17 蛇の毒
「・・おねえさん、ぐあいがわるいの?」
「・・・・・そうだな。ちょっとな・・エビルサーペントに噛まれちまったんだ。でも、もうすぐ毒消しが届くから大丈夫だ。さ、向こうで遊んできな。」
表情を取り繕う青年が痛々しい。幼子に心配かけまいと、優しい男だ。
でも、オレは知っている・・この先、馬車が通るのは早くて明日の午前中。今薬が届いていないなら、明日の午前中までは届かない。それはきっと、この青年と女性には絶望的な時間なのだろう。オレは、悲しげに笑う青年を見つめて、意を決した。
「おねえさんが早くよくなるように、そばでおいのりしてもいい?」
「!!・・そう・・だな。あいつはな、こどもが好きだから・・きっと喜ぶよ。」
青年は思わず声を詰まらせて、なんとかそう言った。
・・絶対・・絶対なんとかしてみせるから・・・。この優しい青年を、助けたい。
オレは生命魔法が得意なんだろう?きっと、きっとできるはずだ。
「・・どうした?」
青年と一緒に横たわる女性に近づくと、そばにいたいかつい男性が声をかける。
「リルミーが元気になるように、お祈りしてくれるってさ。リルミー、子ども好きだろ?」
いかつい男は、何か言いたげに青年を見つめたが、黙って道を空けた。
オレは、瀕死の女性の傍らに座り込むと、そうっと両手をとって目を閉じた。集中、集中だ。
蛇の毒・・血清があれば・・。いや、魔法があるんだ。魔力からあらゆるものを生み出せるなら、抗毒血清だって魔法で代用できるはず。
オレは繋いだ手で回路を形成し、少しづつ魔力を流した。女性の全身にうっすらと魔力を通し、異常を探る。
・・何か、血中に嫌なものがある。きっと、これだ。しっかりとその『嫌なもの』を記憶すると、カッと瞳を開いた。掴んだぞ、毒め。
今度は強く、強く血清をイメージして手首の動脈に触れる。血清のイメージに沿うよう、血流に乗せて抗毒血清魔法を発動させるのだ。
(蛇の毒なんかに負けないで!)
祈りを込めて魔法を発動させた。
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簡単な依頼だったんだ、なんでこんなことに。
リルミーは既にぴくりともしない。明日どころか今にも命の灯が消えようとしている。
ああ・・『絶望』だ。どうすることもできない無力さに腹が立って仕方ない。知らぬ間に握りしめていた手がミシミシと音を立てた。
「・・どうしたの?」
幼い声に誰何され驚いた。こんな荒くれに声をかける子どもがいるとは。・・あいつが喜ぶだろうな、ついそう思って胸がえぐられる。
・・こんな死の気配が漂うところに、幼子がいてはいけない。立ち去るように促すが、なんとリルミーのために祈るという。
フードを深くかぶっているが、随分いいとこの坊ちゃんだと想像できる言葉遣いに、少し躊躇ったが・・最期なんだ。子どもが祈ってくれたら、あいつはきっと嬉しいだろう。な、驚いて跳ね起きるかもしれないだろ?後から不敬罪でもなんでも、受けてやるさ。
子どもはリルミーの傍らに座り込んだ。本当に祈ってくれるつもりらしい。ガンツと、邪魔しないよう少し離れて見守る。と、座った拍子に幼子のフードが外れ、横顔が露わになった。隣のガンツが息をのんだのが分かった。・・いつの間にか俺も呼吸を止めているのに気付く。もしや、神の使いじゃないか。目を伏せたその姿は、そんな期待をしてしまうほどに、神々しかった。
どのくらい経ったのか、伏せられていたまつげが上がったことで、自分が見とれていたことを知る。まるで尊い宗教画を見ているような気持ちだった。
ほどなくして、何事もなかったように立ち上がった子どもが、少し離れてにこっと微笑んだ。さっき神々しいと思ってしまった影響だろうか、なんだかそれだけで体が軽くなったような気がする。
背後から聞こえた嗚咽の声に、ハッとして振り返ると、ガンツがリルミーの傍らで泣いているではないか!
まさか・・まさか!!よろよろと震える足で近づくと、男泣きに泣いているガンツが、俺の胸ぐらを掴んで乱暴に揺すった。
「見ろ・・見ろよ!リルミーが・・」
先ほどと変わらず横たわったリルミー。
その頬は桃色に色づき、抜け落ちていた表情は、すっかりリラックスしている時のそれだった。すうすうと規則正しい寝息が聞こえ、今にも「うるさいわね!何時だと思ってんの!」と、いつものように目を開かんばかりだった。
「ああ・・・ああ・・。」
ほんの数分前まで失われていた、リルミーの全てが・・戻ってきていた。
奇跡を前に、言葉にならない・・。慌ててあの子どもを探したが、見当たらない。
ああ、神様!ありがとう、ありがとう!!やはり、あれは神の使いだったのだ。
目に焼き付いたお姿に、感謝の祈りを捧げた。
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青年たちの混乱に乗じてそっとその場を離れる。オレがやったとバレると色々とマズイ。
オレの自由時間もあと30分ほどだ、疲れたし馬車の中で仮眠しよう。
血清魔法、うまくいってほんとに良かった・・。ちゃんと回路を繋ぎ直して、毒が残ってないか確認したし、元気になるように『点滴』しておいたので大丈夫だと思う。ついでに憔悴しきった青年たちにも『点滴』しておいた。どうやら見た目通りに彼らは戦士系で、魔力が一切見えていないようだったからね。何してもバレまい。
ホッと一息ついて、満足したオレは睡魔に身を任せた。