216 ユータの戦い
「がんばれ!こっちだよ!」
子どもの団体が、狭い通路を一生懸命走る。
シロに乗ったオレが先導、しんがりはラピスだ。この人数を無事に送り届けられるだろうか…
「こいつらっ…?!」
ドゴッ!!
脇から現われた組織の構成員たちは、シロの高速体当たりで吹っ飛んだ。
『ゆーた、ぼくそろそろ戻った方がいいと思う!』
「分かった!ラピス、先頭代わって!みんな、このちっちゃいラピスについて走って!」
「きゅ!」
レーダーのないオレは先導できない、シロを戻すと今度はオレがしんがりを務める。子どもの足はじれったくなるほど遅いが、それでもみんな必死に走る、走る!
「っ?!」
バシィ!
バチィ!!
シロより容赦ないラピスは、感知するやいなや魔法を放っている。おかげで速度を緩めることなく進めてはいるけど…。姿を認めないまま倒れ伏す人達が気の毒ではある。
『ゆうた、首輪を壊しなさい!敵にも見つかるけど、そろそろ上層も近いわ!助けも来るはずよ!』
そうか!オレがこれを壊すことができたら…!
「シロ、走るだけなら…いける!?」
『少しなら!』
現れたシロに乗って、オレは首輪に集中する。召喚する時のように、膨大な魔力を一気に流していく…!お願い、壊れて!!
ピシ、パキ…
首輪から微かに軋むような音が漏れ出した。よし、いける…!
『ゆーたっ!』
『ゆうたっ!!』
「あっ…?!」
シロが突然跳ね上がり、首輪に集中していたオレは簡単にバランスを崩した。転げ落ちようとするオレを、シロごとシールドで包んでモモが支える。足下をブゥン!と唸りを上げてなにかが通り過ぎた。
ガゴォン!
オレを狙った何かは、すんでの所で通り過ぎて通路の壁を破壊した。
「きゃああー!」
「たすけてー!」
間近で起こった破壊音に、子どもたちが恐慌に陥りそうになる。
「大丈夫!このまま、上に行って!もうすぐ助けが来るから!ウリス!オリス!!お願い!」
管狐部隊は、大部分の敵を引きつけるであろうカロルス様たちのために、アリスに任せていたのだけど…ごめんね、こどもたちにも貸してね?
粉塵の中、シュル…と舞い上がったのは赤い…鞭?生き物のようにうごめく鞭は、通路の奥へ引き戻されて消えた。
「お前…なんだ?こども…?」
ザク、ザクと近づく足音に緊張が高まる。
通路から赤い鞭を携えて現われたのは、怜悧な赤い瞳の男。スモークさんは鞭を使う「女」って言った…でも、この人も、すごく強い…と思う。
「まあいい。せっかく育てているものを…何連れ出そうとしてやがる!!」
ブゥン!!唸りを上げた鞭は、真っ直ぐにオレを狙う。
『ゆーた、行くよっ』
オレはぺたりとシロに身を伏せた。サッと飛びすさって難なく避けた一撃は、途端に反転して空中のシロを急襲する!フェンリルの巨体は、まるで曲芸のようにくるりと回ってさらに回避すると、壁を蹴り、天井を蹴って鞭の軌道をかいくぐった。
瞬時に攻守が逆転する。一気に肉薄したオレたちに、男が歯がみして左手の剣を抜いた。
「舐めるな!」
「シロ!」
『ゆーたっ!』
阿吽の呼吸で上下に分かれたオレたち。オレの頭上を空振った剣は、禍々しい光を放っていた。
「ぐぅっ…!」
跳ね上がったシロが、爪に魔力を纏って胸から肩を、オレがスライディングで腰から足を…!
「きゅうっ!」
バチバチバチィ!!
ザッ!と体勢を整えて振り返ると、ラピスを加えた3連撃を受けて、男が為す術なく倒れるところだった。
「きゃあーっ!」
ほう、と一息つく間もなく、ドゴッと破壊音が響く。同時に、先を行っているはずのこどもたちの悲鳴が届いた。
―ユータ、あっちにも敵が来たの!急ぐの!
『ゆーた、ごめん、ぼく戻るよ!』
シロが危うく送還されかかってオレの体に飛び込んだ。走りながら首輪に魔力を込めるけど、そんな片手間で壊せるほど甘くはなさそうだ。
「さあ、戻りなさい。あなたたちには使命があるでしょう?神様に身命を捧げなさい。」
子どもたちの前に立ちはだかるのは、場違いなほど優しい声で囁くあの女。その手には、赤い鞭が握られている。
最初の攻撃はなんとかウリスとオリスが防いだようだ…破壊された通路に、まだ土煙が舞っている。
「ラピスっ!ウリス、オリス!」
「「「きゅうっ!」」」
ラピス部隊の真骨頂、即座に連携した全方位攻撃!
