252 鍋底亭
ブルーホーンは普通、単体か番で行動するから、狙ってたくさん狩ることは難しく、今回みたいに三体同時に現れるのは実力ある冒険者なら垂涎の状況らしい。角・ヒヅメとお肉、どちらもいい素材と食料なので中々素敵なお値段がつくんだって!
相談の結果、いきなり3体倒したって言うと変な顔をされるから、とりあえず2体だけ出すことになった。ニースは残念そうだったけど…。
「いえーーい!さっ、今日は奮発しちゃうぞ~!みんな何食べたい?!」
「肉」
「あんたには聞いてないわよっ!」
獲物の分配は、オレたちが倒した分はオレたちにって言ってくれたけど、今回連れて行ってくれたお礼と今後の分も含めて、2体分ニースたちに譲ることにした。残った1体はある程度解体したら、ラキのための素材と食糧だ。お肉貯金がまた増えたね!
「俺らも乾杯-!ってやりてー!仕事帰りに乾杯して店で食べるなんてさ、大人だぜ大人!!」
「お酒は飲めないけどね~」
「そっかお前らまだ酒は飲めねえもんな。んーじゃあ、あそこなんてどうだ?キルフェちゃんがいる…」
「鍋底亭」
「そう、それだ!あそこなら美味いし酒以外も色々あったろ?」
「そうね、メニューも酒飲み向けってわけじゃないし…雰囲気もお子様に大丈夫そう!」
えーできればこう…荒くれたちの集まる場所!ってとこが良かったなと思うんだけど。すっごい混雑してて、あちこちの乾杯でお酒が飛び散ってさ、時々ケンカなんて起こっちゃって。いかにも冒険者って感じするよね!
『でもその中でお子様がジュース飲んでたら寂しいと思うわよ』
…確かに。ものっすごく絡まれそうだしニースたちにも迷惑がかかりそう。オレたちの身体がもう少したくましく大きくなってからかなぁ。せめてテンチョーさんたちぐらいになったら堂々としていられるのに。
「ここよ~!お料理はすっごく美味しいから安心して!」
案内されたのは門から結構離れた場所にある宿屋。うーん…一見して入ろうとは思わない雰囲気ではある。その…なんというか…
「ぼろっちい…」
「言わない言わない!お料理は美味しいんだから!知る人ぞ知る、隠れた名店よ!」
タクトのドストレートな物言いに苦笑いしつつ、ルッコが胸を張る。
「もうちょっと客が来てくれたらなあ…毎回潰れちまわないか不安になるぜ」
「…じゃああんたらがもうちょっと来てくれてもいいんだよ?」
後ろから聞こえた声に、ニースがやべえ!って感じで振り返った。
「キ、キルフェちゃん!違うんだ!俺は心の底から心配して…」
「心配はいらないよ、必要なのは金だよ!」
後ろに仁王立ちしていたのは、ほうきを持ってエプロンを着けたお姉さん。淡いグリーンの髪と瞳は森人さんかな?長い髪をゆるく結って垂らしていた。
「キルフェちゃ~ん」
情けない様子のニースに構わず、すたすたと入り口まで行くと、彼女は大きく扉を開いて振り返った。
「さあさ、ようこそ鍋底亭へ!遠慮しないで入った入った!」
綺麗な顔立ちに似合わず、肝っ玉母さんみたいな豪快な笑顔。オレたちは促されるまま、ぞろぞろと扉をくぐった。
「へえ~中は案外キレイなんだね~」
「良かった、俺ちょっと心配したぜ」
こそこそと顔を寄せて話す二人。確かに外見はボロ……少しさびれた雰囲気だったけど、内装は古き良き建物の雰囲気を保っていて、異世界版古民家カフェとでも言えばいいだろうか…きちんと整えられて味わい深く、清潔感もあった。
「お客さんだよ~!起きなっ!」
「あうっ?!…客?!ってなんだ…君たちか」
「私たちも立派な客なんですけど!」
通りすがりにほうきの柄でガツン!とやられて飛び起きたのは、カウンターでぐっすり寝ていた、これまた綺麗な顔立ちの森人さん。男性の森人さんは初めて見たけど、キルフェさんと同じ色の髪と瞳だ。遠慮無く叩かれた頭がすごく痛そう…。
「あはは、まあそうだね。いらっしゃい、久々だよね?」
「今日は新たなお客さん連れてきてあげたのよ~しかも将来有望なんだから!」
「へえ~その子たちかい?かわいらしいお客さんだ。」
のほほんとした森人さんは、立ち上がると結構背が高くてモデルさんみたいだった。でも、どうしてだろう、メリーメリー先生と同類の残念な気配がする…キルフェさんには感じなかったから、森人の特性ってわけではないのだろうけど…。
「今日は討伐大成功のお祝いにこの店を選んだんだぜ!子どもにもいいかなと思ってさ!」
チラチラとキルフェさんを見ながら話すニース。ニースはパーティーメンバー以外の女の人がいると、途端にダメ男に見える…。
「ふうん…あんたら、時間はあるんだろうね?料理は…おまかせでいいね?」
「肉!肉があれば良し」
「分かってるよ!お祝いのフルコースだね!あんたらのおごりだろう?おばちゃんに任せておきな!財布の底すれすれを見極めてやるさぁ!」
「作るのは主に僕なんだけどな…」
「えっ…待って待って…!せめて財布の半分!半分は残して!!」
おばちゃんって…まだ二十歳やそこらの綺麗なお姉さんが言うと違和感が半端ない。ニースたちがにわかに慌てだしたけど、もしあんまり高かったら、3体目のツノも進呈しよう…シロがばっちり臭いを覚えているから、多分また狩れるし。
「ねえねえ、お料理するとこ、見ててもいい?」
「うん?ぼうやはお料理に興味あるのかい?いいとも」
綺麗なお兄さんは、オレの後ろにまわると、ひょいと抱えてカウンターの椅子に座らせてくれた…えーと、ありがとうございます…?
