215 来た!
翌朝早くから起こされて、簡単な食事の後にまたあの作業にとりかかるようだ。
もしかして作業中はこの首輪、外してもらえるかも知れない。その時にカロルス様が来てくれたら…それが無理でも、外してもらった瞬間に広範囲レーダーを発動して、近くに助けが来ていそうなら逃げ出してもいいかもしれない。
そんなことを考えつつ、みんなに続いて部屋を出ようとしたとき、シロが声をあげた。
『ゆーた!待って…?匂いが…この匂い…』
珍しくシロの緊張感をはらんだ声に、思わず足を止めた。
「匂い?」
『そう…うん、間違いないよ!ぼく、行ってきていい?見つからないようにするから!消える人、怪我してる!』
消える人…ってまさか?!一も二もなく同意すると、シロを見送ってオレも子どもたちから離脱する。怪我って…どの程度?!大丈夫…だよね?!早鐘を打つ胸を抑えつつ、怪我人を連れて身を隠せそうな場所を探す。
『主、こっちこっち!誰もいない!』
―オールクリア、大丈夫なの。
チュー助とラピスに先導されつつ、徐々に人気のない方へ。地下組織の随分下の方であろう場所、薄暗いそこには、作りかけの部屋がそのまま放置されていた。かび臭いけど、ここならそうそう人も来ないだろう。
『連れて来たよ!』
ヒュッと風のように滑り込んできた大きなフェンリル。その背には…
「てめ…何してやがる!ふざけんな!見つかったらどうするつもりだ!」
ん…なんか元気そうだ。シロに無理矢理連れてこられたスモークさんは、素早く下りるとオレに詰め寄った。
「だって、シロが怪我してるって…」
『怪我してる!血の臭いがするよ!』
「ち……うるせぇな!普通に動けるだろうが、構うんじゃねえよ!俺は俺の仕事をしてんだよ!」
『だって…出られなくて困ってたんでしょ?』
「どうして??怪我が酷くないなら転移で逃げられるんでしょう?」
「……」
ぷい、とそっぽを向くスモークさん。
―この人、もう転移できる魔力がないの。回復するまで待つしか無いの。
「えっ!?魔力切れ?どうして??」
スモークさんは、ギクッと肩を震わせる。でも…カロルス様たちとパーティ組んでたベテランでしょう?何があったの…?
「うるっせぇ!…やたら鋭くて強いのがいたんだよ…休んでればここから出るくらいすぐに回復すんだよ!」
まなじりをつり上げて怒ると、どかっと乱暴に座り込んだ。途端に顔をしかめた所を見るに、傷が痛むのだろう。
『逃げるうちに魔力が切れたってわけね。』
『でも…騒ぎになってたし、あそこにいたら見つかると思うよ?ぼく、上手に連れてこられたでしょ?』
「ふん……」
スモークさんは短距離転移だから…見つかりそうになっては転移するせいで、魔力が回復できなかったんだろう。結構困った事態になってたんじゃないのかな?黒い衣装で分からないけど、怪我だって決してかすり傷じゃないと思うんだ。
「とりあえずはここで休憩だね…回復したら、ギリギリまでシロに連れて行ってもらって、転移したらどう?」
「もう構うな。魔力が回復すれば勝手に出て行く」
そうは言われても、オレの方も抜け出して騒ぎになってるだろうから戻れないし…。
「そうだ、ラピス、カロルス様のところに魔力回復薬があるんじゃないかな?貰ってきてくれる?」
―ラピスはユータの側に居るの!
