284 美しい戦士
「いいお天気だね!海で遊ぶにはピッタリだね」
「海なら雨降っても一緒じゃん!どうせ濡れるし」
「天気が悪かったら海が荒れるんだよ~一緒じゃないよ~」
気持ちよく眠ったオレたちは元気いっぱい、まずは初めての街の探検からだ。学校だと起きられないのに、どうしてこういう時はお目々パッチリ目覚められるんだろうね。
道すがら商店街をのぞくと、ハイカリクとは違った品揃えにあちこちと目が引かれる。
武具のお店では鱗素材や海獣の皮素材なんかが多くあって、特に鱗素材は陸生活のトカゲなんかと違って美しいものが多く、芸術品のようだ。
「きれいだね!何の鱗なんだろうね」
「これはお魚系だね~!やっぱり地元の職人さんは上手だな~鱗ってクセがあるから加工難しいらしいよ~」
ラキが職人の目になって真剣に眺めている。きらきらした鱗を見ていたら、ふとオレも鱗を持っていた事を思い出した。
「ねえラキ、もらったものだけど、この鱗って何かに使えるの?」
「うん?これは…?えーっと…ユータ、これってさ…誰からもらったの~?」
「ナギさんだよ」
ラキが、そうじゃないと言いたげにオレを見て、鱗に視線を戻した。光の加減で青や緑、紫に変化する美しい鱗…ナギさんの鱗だ。
「これってさ~僕……海人の鱗のような気がするんだけど…」
「そうだよ?ナギさんからもらったもの」
「だからナギさんって僕知らないから~!鱗はクセがあって加工しにくいって言ったでしょ?でも海人の鱗は、人っていう同じ種族だからとても扱いやすいんだよ~!みてほら、するする魔力が通る!」
そう言われても普通の素材がどうなのか分からないもん…。どうやら海人の鱗は加工のしやすさと美しさから人気が高いらしい。けれど、魔物の素材みたいに海人から鱗をひっぺがすわけにはいかないから、入手できる経路が限られているらしい。
「海人と交流している街でしか手に入らないから、結構貴重なんだよ~!」
「そうなんだ…だからナギさんは売ればいいって言ったんだね」
ナギさんの鱗を売ったりしないけど、喉から手が出そうな顔で見つめている、我らがパーティ加工師に任せるのはいいアイディアかもしれないね。鱗として持っているより、身につけられる何かを作ってもらえた方がきっとナギさんも喜んでくれるだろう。
美しい鱗を眺めれば、凜々しい微笑みが脳裏をよぎった。ナギさん、どうしてるかな?せっかく海に来たんだから、呼んでみようか…二人にもナギさんを紹介できたらいいな。
港まで来ると、朝の漁から帰ってきたらしい人達が額に汗して働いていた。バスコ村のガナおじさんみたいに大きくてガッチリして、黒光りするほどに日焼けした人達が、力こぶを盛り上げて船を引いたり網をあげたりしている。
港に浮かぶ船は、これで沖へ出るの…?って言いたくなるような手作り感溢れるものが多かったけど、ここは巨大な湾になっているので、湾内で漁をする分には問題ないらしい。
「船がいっぱいだ!……乗ってみてえ!」
「でもタクト、酔うんじゃない~?」
「……絶対乗らねえ!!」
船酔いってしんどいもんね…途中で降りるわけにもいかないし。
物珍しい作業は眺めていて面白かったけど、船をつけるような港には当然ながら遊べるような場所はなさそうだ。
―あっちの方に砂浜があるの!人もいないしあっちで遊ぶの!
どうやらラピスも遊びたかったらしい。こっちこっちと急かされるままについていくと、岩場に囲まれたごく小さな砂浜が現れた。このあたりの沖合は浅くなっているので魔物がほとんど上がってこず、海水浴にもってこいだ。
「ひゃっほうー!冷てーっ!」
「ウォウッ!」
『行くぜ!海が俺様を呼んでいる!!』
さっそくシロ(とチュー助)とタクトが海に突撃していった。泳ぐには寒い気候だけど、そんなことはあまり関係ないらしい。タクトは一応ズボンの裾と袖はまくっているけど、頭までずぶ濡れのそれに意味はあるのだろうか…。
「冷たい~!タクト寒くないの~?」
「冷たくて気持ちいいぞ!モモ、エビビ出してもいい?」
『仕方ないわね…どうぞ』
「さんきゅー!」
タクトはモモの言葉が分からないはずだけど、フィーリングで会話しているらしい…きちんとかみ合うものだな…。ぽわんとシールドに包まれたエビビが楽しそうに(?)海面に浮かんでいる。なんだかエビビもちょっと大きくなったような気がするんだけど…召喚獣って成長するのかな?
