197 にこっとマンドラ
「……かわいい。」
その茶色っぽい根っこ部分には、確かに顔があるんだけど…オレンジ色のつぶらな瞳、もにゅもにゅと小さなお口を動かしてにこにこする、ころりとしたマンドラゴラ……かわいい。
「ユータはちゃんと抜け……何…ソレ~?」
ラキの手に握られているのは、お馴染みのほっそりしたオバケ顔のマンドラゴラ。なんでうちの子だけ違うの?違う種だったんだろうか?
オレの手が窮屈だったのか、ジタバタしはじめたマンドラゴラを、空いた鉢に入れてあげる。ちょこんと両手(?)を縁にかけて、にこにことこちらを見上げる姿は、やっぱりかわいいと思う。
「かわいい~これなに~?」
「マンドラゴラだけど…。」
「…マンドラゴラはコレだよ~!」
ずいっと差し出されるオバケニンジン。オレのマンドラゴラは、会話に合わせてラキを見たりオレを見たり、そのたびに頭上の葉っぱがわさわさと揺れる。
「…ねえ、すっごく動いてるんだけど~……。」
「うん、元気良いよね!」
「違うから!見てコレ!マンドラゴラは、こう~!」
再びずずいっと差し出されたマンドラゴラは、ぶらんとなすがままになって動かない。
「…元気ないね?」
「これが普通!引っこ抜いたら動かないの~!あ、埋まってる時も動かないけど~。」
そうなんだ…豆があんなに動くから、マンドラゴラも動くものだと思ってた…。じゃあ、なんでオレのマンドラゴラは動くの?
『ゆうたが生命魔法入りのお水あげるからでしょ。』
事も無げに言われてハッとする。オレが飲むお水をあげていたから…確かに生命魔法入ってる!モモ~気付いたなら言ってよ!
『言ってもあなた、こっちの方が美味しいからって言いそうだもの。』
……確かに。だって…植物も美味しいお水の方がいいよね…?
『それにさー、主ってば魔力流してたじゃん~!俺様てっきりマンドラゴラもサイキョーに育ててるんだと思ってた!』
魔力流したらいけなかった?!フェリティアはいつも流してたから…。
で、でもさ、こんなにかわいく育ってくれたんだから、結果オーライってことでいいかな!素材にはできないけど…。
「おええぇぇ…ぎもぢわどぅい……。」
タクトが桶を抱えて悶えつつ、こっちを見る。なんとかしてくれって顔…仕方ないなぁ…ちょっとは懲りた方が身のためだと思うんだけど、もういいかな?
「ムゥ!」
不意にマンドラゴラがよじよじと鉢から出ると、葉っぱの重みでふらっふらしながらヨチヨチ歩き出した。
『わ!葉っぱさん、どうしたの?…あっち?いいよ!』
そのままぴょん!とシロの頭に乗ると、タクトの所まで連れて行ってもらっている。
「ムゥムゥ!」
短い手(?)で頭の葉っぱを1枚引っこ抜くと、タクトの前で、まるで旗のように振りながらわっさわっさと動いている。うーん、まるで祈祷しているみたいだ。
と、葉っぱがきらきらしたかと思うと、すうっと光となって崩れ、タクトに吸い込まれていった。
「おえぇ…え……あれ?……楽になった…。助かったー!」
バタンと仰向けに寝転がったタクト。そんなに気持ち悪いものなんだ…オレも気をつけよう…。
「ねえ、それ何~?もしかしてマンドラゴラが回復したの~?」
「うーん、どうなのかな?マンドラゴラの葉っぱって体調を整える作用があったりする?」
「あるわけないよ~!」
うーん、オレの魔力で育ったから、生命魔法系に相性がいいんだろうか…?葉っぱは薬草になったりするかもしれないね。
「ちぎっちゃって痛くないの?」
「ムムゥ!」
平気!と言いたげに元気よく手(?)を挙げる。むしろ重いから取ってくれと言いたげだ。タクトを助けたのはついでだったのかな。
『ゆーた、この葉っぱさんのお名前は?』
『いい、マンドラゴラって名称を使わないで考えてちょうだい!』
ええ~難しいこと言うなあ。んーごぼうさん…いやどっちかと言うとにんじんさん?
「ムゥムゥ!」
マンドラゴラは嬉しそうにオレを見つめる。あ、そうだ!
