260 ダンジョンの難所
「セデス兄さん!いくよっ」
「お、おっけ-!」
そんなに避けなくても……。セデス兄さんは、敵を放り出して壁に貼り付いた。
「ウォーター!特盛り!」
せっかく避けてくれたんだから…これはいわば通路いっぱいサイズの水鉄砲だ。
「ひいぃぃ…!」
当たってない!当たってないよ!!そんな悲鳴あげないで!
3階層はやっぱりと言うべきか、早々に群れの魔物に出くわしてしまった。
猿っぽい魔物が7匹ほど飛び出してきて、さらに仲間を呼ぼうと鳴き声をあげ始めたので、早々に倒す必要があったんだ。
「だからって…これ、やりすぎじゃない…?向こう側に誰かいたりしないよね…?っていうかさ、僕が先に立って魔物の相手する必要ってある?!」
大丈夫、ウォーターの範囲内くらいレーダーで確認できるから!
「ユータ、寒いぞ!次は火にしてくれると温かくていいんじゃねえか?」
「だって…セデス兄さんに当たったら嫌だし…」
「嫌ですまさないで!絶対当てないでよ?!火はダメ!雷もやめて!」
確かに通路に残った水滴で、洞窟内がさらに冷えるような気がする。セデス兄さんがダメって言うので火は使えないけど、せめて寒くない魔法にしよう…。
「うげげげ!!ユータ!ちょっとこれパス!任せるっ!」
先を歩いていたセデス兄さんがダッシュで駆け戻ってきた。その後から追いかけてくるのは、またもや群れの魔物…それも、猫もびっくりサイズのネズミ型魔物が、ぞぞぞぞーっと何十匹も群れをなして迫ってきた!
「えっ?ええええ!?待って待ってよ!ちょっと…タイム!!」
魔物自体は小さいとは言え、生きた絨毯のようにうごめき迫る様は、さすがに怖かった。とにかくこっちに来ないで!と、咄嗟に大きな土壁を出現させて進行を止める。
「お前ら運のないヤツらだな!一番厄介なヤツに思い切りぶち当たってやがる」
「そんなに遭遇率高くないのにねぇ…。どうしましょう…セデスちゃんもユータちゃんもよくトラブルに巻き込まれるし…ツイてない方なのかしら…」
カロルス様は後ろで大笑い、エリーシャ様は全く今関係ないことを心配している…違うよ!今、今この瞬間を心配して!
「うわーユータ助かったけど、なんか突破してきそうな気がビンビンするよ…僕、ああいうの無理!小さくてうぞうぞしたの無理!!そもそも剣で戦うに向かない相手だし…ユータ、頼むね!ドーンといっちゃって!」
さあ見学見学、なんて調子でセデス兄さんまでオレの後ろへまわってしまった。オ、オレだってうぞうぞしたのは気持ち悪いよ!
―ラピスが吹っ飛ばす?せんめつするの!
う…ううん!ありがと、オレが頑張るよ…ラピスがやると洞窟が崩れそうな気がするから!
この土壁を崩せば、一気になだれ込んで来るだろうし、そうなったら危険すぎる…レーダーで確認しつつ…
「んーースタンプ!!」
ズ…ン……
壁の向こう側から、腹に響く振動と、重い音が伝わった……よし、もう大丈夫!目の前の土壁を崩すと、さっとみんな戦闘態勢を取った。
「…あれ?ユータ、何したの?」
「あのね、さっきマリーさんの見せてくれた罠みたいにしたんだよ。土魔法で上からドーンって」
罠の中には、天井が一部落ちてくるようなものもあった。それを真似して土魔法とレーダーの合わせ技だ。きっちり群れの真上から、平らな岩盤で一気に殲滅完了。
「ユータ様、素晴らしいです!あの魔物は小さくて弱いのですが、群れが大変厄介なのですよ!魔法使いがいないパーティでは逃げるしかないと言われていますよ」
確かに…広範囲に一気に攻撃する手段がないと、たちまちまとわりつかれてしまいそうだ。それでもマリーさんを傷つけられるとは思わないけど…。
「よし、ここを抜けたら次の階層はすぐだ」
「うわあ…すごい……!」
突然広がった視界に、オレはぽかんと口を開けてその光景に見入った。
「本当、すごいね……すごいけど…ここを通るんだ…」
セデス兄さんはうんざりした様子。それもそのはず、狭い通路を抜けた先には、一面に巨大な地底湖が広がっていた。無風状態の地底で、波紋一つ無い水面、耳が痛いほど静かな巨大空間。この世のものではないように、とても美しくて…とても怖いと思った。
ただ、ここでは壁や天井一面に自生するヒカリゴケのおかげで、オレ以外の人も視界が確保できるようなのが唯一の救いだ。
