23 手がかりを求めて
俺はあの時死んだと思っていた。
実際、カロルス様たちは一目で俺が死んでいると判断したようだ。今改めて見ても、この桶をひっくり返したような夥しい出血量、全部俺から出たものだと思うとくらくらしてくる。助かるはずがなかった。ましてや傷が跡形もなくなるなど・・・。闇ギルドが俺を回復していくはずがない以上、何か理由があるはずなのだが・・。
カロルス様たちは現状を打開するために奔走している。徐々に回復しつつあるが、まだ自由に動けるほどではない俺は、馬車の番だ。そもそも全身滴るほどの血塗れだ、外へは出られない。
せめて何かヤツラにつながるものはないかと馬車の中を見回して、隅の方に転がった小さな瓶を見つけた。もしや、最後にユータ様が投げたのは、あの瓶・・?あれは確かに回復薬の瓶のようだが・・・おそらく今日カロルス様が買い与えたものだろう、日常での些細な傷を塞ぐのに使うものだ。決して俺のような致命傷に使えるものではないし、例え傷を塞いでも失血が多すぎて助からない。まぁそもそも初級薬で大きな傷は塞がらないが・・。瓶の底にはわずかに液体が残っている。何かの手がかりになるかと瓶を拾い上げて、考えた。初級薬を重傷者に使うことに、意味があるのかと言われてしまえばそれきりだが・・・あんな状況で、あの幼い子どもは俺を助けようとしたのだな・・。そういえば、彼は乱暴に連れ去られながら、一言も助けてくれと言わなかったと思い出して、ぎりりと歯を食いしばった。
-----------------
とにかく、情報がいる!俺たちは街をかけずり回った。幸いキルギス伯とは旧知の仲だ。特段親しいわけではなかったが、ウチの領地と近い分付き合いもあった。状況を知り、己の膝元での凶行に激高して周囲に発破をかけていたので、積極的に動いてくれるだろう。・・しかし、依然として得られるものは少なかった。あの御者は、街外れで食事を買い求めている所を捕まえたものの、金貨を渡され、この街で一番美味いものを買ってきたら残りの金をやると言われていたようだ。馬車を離れたことを咎められるものだとビクビクしていたが、連中との関わりはなかったようだ・・。
タジルのもたらした『鎧切り』以上の有用な情報はなかなか出てこなかった。ならばと冒険者ギルドに依頼を出し、最近の『鎧切り』の情報を集める。ヤツは主に闇ギルドの依頼で動く、凄腕の傭兵だ。『鎧切り』と言われる恐ろしく切れ味のいい魔剣をもっていることから、その名がついたらしい。腕はいいが、闇の道に染まった残虐な男だ。目立つ武器がある以上、こちらの方が情報は集まるかも知れない。館の方へ使いを出し、しばらくハイカリクの街に留まることを決めた。
「・・・・くそっ!」
しかし、翌日になっても際だった情報が出てこない。ただ無為に過ぎていく時間に焦燥を抑えられずに机を叩く。
「カロルス様、今は体力を落としてはいけません。何か口にして下さい。」
眠れず、食えず、そんな俺にアルプロイが携帯食を差し出した。無言で受け取るとなんとか喉を通す。ちくしょう・・なにがA級だ。あいつは俺がドラゴンと戦ったと聞いて目を輝かせていたが、何のことはない・・あの時よりも、今の方がよっぽど恐ろしい。体が震えるほどの恐怖はこれが初めてかも知れない。俺を心配するアルプロイと、見られる姿になったタジルも情報収集にまわす。休んでいていいと言ったが、タジルのたっての願いで行動させている。
昼頃になってようやく、近くの村に変わった剣をもった人物がいたとの情報を受け、じっとしていられず一人で馬を駆って村へ急いだ。わずかでもいい・・なにか、手がかりを。
