22 襲撃
俺は呆然とした。あいつが・・・いない?こんな状況で?
ガラにもなく恐怖で体が動かなくなった。馬車の中を見つめたまま、ガタガタと体を震わせる俺を、後ろに付いていたアルプロイ・・もう一人の護衛が叱咤する。
「カロルス様!お気を確かに!!ユータ様はまだ遠くに行ってはいないはずです!」
俺はハッとした。体の震えが止まる。そう、絶大な商品価値のあるユータは絶対に殺されないだろう。人攫いだ・・これからは時間勝負なのだ、呆けている暇はない。老獪なコイツを護衛に連れてきて正解だった。
恐らくこの荷馬車の騒ぎも、ユータを攫ったヤツらが起こしたものだろう・・だとすれば人が何人死のうと構わない悪質で、組織的な人攫いだ。計画的な様子を見る限り、ずっと狙われていたのだろう、俺がノコノコと出て行ったばっかりに・・!ぎりぎりと歯を食いしばる。とにかく情報を集めて早く行動を取らなければ、恐らくヤツらはどんどんと街から離れていくだろう。こんな組織ぐるみの人攫いに攫われてしまえば、二日も経てばもう・・絶望的だ。
護衛も手厚く葬ってやらなければ・・くそ・・・俺が、俺がいればこいつも死なずにすんだものを・・!
「カロルス様!・・護衛はあなたを守るためにいます。あなたに守られる筋合いはありません。」
後悔に胸を焼かれる俺を、再びアルプロイが叱咤する。
「そう、か・・・。ありがとう・・・タジル。ご苦労だったな・・。」
後悔は変わらないが、そんな考えは殉死したものに失礼だったな・・俺が言うべきは感謝とねぎらいの言葉だ。
「・・お前はこいつを。俺は情報を集める。」
はい、と頷いたアルプロイが遺体に手をかけ、驚いてその首筋に手を当てた。
「か、カロルス様っ!!タジルが・・・生きております!!」
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背後の扉の外が何やら騒がしい。あっちでもこっちでも、一体なにが起こってるんだろう?興味は引かれるけど、オレは馬車の中で大人しく(?)しているのだ。
「ぐうっ!」
「待てっ!!」
大きな声が聞こえて飛び上がったと同時に、ガバッと馬車の扉が開き、爛々とした目の男が入ってくる。えっ?なにごと?!その瞬間、その背後で赤いものが舞った。訳も分からず戸惑うオレ。
「ぐあっ!」
「ユータ様っ!!早く、カロルス様の所へっ・・・!!」
目の前の男を引っつかんで馬車から放り出したタジルさんが、馬車に乗り込んできた。扉の外に、いくつか倒れた人影が見え、彼もあちこちから出血している。ど・・どうしたの?!必死の形相でオレに駆け寄ろうとした時、ピタリと動きが止まった。その腹からは大きな刃物が一瞬のぞき、すぐに引っ込んだ。同時にどさり、と倒れるタジルさん。もの凄い勢いで床に赤いものが広がっていく。
オレは目を見開いて固まった。タジルさんが曇った瞳でわずかに顔を上げ、こちらを見た。何かを言おうとし、微かに手を伸ばす。それを意にも介さず跨いで近づいてきた大きな男が、駆け寄ろうとしたオレをガシリと掴んだ。そのままぐいと持ち上げられ、必死に抵抗する。
「いやだ、やだ・・しなないでー!!」
軽々と持ち上げられながら、徐々に光を失うタジルさんの瞳と見つめ合う。オレを持ち上げる腕をなんとか外そうと叩いて、自分が瓶を持っていることに気付く。扉から運び出される寸前、オレは瓶を開け、タジルさんに投げた・・せめて、カロルス様が来るまで・・お願い!生きていて!
