「姫様がいるんだから大丈夫じゃねえ?俺、こんなきれいなとこ初めてだ…」
真っ白なお城の中は金の装飾が上品に施され、時々タペストリーや武具のようなものがあるくらいだ。細い廊下と広い水路で形成されていて、どうやらその水路の中、足下の水中にも城は続いており、水面に出た部分が一部であることを窺わせた。
「ここがワレの部屋だ。ここなら寛げるだろウ」
「で、でもナギさんのお部屋ってお姫様の部屋でしょ?!」
「構わぬ。姫ではない、兵士長だ」
いやそっちもダメだと思うんですけどー!救いを求めてウナさんを見たけど、力なく項垂れるだけで役にたちそうにない。
「で、でもさっ!俺たち男だぜ!女の子の部屋に入っちゃいけないんだぞ!」
あ、そうか!オレたち全員男だもん、ナギさんのお部屋に入るのは大問題だよね?!
一瞬キョトンとしたナギさんが、くるっと後ろを向いて盛大に吹き出した。
「な、ナギさん…?」
姫様にあるまじき大爆笑する姿に、今度はオレたちがキョトンとする。
「そ、そうであったナ、それはすまナイ。」
ややあって声を震わせながら向き直ったナギさんが、笑われてちょっぴりむくれたタクトに近付いた。
トン、と片手を壁につき、タクトを壁と自分の間に閉じ込めると、ナギさんはぐっとかがんで顔を寄せる。さらりと滑った長い髪が、ひと束タクトの肩にかかった。ナギさんの影にすっぽり覆われたタクトは、あまりの至近距離にすっかり固まってしまっている。
「ヌシは良き男だ…フム、――――?」
耳元で何か囁かれて、タクトが沸騰しそうなほど真っ赤になった。
「な、な、ナギ様っ!!何をっ!!」
「フハッ!まだ年端もいかぬ子どもではないカ、愛らしいものだ」
腕組みして大笑いするナギさんは、今度はウナさんに引っ張られて引き離されていく。そんなウナさんも真っ赤なお顔…どうやらからかいの範疇にウナさんも入っていたようだ。ウナさん、ナギさんより年上だと思うんだけど…真っ赤な顔を見ていると、からかいがいのある人なんだなと…頭の片隅を白髪に赤い瞳の彼がよぎった。
「タクト…?大丈夫?ナギさんなんて言ったの?」
「……」
「…どうやらタクトには…刺激が強すぎたみたいだね~…」
残念ですが…みたいなノリで言わないで!ガクガクとタクトを揺すっていると、廊下の向こうからナギさんを呼ぶ複数の声がした。
「ホラ、つべこべ言わず入るがイイ」
ガッとオレたちの首根っこを掴んだナギさんが、豪華な扉を開けるやいなやぽぽいっと放り込んだ。
「なんで私もぉ~っ?!」
ついでと言わんばかりに放り込まれたウナさんと共に、オレたちは見事に大きなベッドへ着地。素早く扉を閉めたナギさんも、ギシッとベッドに腰掛けた。
「ナギさんどうし…」
「しいっ…」
顔を寄せたナギさんは、唇に人差し指を当てると、そっと扉の方をうかがった。
「ナギ様…いらっしゃったと思ったのに…」
「お声がした気がするのだけど…」
華々しい声が扉の前を通り過ぎていくと、ナギさんが安堵したように身を起こした。
「行ったナ…」
「どうして隠れるの?」
「ウム、あれらは悪い者ではないのだが…面倒でナ…」
困った顔でソファの方へ移ったナギさんが、悠々と身体を横たえて肘をついた。
「ナギ様、お行儀が悪いですよ…。ナギ様はとても人気がおありなので、あまり地上側へいると皆に取り囲まれてしまうのですよ。それを嫌って水中で訓練と戦闘ばかりするもので…我らも困っているのです」
「良いではないカ、防衛の役にたっておろう」
ナギさんはひらひら、と尾ひれを振ってあっけらかんとした様子だ。
「良くありません!それで命を落とすところだったのでしょう!」
「里は守ったロウ?」
「そうですが!あなたも生きていなくては意味がありません!」
熱く訴えるウナさんなのに、当のナギさんはどこ吹く風だ。
「ナゼだ?ワレがいなくても困らぬ、兵士長に代わりはおるし、姫もまだ二人おるだロウ。このようなはねっ返りがいても役にはたたぬゾ」
「何をおっしゃるのです!ナギ様はあのように人気者ではないですか……引く手数多ではないですか…」
少し尻すぼみになった言葉に、スッといぶかるようにナギさんの瞳が細くなった。
「…だが、ヌシだって言うではないか…そのように荒くれ男のような発音では嘆かわしいと……」
「そ、それは!ナギ様のためを思って…」
しおらしい仕草で目を伏せたナギさんを見て、ウナさんがぎゅっと拳を握った。
「…ワレは荒っぽくて力も強い。戦う腕は随一ダ…だが、それでは女に人気が出てモ、男に喜ばれぬものだ」
「そんなことはありません!凜々しく気高いお姿は皆の憧れの的です!!」
「そんなはずはナイ…ヌシだってそう思うだロウ?」
「そんなわけないです!!私だって誰よりナギ様を……ッ?!」
力一杯言い切ろうとした台詞に、ウナさんがハッとして自分の口を押さえた。
「ン?ワレを……?なんだ?」
ニヤニヤ笑いが堪えきれなくなったナギさんが、頬杖をついてじいっとウナさんを見つめる。さっきのタクトを越える勢いでみるみる真っ赤になったウナさんが、潤んだ瞳できびすを返した。
「……だ、誰より…………知ってるんですぅーーー!!」
ばぁん!と扉を開けて出ていったウナさん…な、泣いてなかったかな…大丈夫だろうか…。
「フハッ!それは違いナイ」
楽しそうに笑うナギさんは上機嫌だ…ひどいよ…。
ナギさんって…すごく高貴で品のある感じだと思っていたけど、懐に入ればこんなにお茶目な人だったんだなぁ…。オレたちにも気を許してくれているってことだろうか?なんだか野生の獣に認められたようで、オレはちょっぴり嬉しく感じたのだった。
ユータ:あ、あれは…壁ドン?!カッコイイ…オレもいつか…
ラキ:ユータの短い腕じゃ、「壁ぎゅっ!」になっちゃうね。
長いこと出番のなかったナギさんが暴走してすみません…ナギ・ウナペアがわいわい騒いで話が進みません!ちなみにナギさんはタクトにそんな過激なことは言ってませんので…お子ちゃまですし…。
明日はもふしら2巻発売日ですね!!
早い所ではもう今日から店頭に並んでいたようですよ!既に手に入れた方はいらっしゃるでしょうか?外伝はぜひ読んでいただきたいな~と思います!






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