こそっとお願いしてみたものの、頑として受け付けてくれないラピス。押したり引いたり、なだめすかしてなんとか送り出すと、難しい顔で腕組みするスモークさんに視線をやった。
「怪我、大丈夫なの?この首輪、壊せるかやってみてもいい?そしたら回復が…」
「やめろ!それを壊せるほど魔力が高まれば、絶対にバレる。傷はたいしたことないって言ってるだろうが!」
「じゃあ手当できないか見せてよ?シロがいるから洗ったりするぐらいできるよ」
「いらん」
取り付く島もない態度に唇をとがらせる。せめて回復薬があれば、ばしゃっとかけるだけでもいいのになぁ。
「ところで、そんなに強い人ってどんな人?」
「…女だ。いや、強いのは武器だ、そいつ自身も強いが…武器がおかしい」
「どんな武器なの?魔剣みたいなの?」
「鞭だ。確かに、魔剣に近いな…」
鞭か…珍しい武器だ…戦いにくいな、変則的な細い軌道は非常に読みづらい。
―ただいま!これ、早く飲んでとっとと帰るの。
『き、危険…俺様捕まって逃げられない所だった~』
ぽんっと帰ってきた二人。ラピスはちゃんと魔力回復薬をもらってきてくれたようだ。さすがは執事さんかな?言い忘れてたのに普通の回復薬も持たせてくれていた。
「お前、ここにいろよ。騒ぎが始まったら様子を見ながら上層に上がって脱出をはかれ、誰かが迎えに行く。下層へは行くな」
「わかった!」
サッと回復薬を使うと、じゃあなとも言わずに消えたスモークさん。大丈夫かな…。
「お前が逃げるほどの手練れ…少なくともBランク以上の実力か…ユータは大丈夫なんだな?!」
「あそこなら大丈夫だ。……大人しくしてればな」
「ユータ様なら…きっと、きっと無事でいらっしゃいます!とにかく早く!!」
「エリーシャ様…あなたには残っていただきたいのですが…」
「いやよ!ユータちゃんを助けなきゃ!ちゃんとセデスちゃんにはお留守番してもらったもの!何かあっても大丈夫よ」
スモークの報告を受けて、ロクサレン家はさらに急ぐ。はるか彼方に兵を引き離して…。
「入り口は狭いぞ!軍なんか入れねえ!どう行く?」
「狭いなら広げねえとなあ!お前、中から誘導しろ!グレイ、風穴開けてやれ」
「真正面から行くのですか?!リスクが高すぎるでしょう。ギルドも軍も後ろに置いてきてしまいましたし!」
「暴れてるうちに到着するでしょ!こっそり潜入班と外から無理やり突撃する班に分かれたらいいじゃない」
「私は中へ…」
「お前とエリーシャは外からだ!地下だぞ、崩れたらどうする!」
「おい!俺は先に行くぞ!」
作戦(?)はまとまらないまま、とにかく突入する気概だけはみなぎらせて、ロクサレン家はアジト目前まで接近していた。
「きゃああ!」
「うわあー!」
突然の爆発音と揺れに、アリ塚付近で作業していた子どもたちは、大混乱に陥った。
「大人しくしやがれ!くそ…なんで言うこと聞かねえんだ?!」
苛ついた男たちが、こん棒を振り回しながら子どもたちを隅へ追い詰める。
「侵入者だろう、ひとまずこいつら縛って牢にでも入れておけ!隷属の効果が切れてやがる…あの女、不良品掴ませやがったな?!」
「た、助けが来たんだよ…」
「逃げなきゃ…」
こそこそと隙を見て逃げだそうとする子どもに、大男がこん棒を振り上げた。
「ガキが…舐めるな!!」
「きゃぁっ…!」
まさに振り下ろそうとした瞬間、小さな影が男の背中をかけ上がり、こん棒へ蹴りを放った。
「やぁっ!」
「がっ!?」
振り下ろした自分の膂力をそのままに、頭部へ誘導されたこん棒は、見事に大男の側頭部にヒットした。倒れ伏した男と、傍らに降り立った小さな影。
「大丈夫!?みんな、上に逃げて!」
自分たちを庇うように立ったのは、小さな勇者。こどもたちは、呆然とその小さな背中を見つめた。
「!!」
『来たよ!爆発だよ!分かんなくなっちゃったけど、消える人の匂いもした…と思う!』
シロが耳をぴんっと立てた。かなり下層にいるオレの耳には何も聞こえないけど、座り込んだおしりに揺れが伝わってくる。カロルス様たち…?!随分派手に来たんだね!?
『ちょっと…様子を見ながら上にって話だったでしょ?!』
「うん…でも、こども達が心配でしょ?!」
オレはシロに乗って地下施設を駆け抜ける!シロは場所なんて覚えてないけれど、何より正確な鼻がある…!
最短距離であの広間に飛び込んだ時、同時に飛び出してきた人物とすれ違った。一瞬、絡み合った視線。その人は、少し目を見開いたけど、抱えたものに視線を落として走り去る…長い髪が通路の端に消えた。
「…もしかして、あれが強い女の人…?!」
かすかに漂ったのは、嫌な気配と、清浄な気配。
『ゆーた!こどもが!』
シロの声にハッとすると、オレはこん棒を振り上げようとする男の元へ走った。
チュー助:あ、主ちょっと待っ…
バシュッ
ラピス:オールクリア!オールグリーンなの。
チュー助:見つからないように行動するとは…






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