馬車から出ると同時に大きな袋のようなものに放り込まれる。ガラの悪そうな数人が、倒れた人影を運んでいるのがちらりと見えた。
ああ・・カロルス様、ごめんなさい。あんなに気をつけろって言われていたのに・・・・。
徐々に意識が遠くなるのが分かる。袋の中は変なニオイがして、オレから思考を奪っていった。
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アルプロイの驚愕ぶりに、慌てて駆け寄ってタジルの状態を確かめる。全身の傷に加え、致命傷となったであろう背後からの一刺し。・・タジルの衣服にははっきりとその痕跡が残っていた。おびただしい出血量から、明らかに絶命していたであろうその状況で、その背にも、腹にも、傷は残っていなかった。触れる手に、浅い呼吸と、鼓動をしっかりと感じる。
「おいっ!タジル!タジルっ!!」
思わず強く揺する。しまったと思ったが、おかげでタジルがうっすらと目を開けた。
「・・う。ユータ様、ユータ様が・・すみま、せん・・。」
力ない声で呟くタジルに頷いた。できれば、休ませてやりたいが・・一刻を争う。
「ああ、お前はよくやった。・・話せるか?」
「はい・・。相手に、『鎧切り』・・がいました。他に、少なくとも4人。・・『鎧切り』にやられました。相当の人数が、いたはずです。闇、ギルドの・・関与があったかと・・。」
「なにっ・・。・・アルプロイ、キルギス伯の所で協力を取り付けてきてくれ。」
皆まで言う必要も無く、アルプロイはお任せを、と出て行った。闇ギルドが相手だ・・ここを治めるキルギス伯に出てきてもらう必要があるだろう。これは彼の失態でもある。俺は指示を出してから再びタジルの話を聞く。徐々にしっかりと覚醒してきた様子に、大丈夫そうだなと判断し、背を起こして椅子にもたれかけさせてやる。タジルはあの時の状況を説明した。
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カロルス様が騒動を収めに行かれたしばらく後に、御者に話しかける男がいた。乗り合い馬車なので御者に声をかけることは何も珍しいことではない。しかし男が御者に何か渡すと、御者はちらりと騒動を眺めると、「ちょっと出てきますんで!」と俺に声をかけ、あっという間に馬車を離れて走っていった。御者が馬車を離れるなど・・さすがに不審に思っていると、ニヤニヤした男がこちらへ近づいてきた。
「へへ、俺もご一緒さしてもらいますよ。」
「・・御者はどうした。」
「ああ、ちょっとお使いにいってもらったんでさ。まだまだこの騒動収まりそうにないんでね。俺は疲れたから早く休みたくて。」
どうにも嫌な予感しかしない男を、ユータ様と二人にするわけにはいかない。
「しばし、待て。」
「いや、旦那、俺は休みたいんでさぁ。入らしてもらうよ。」
「待てと言っている!」
止めるのも聞かずに押し入ろうとする男に、さすがに剣に手をかけ近づくと、背後で気配が動いた。咄嗟に身を翻すと、何かが痛みと共に肩と腹を掠めていく。素早く剣を抜き、もう一度斬りかかろうと振りかぶった男の懐に飛び込み、横薙ぎに切り裂くと、扉に手をかけようとしていた男を思い切り蹴り飛ばした。瞬間、横合いから迫った刃に左腕をえぐられながら、体を捻り、差し違えるようにつきだした右腕で、もう一人沈める。くそ、複数の計画的襲撃だ!俺一人では無理だ!ユータ様が・・!血を払って馬車を振り返ると、今にも乗り込もうとしているやつがいた。
「待てっ!」
慌てて追いすがり、袈裟懸けに切り裂いて馬車から引きずり出した。ユータ様!血まみれの俺の姿を見て目を見開くユータ様。なんとしてでもユータ様を守らなければ・・・そう思ったのもつかの間、激しい衝撃と共に、俺の腹からは大きな刃が突き出した。
人形のようにどさりと倒れ、力の抜けていく体に、ユータ様の涙顔が映る。襲撃者の方を見もせずに俺を心配する、その姿に少し・・優越感を感じながら、俺は意識を混濁させていく。だんだん狭くなっていく視界の中、ユータ様を捕まえたその大きな男は、右手に異様に幅が広くやや短めの剣を持っていた。俺の腹を貫いた剣だ。幅広の刀身、中央に入る赤いライン。あれは・・。
・・カロルス様に、知らせなければ。そう思うのに・・俺は、待てそうになかった。
最後に俺の瞳に映ったのは、泣きながら俺に向かって何かを投げたユータ様の姿だった。
昨日間違って一つ飛ばして投稿してしまいました。すみません!