「この…っ!」
赤い鞭がバララッと分かれると、意思ある生き物のように攻撃をいなしていく。
「みんな!行って!!」
なんとか子どもたちを押しやると、ガラガラと崩れる壁の中、攻撃を耐えきった女に向き直った。
「あなたは……。そう、せっかく目を掛けてあげたのに、裏切るのね?」
オレを視界に入れた女が、冷たい微笑みを浮かべた。
「オレは最初からそのつもりだよ!オレはオレのかみさまを知ってるんだから!」
「……」
抜けるように白い肌、金色の髪に金色の瞳。探るようにじっとオレを見つめる、とても綺麗な人…でも、人形のようなその存在感は、なにかが足りないと思わせる。さっきは、もっと人間らしかったと思ったけど。
「さっき、何を持っていったの?大事そうだったけど?」
「!!」
美しい顔が憎々しげに歪んだ。でもその方が、まだ人間らしく思える。あふれ出すのは、魔力がなくても感じる、強者のオーラ…オレは冷や汗をかきながら、綱渡りの会話を続けた。
「…あれは何?どうして魔力を集めていたの?持っていったの、魔力を蓄えたやつ…だよね?」
「お前には関係のない……」
パキ、ペキ…パキンッ!
カラリ、とオレの首輪が落ちた。よしっ…!!
「チ…時間稼ぎかっ!」
柳眉を逆立てた女が、サッと腕を振るった。しなやかに舞った鞭は、空中でスラリと分かれると、槍と化して襲いかかった。
ドスッ…!容赦なく繰り出される鞭は、固い地盤をまるで豆腐のように深くえぐる。感じるのは、緻密にまとわれた魔力…この鞭は、既に触れたら切れる刃となっているだろう。
もはや振るう腕と何ら関係なくうごめくそれは、四方から致命的な連撃を繰り出した。
「うっ!くぅっ!」
一撃一撃が、重い…!受け流すのが難しい。早々に痺れた手に、無理だと判断してひたすらに避けることに専念する。
『ゆーたっ!』
「あっ…」
ガギィンン!!
突きから横なぎに払われた一撃を避け切れず、受けた左手のナイフが弾かれる。同時に下からえぐるようにもぐりこんできた鞭を、モモのシールドが防ぐ!
攻撃は防いだものの、衝撃を受け止めきれずに吹っ飛んだ軽い体。空中のオレに向け、食虫植物のように広がった鞭が、無慈悲にその顎を閉じようとした。
「「「きゅうっ!」」」
『ゆーたっ!』
ラピス部隊が鞭の軌道を逸らし、シロが閉じようとする顎からオレをさらった。
はあ、はあ…
強い…オレよりずっと上の実力者。こっそり回復しつつ、なんとか逃げる算段を立てようとする。攻撃が速すぎる…鞭の射程範囲から逃れなければ、オレの緩やかな転移では間に合わない。
『攻撃が鋭すぎるわ!何度も受けきれない!いい、避けるのよ!!』
『ユータ、乗って!走ればきっと逃げ切れる!』
「…でも、今逃げたら子どもたちが…」
彼らはまだ地上に出ていない。巻き込んでしまう…。もう少し、もう少し離れられたら…
ザク、ザク…
じりじりと下がるオレの耳に、下の通路から聞こえた足音。その気配に、オレは口の中がカラカラになるのを感じる。
「この野郎…」
地を這うような声と共に、現われたのは……あの男。着ていた服はすっかりボロボロになっていたけど、その体に既に傷はなかった。
「みっともない…油断したわね」
「…うるさい。これから挽回すりゃいい」
上の通路に女が、下の通路に男が。鞭の射程範囲から逃れることすらできなくなってしまった。
…どうしよう……勝てない…逃げられない。
一か八かで…転移するしかない?頭と胴さえ繋がっていればなんとかなるだろうか…さっきまでの攻撃を見るに、随分と分の悪い賭けになるけれど…。
「!!」
「「?!」」
突然感じた危険信号に、さっと飛び退いた。前後の二人も咄嗟に身構える。
ザシュウッ…
ドッゴォ…
「ユータ様がいらっしゃると言ったでしょう!!それで怪我したらどうするんです!!」
「ここですっ!」
ガラガラと崩れ落ちる左右の壁。
「いやぁ…ユータなら避けられるだろうし…」
「いたわ!無事ねっ?!」
右には剣を振り抜いて執事さんに胸ぐらを掴まれるカロルス様。左からは覗き込むエリーシャ様と、蹴り抜いた美しい姿勢のマリーさん。
「大人しくしてろと…様子をみて上がれと…そう言ったはずだが!?」
そして、オレの目の前にある背中。
来て…くれた…。
オレは、思わず砕けそうになった膝を立て直し、潤んだ瞳をごしごしとこすった。
やっと登場!!
シリアスが…長い……私も辛い…が、書かねば進まない…






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