「これ…どうやって進むの?」
「そこに道があるだろ?」
カロルス様が示す先にあったのは、なんとも簡素な飛び石。ここを訪れる冒険者たちが、少しずつ形成していったのであろう飛び石群が、湖をわたるか細い道となって対岸へ続いていた。
「ここを…渡る…の?魔物って…ここにもいるよね…?」
そっと覗き込んだ地底湖は、あまりにも澄んではるかな深みまで見通せ、なおかつ底を知ることの出来ない深淵だった。
「っと…気ぃつけろ。落ちたらマズイ。」
あまりの深さにゾッとした瞬間、平衡感覚を失ってくらりと身体が傾いだ。強い手に、むんずと首根っこを掴まれて、ホッと安堵する。
「ここは、静かの海。深いでしょう?こういう所には強力な魔物がいることが多いのです。ですから、皆息を潜め、目立たぬよう通り抜けるのです。極力戦闘もしません、魔法も使いません。それに、この水は氷のように冷たいので、落ちたらこごえて、戦闘どころではないですから」
「ここがこのダンジョン一番の難所なの。気配を消す実力と共に、魔物に襲われない運も必要よ。」
この湖に落っこちるなんて絶対嫌だ…神秘的で畏怖を感じるけれど、あまりに不気味だ。オレはカロルス様の足に、ぎゅうっとしがみついた。
「ユータ、いいなあ」
「だってオレ、召喚士だもん!」
オレは素知らぬ顔でうそぶいた。そう、召喚士だもん…だから、召喚獣の力も実力のうちって言ってたもん。怖さに負けたんじゃないよ、これも実力のうち!
『ふふ、静かに速く渡るんでしょう?ぼくに任せて!』
ヒョイヒョイと波紋ひとつ立てずに飛び石を渡っていく、白銀のフェンリル。ほのかに発光する毛並みが、洞窟の中で美しく煌めいた。
「待て待て、先走るなよ?」
負けずにヒョイヒョイと渡ってくるのは、元Aランクと、それ相応のメンバー。
「セデスちゃん、お手手を繋ぎましょうか?」
「セデス様、私が抱えましょうか?」
「どっちもお断りしようかな!!!」
最後尾になったセデス兄さんが、なんだか泣きそうな顔をしている。
ちゃぽん…
何かが視界の端で動いた気がした。
『ユータ、どうしたの?』
「ううん、何かいたような気がして」
『魔物?ぼく、お水の中だと臭いが分からないなぁ。レーダーは?』
「うーん、このお水、レーダーが使いにくいみたいで…」
ちゃぽん…
「!!やっぱり何かいる!」
さっきより近くで聞こえた水音に、思わずシロにしがみついた。
「ユータ、構うな!走り抜けろ。水中で物音をたてればますます寄ってくる!血が流れればさらに来る!」
「う、うん…!」
ぱたたっ
スピードを上げようとした時、頬に水滴が滴った。
「!!ユータ!」
「…えっ?!」
なんだろうと見上げた頭上に、がぱりと開いた口が迫っていた。ずらりと幾重にも並んだ牙に、生臭い呼吸すら感じた気がした。
『大丈夫っ!』
『いけるわ!』
身体を捻りながら飛び退いたシロ、一瞬だけシールドの足場を伸ばしたモモ。
既にカロルス様の神速の剣でバラバラになった魔物の正体は、異様に口の大きな…魚?なのだろうか。
「あ…シロ!」
タン、とシールドを蹴ったシロが、落下し崩れゆく魔物に突進する。
「よし、収納っ!」
途端にフッと消えた魔物に、ほっと胸をなで下ろす。ほんの血の数滴くらいしか落とさなかったはず…。
「おう、やるじゃねえか。いい判断だ!召喚獣の連携も見事だな」
カロルス様が、ニヤリと笑って拳を突き出した。
「うん!」
オレは、まだ早鐘をうつ胸をおさえ、満面の笑みで拳を掲げた。
こつん、と触れた拳は、冗談のように大きくて、固くて、オレの胸に誇らしさがこみ上げた。
セデス:咄嗟の判断、お見事だよ…。仲よさそうでいいよね。でもさ、僕がいることも忘れないでね…
マリー:ですから、私がお抱えしましょうと。
セデス:いやーー!ユータ、僕もシロに乗せてってば!!
エリーシャ:やっぱりこの子たちツイてないわねぇ…このレベルで気配消してるのに魔物に襲われるなんて。
いつも読んでいただきありがとうございます!どうやら2巻の予約が既に始まっているようで…
改稿作業がんばりますぅ~~(>_<。)






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