「ぶふっ!プレリィ、そいつも冒険者だぞ!すげー強いぞ!」
「えっ…そうなんだ?人の子かと思ったけど種族が違った?ごめんね~ホントだ、珍しい色をしてるね。本当は何歳なんだい?」
「5歳……オレ、人の子です」
「ええっ?!見たまんまじゃないか!ニース、冗談言わないでよ…」
「あははっ!本当だって!人の子の幼児だけど、すっごい強いのよ!」
「将来有望な冒険者」
「冗談じゃねえんだって-!」
オレを除いた5人に大爆笑され、オレは頬を膨らませた。
「へえ…この子がねえ。確かに魔力量はすごいものがありそうだよ」
キルフェさんがオレの膨らんだ頬をつついた。この人は魔力視ができるんだろうか?淡い緑の瞳は、ほのかに光を宿して揺らめいているように見えた。
「俺腹減ったよー」
既にくつろぎモードのタクトが、くたりと上半身を投げ出して、まるで旧知の仲のようにプレリィさんに声をかける。
「あ、そうだね!よし、ちょっと待ってて。」
さすがの手さばき…まだ若く見えるのに、熟練の職人の動きだ。料理に向き合う真剣な瞳からは残念オーラが消えて、頼もしい料理長の顔になっていた。
あ、そうだ!
「あの…オレの家族にも食べさせたくて。同じ物を多めに作ってもらえますか?その分のお金はオレが払うので」
「そりゃいいけど、熱い料理は冷めちまうと美味くないよ?」
「とてもいい収納袋を持ってるので、大丈夫です!」
「おや、いいねぇ!でも、あんまり人前でそれを言うんじゃないよ?優しいぼうやには特別料金でサービスしてあげよう!」
「ありがとう!」
片目をつぶって親指をたてたキルフェさん。オレもつられてにっこり笑った。
キルフェさんが下準備、プレリィさんが調理、そしてキルフェさんが盛り付けて出す。たった二人なのに、それはそれはめまぐるしく動き回る二人を見ていると、調理場は戦場だって言葉がしっくりきた。
「はいよっ!本日のスープ、ミミル貝の冷たいやつ、パンは適当に食べな!」
頭の上まで使って大道芸みたいにお皿を運んだキルフェさん…料理名が適当だけど、出されたものはとても繊細で美しかった。スープは丁寧に濾してあるのだろう、とてもキレイに澄んでいて、ミミル貝はカルパッチョ風にソースと絡めてある。
「わあ~美味しそう!いただきます!」
オレも慌ててカウンターの椅子から飛び降りると、テーブル席に腰掛けた。
「そら、魚のバター焼きとお待ちかねの肉だよ!」
コースと言うものの、がつがつ食べる冒険者に合わせ、できたらどんどん持ってきてくれるみたい。ほどなくしてテーブルの上は輝く料理でいっぱいになった。
…すごい!キルフェさんの言う料理名は適当だけど、持ってこられた料理はどれも一級品…オレはこの世界に来て初めて、盛り付けにもこだわった料理を見たかもしれない。
美味しい…!ホントに美味しい…!!
スープは驚くほど複雑な味がするし、ひんやりしたミミル貝は見事にソースをまとって、なんとも優美な味わい。白身魚のムニエル風のものは、ほろりとした身とコクのあるバターの風味が口いっぱいに広がった。お肉はシンプルなステーキ風だったけど、美しくレアに焼き上げられたそれは、まるで牛肉のヒレ部分のような柔らかさと、しっかりとした肉のうま味が閉じ込められていた。敢えて強めに振られた塩が、肉の甘みさえ引き立てて、それはもう夢中で頬ばった。
「ああ…美味しかった…」
「こんな美味い物があるなんて…」
「すごい…ほんとに美味しい~」
あまりの美味さに、ついついお腹がはち切れんばかりに食べてしまい、オレたちは斜めに天井を仰いでほう、と息をついた。
「マジで美味かった…今までで一番美味かったよな…」
「そりゃそうさ!お祝いなんだろ?その分値段もするけどねぇ!」
洗い物をしながら、キルフェさんが豪快に笑った。これを味わえるなら…オレはいくらでも払うよ!ここで食べるためにお金をためよう!!
ここの料理は特別だ…決してジフの腕が悪いわけじゃないけれど、何というか、プレリィさんの料理は一線を越えている…。和食なんかも作ってくれるだろうか?オレみたいなご家庭の味じゃなくて、プロの和食を食べてみたい。
プレリィさんたちと仲良くなって、お料理のお願いをしてみよう…!!オレは密かに新たな目標を打ち立てた。
ニース:これ…俺ら破産しねえ?大丈夫?めちゃくちゃ美味いんだけど…
リリアナ:もはや後のことはどうでもいい!
ルッコ:大丈夫…とりあえず財布の底までで足りるハズだから…(泣)
電子書籍もたくさんご購入いただきありがとうございます!
書籍の重版分は週末あたりに店頭に並ぶそうですよ!丸々残るなんて悪夢になりませんように…。






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