「・・ああ、昨日の深夜に酒場で見かけたんだ。ガラの悪いゴロツキが何人か酒場にいてよ、俺は一杯やりたかったのに近寄れなくてな。その中にいたよ、変な武器の強そうなヤツ。そうそう、ちょっと短い長剣ぐらいの長さで、やたら横に大きい不細工な武器だ。刀身?いや、抜いてないからわかんねえ。周りのゴロツキが、ダンナのおかげだとかなんとか言ってチヤホヤしてたからな・・コイツはやべえヤツだと思って退散したんだよ。」
「そいつらはどこへ行ったか分かるか?!」
「いや・・俺はそっから見てねえから・・。」
少し落胆したが、有力な情報だ。男に金を渡して考える。海に出るのも河に出るのもこの村を経由するのは不自然だ。となると、早くても馬の速度だ。まだ追いつける。
その時、下から声をかけられた。
「おじさん、あの悪いヤツのこと教えたらお金くれるの?」
視線を下げると、薄汚れた服を着た男の子が見上げていた・・10歳くらいだろうか?恐らく今の男とのやりとりを見ていたのだろう。その後ろに必死に男の子の袖を引っ張っている女の子もいる。
「ご、ごめんなさい!貴族様。この子はものを知らないのです、どうかお許し下さい!」
後ろの女の子が表情を固くして男の子を庇うように前へ回り込んで膝をついた。
「大丈夫、俺の前ではそんなにかしこまらなくていい。それより、お前たちはあの男のことを何か知っているのか?」
膝を折って女の子に目線を合わせると、なるべく優しい声で話す。女の子は驚いて顔を上げた。
「ほら!姉ちゃん、この人は大丈夫だよ!・・おじ・・貴族様、悪者じゃないよね?」
男の子が言う。そこで悪者だと言う者はいないと思うが・・・。
「俺は辺境伯のカロルスだ。俺の息子がそいつらに攫われたんだ・・何か知っていたら教えてくれないか?」
真剣な顔で説明すると、子ども達は目を見開き、同情の瞳で俺を見つめる。一瞬だけ、羨ましそうな表情が掠めた。この子らは孤児だろうな・・。二人は顔を見合わせて頷くと、俺に何か差し出した。
「あいつら、俺が道を歩いていたら、蹴飛ばしやがった!金にもならねえガキが、って笑って・・。俺は悔しくて後をつけたんだ。何か仕返ししてやろうと思って!・・そしたら、全然似合わない大きくて立派な馬車に乗ったから、俺、おかしいって思ったんだ。でも、どうすることもできないし、こっそり石でもぶつけてやろうと思ってたんだ。そしたら、荷台がチカチカしてて。」
「この子がすぐに無茶をするので、止めに行ったんです。そしたら大きな貴族様の馬車があって、その荷台の板の隙間がチカチカ光ったんです。なんだろうと思ってたら、小さな指が見えて・・この布をぽいってしたんです。そしたら、布がひとりでにふわふわって飛んで私のところまで来て!私、ビックリしちゃって!馬車はその後すぐ出て行っちゃったんです。・・あっちの門です。これ、ぼろぼろの布だけど・・・でも、大切なもののような気がして今まで持っていたんです。私たち、字は読めないけど・・これ、きっと手紙でしょう?」
俺は、震える手でその布を見つめた。薄汚く荒い生地には、血文字が書かれていた。
『これを、辺境伯 カロルス・ロクサレン様へ渡すと ほうびがもらえます。
こどもが5人、大きな馬車の荷台に。敵:ベック ガルク ラジアス ルジータ メイアス ヨロイギリノダンナ その他。トーツの森を通る。落ち合うのは『森のうさぎ』のところ。うさぎが紋をつける・・と。
こども達を 助けてほしいです。』
生地の端には、黒い絹糸のようなものが結ばれていた。
・・あの、野郎・・。
読んでいただきありがとうございます!
シリアスシーンが終わりません・・