「じゃあ、ムゥちゃんでどう?」
「ムゥ!!」
どうやら喜んでくれたみたいだ。両手をぱたぱたさせて嬉しそう。
『あーそう来たわけね……まあいいわ、それならかわいい方よ。』
「ひっ…ひいいぃいい!!!」
唐突な悲鳴に、ビクッと振り向くと、そこにはあわあわとした顔でこちらを見つめるメメルー先生。
「かっ…かわっ……かわいいいいぃ!!」
先生はピタリとムゥちゃんを見つめて悶絶し出した…そっちかぁー!ヤバイものだったのかとヒヤっとしたよ…。
「どうしてぇ…どうしてこうなっちゃったのかな~?」
デレデレと相好を崩して、手のひらのムゥちゃんを見つめる先生。
「えーっと、さ、さあ……??」
何を言ってもボロが出そうだ…言い訳は諦めよう…そもそも先生聞いてないし。
「ウチの子になる?そう、なるのね~?」
いや、先生、わっさわっさ葉っぱ振って否定してるよ…?それ、ウチの子だからね…返してね??
「…ダメなの…?どうしても、行っちゃうの…?私なら!広い畑を用意することも!とびっきりの肥料をあげることもできるのよ?!」
「ムムゥ!」
無邪気に首を振るムゥちゃんに、先生はスポットライトが当たりそうな感じに崩れ落ちちゃったよ…。
「ムィムィ!」
不憫に思ったのか、ムゥちゃんはちょこちょこと先生の側へ行くと、スッと自分の葉っぱを差し出す。
「……これを…私に?……分かったわ…私……諦める…。これをあなただと思って…強く生きる!」
うん、そうして下さい…マンドラゴラにフラれたぐらいで絶望しないで…。
「ねえ…ユータくん、先生、待ってるから…。ううん!負担になりたいわけじゃないの!だからその……もし、気が向いたら……。」
授業が終わって、さて帰ろうとした矢先、駆け寄った先生がそっとオレの手に忍ばせたのは…マンドラゴラの種。先生、全然諦めてないじゃない…どうやらオレはまたマンドラゴラを育てることになるようだ。
* * * * *
「おや、こちらも海蜘蛛…いえ、『カニ』を扱い始めたのですね。」
「そうね、王都にはもう十分『カニ』として浸透したと思うわ。大体どこの海でも採れるもの、あちこちで真似た輩が出てきてるわね。でも、ウチみたいに新鮮なカニを扱っている所はないもの、負けはしないわ!ユータちゃんのカニ料理はウチだけだしね!ああ、そんなこと言ってたらカニが食べたくなってきたわ!」
「では、こちらの店にします?」
「敵陣調査も必要だけど……でも美味しいものが食べたいもの!ロクサレン系列のお店にするわよ!」
「よろしいですか…?昼時ですし、かなり人気があるので混雑しているかと…。」
「あああ!そうだったわね……。うう…あと2カ所行って時間帯を外しましょうか…。」
エリーシャは持ち前の体力と人脈を活かして、王都での根回しに奔走していた。謁見の前に、できることはしておかなければ。もちろん、相手も貴族、正攻法だけでは収まらない。エサをちらつかせ、時にはグレイとエリーシャの氷のオーラで震え上がらせ、意図とメリットデメリットを正確に伝えていく。
「ふむ、天使教の方は問題なさそうですね。」
「そうね、あれは元々私たちのせいじゃない…ってことになっているし。他種族については難しいけど…少なくとも意図は伝えられたわ。」
「あとは…そうですね、海蜘蛛の時のように、貴族の貪欲さが良い方へ転べばいいですね。」
「そうね…。エルバート陛下なら分かってくれると思うんだけど…。話がこじれたら面倒ね…。」
「力のあるロクサレンを快く思わない者もいますからね。その時は、いかがされます?」
「そうね…お望み通り謀反を起こしてあげるのも、いいかもしれないわね。」
「ふむ…なかなか厳しい戦いですね。カロルス様も呼んでおきますか。」
貴族街の宿の一室、優雅に微笑みを浮かべた会話が、まさかこんな物騒なものだとは誰も思うまい。タチの悪いジョークなのか、そうでないのか。
「あら、私たちは軍隊と一緒に来ているわよ?ねえ、そうよね?ラピスちゃん?」
「…きゅ。」
どうして分かったの?と言わんばかりの顔で現われたのは、白い小さな獣。群青の瞳が二人を見つめる。
「おや…ユータ様は心配症ですね。」
「うふふ…何を心配したんでしょうね?」
エリーシャは、ラピスのふわふわの毛並みをそっと撫でた。
ユータと関わると先生がダメになる…。新たな学校の七不思議…。
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