激しく水しぶきを上げるシロたちから離れ、ラキはどうやら素材探しに熱が入り出したようだ。
じじくさい所のあるティアは相変わらずの砂風呂でご満悦だし、ラピス部隊は沖の方へ行ってしまった。
『スオー、ここにいる』
どうやら蘇芳は濡れたくはないけど遊びたいらしい。オレの頭にひしっとしがみついて海面を覗き込んでいる。
オレはちょっと離れた岩場まで行くと、土魔法で周囲を囲ってからあの貝殻を取り出した。
魔力を通すと、以前と同じように魔法陣が現れ、ナギさんが映し出された。
「ユータ、久しいナ。ヌシはちっともワレを頼らん…どうしタ?」
長い髪をポニーテールにしたナギさんが、微笑んで魔法陣から出てきた。今日はどうやら陸地にいたらしく、以前のようにぼたぼたと水が滴ることはなかった。
「あれっ?ナギさん、言葉が…」
「オウ、気付いたカ?話すのが上手くなったロウ?」
ふふん、と得意げに胸をそらすナギさん。うん!かなり聞き取りにくかった言葉が、滑らかになっているよ!以前は人と話すことはあるまいとサボっていたらしい発音の練習を頑張ってくれているそうだ。オレが聞きづらかろうと…嬉しいな。
「それで、ドウしたのだ?」
「あのね、オレ冒険者になったんだよ!それでね、依頼でここまで来たんだけど、友達…パーティの仲間もいるから、紹介したいなと思って…」
「そのナリで冒険者と…。ユータの仲間か、それなら是非トモ紹介にあずかロウ」
鷹揚に微笑んだナギさんにホッとして笑う。
「ナギさん、他の人に見られたらダメかと思ってこの壁を作っておいたの。ここに呼んでもいい?」
「ウム、呼びつけてすまナイ」
海に浸かった尾ひれをぱしゃんと振ったナギさんに、オレは待っててね、と言い置いて飛び出した。
* * * * *
「……えっ?海人に…会えるの~?!ここで~?!どういうこと~?!」
「俺海人に会うの初めてだ!」
驚く二人を引っ張って壁の中へ入ると、礼儀なのだろうか、いつの間にか髪を下ろしたナギさんがこちらを見つめていた。
「わざわざすまぬナ、ワレと会っているのはあまり知られぬ方がヨイ。ワレはナギ。ユータに救われて命を繋いだ。ユータの友はワレの友、よろしくタノム」
フッと微笑む美しい顔は、油断なく瞳に力が込められ、やっぱり戦士のそれだ。美人と言うよりもカッコイイの方がしっくりくる。
「おわぁ…本当に海人だ!はじめまして!俺タクト!すげーきれいな人だな!強そうだ」
「わ、わ、わぁ…本物の海人…きれいな鱗……!あ、その、ぼ、僕ラキって言います~」
わたわたと挨拶する二人に、ナギさんは瞳の光を和らげて優しい微笑みをつくった。
「フハッ…やはり、ユータの友だナ、良き男だ」
ぐいと身を乗り出したナギさんが二人の頭を撫で、すらりと伸びた腕にシャラシャラとブレスレットが滑った。間近で微笑まれた二人が、ストレートな賛辞に頬を赤らめる。
「ナギさん、オレも?」
「フハハッ、ソウとも、美しき良き男だ」
大きな口で笑ったナギさんは、ばんばんとオレの肩を叩いて真正面からひたと視線を合わせた。なぜだろう、ナギさんの自信と威厳が溢れた強い瞳に見つめられると、まるで王様に認められたように光栄な気分になる。
「あ、あのさ…ナギさん…その、しっぽを触ってもいい…?」
タクトがそっと窺うようにナギさんを見つめると、ラキもきらきらと瞳に期待を込めた。きれいだもんねぇあの大きな尾ひれ。つるつるしたきれいな鱗も触ってみたいよね。
「フッ、良いゾ。ただし、おなごの肌ト忘れるなよ?」
ちょっといたずらっぽい目で二人を見たナギさんが、ぐっと腕に力を込めて身体を陸へと上げた。しなやかな曲線を描く美しい肢体がさらされ、ナギさんの言葉と相まって二人が真っ赤になった。
「あ、えっと…その、ごめんなさい、その……そんなつもりじゃ…」
しどろもどろする二人に、ナギさんは大口を開けて笑った。
ナギ:フッ…からかいが過ぎたカ?愛らしいものダな。
タクト&ラキ:うっ…(敗北感…)
ユータ:(ナギさんって…男女どっちにもモテそうだなぁ…)
すっごく久々のナギさん!
皆様覚えていますか…?なかなか登場のお話まで行けず…やっとです。
そして書籍の発売まであと少し!なんだか予約販売がかなり前から開始されていたので、もうとっくに発売されているような気分でしたが、これから…これからですね…ドキソワ……






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