189 ひらめきは浴槽の中で
アンヌちゃんたち、そんな辛い事情があったなんて。
『私たちは何も悪いことはしていないのだけど…』そう言って微笑んだママさんを思い出して、胸が痛い。これからは、安全な所でのびのび生活してほしい…どうか、村の人たちに受け入れてもらえますように…。
せめてオレに出来ることを、と眠るママさんたちに回復を施してから帰る。あとは、エリーシャ様の腕にかかっている…どうしよう…これでみんなが王様に怒られたりしたら…。
―王様がそんな人なら、ラピスたちが全部全部吹っ飛ばしてあげるの!ユータを悲しませたら、許さないの!
憤ったラピスが恐ろしいことを言っている…あ、ありがとう…気持ちだけ受け取っておくね?気持ちだけね?ラピス部隊の全力、確かにドラゴンが王都を襲うに匹敵するかも知れないもん…頼もしいけど…絶対やめてね…??
「どうしてみんなで生きていけないんだろうね…。」
オレは、黒い毛皮に顔を埋める。目を閉じて、温かい身体と力強い鼓動に身を委ねた。
『そんなヤツら、主がぶっ飛ばしちゃえばいいじゃん!』
「ふふ、チュー助まで。そんなことしないよ。」
『なんで?!主ならできるでしょぉ?!』
「あのね、気に入らない人をみーんな取り除いても、きっとまたその中に気に入らない人が出てくるんじゃないかな。気に入らない人と仲良くしなくていいけど、そこにいることはお互い認められたらいいのになって思うよ。」
『ふーん?じゃあ俺様、スープのお豆がいやだったけど、入ってることは許すようにする!』
「ふふっ…それはえらいね!」
人の多様性は大きな武器で、大きな弱点でもあるのかな…法律はそのためにあると思うんだ。合わない人同士であからさまな被害がある場合を防ぐために…。でも、この世界では法律の支配がとても弱い。こういうときにこそ宗教が有効なのかも知れないなぁ…。
少し辛くなった気分を紛らわせようと甘えるオレに、ルーは何も言わない。そう、ルーみたいに生きられたらいいのにな。一定の距離を保って、どんな者も完全には拒絶せずに見守っている…これが神獣、かな。
ぎゅっと強く抱きしめたら、ルーはちらりとオレを見た。
「あ、痛かった?」
手を緩めようとしたら、ふさふさのしっぽが、ぐいっとオレの後頭部を押さえつけた。まるで抱き寄せられるように、ふかふかの毛皮に押さえつけられて、きょとんとする。
「てめーの力で痛いわけねー。……そうしてろ。」
そっぽを向いたルーの、精一杯。思いがけない言葉にビックリして…そして、温かな心がじわっとオレを満たした。ふわりと自然に零れた笑顔は、心が安定した証。
「うん…ルー、ありがとう。」
もう十分に満たされたけど、お言葉に甘えて柔らかな被毛にしがみつく。
心地良い…ルーの大きな気配に包まれて、守られている安心感。ルーみたいに、カロルス様みたいに、大きな器になりたいなあ…。
「…あ、あれ?」
目が覚めたら、ルーではなくてシロに包まれて眠っていた。いつの間にか寮のベッドに戻ってきていたようだ。
―ルーが布団で寝かせてやれって言ったの。
ふふ、ルーはいつもぶっきらぼうだけど、そういう所はとても繊細な気配りができるんだよね…学校があることも気にしてくれたんだろう。
「ラピスが連れて帰ってくれたんだね!ありがとう。」
嬉しげなラピスを撫でて、あったかいシロから身を離すと、柵を支点にくるっと回ってベッドから下りる。オレのベッドからは、みっちり詰まったシロがはみ出していて、くすりと笑った。
先輩二人のベッドは既に空だ。割の良い依頼を探すために、二人は一旦早くに出て、依頼を受けてから帰って二度寝することが多い。オレも冒険者登録したらそんな生活になるのかな。
昨日はルーの所で寝てしまって、そのまま寝入っちゃったから、ぐっすり眠ってお目々ぱっちりだ。ベッドはシロが占領しているし、ラキを起こさないようそっと部屋を出た。まだ授業までに時間があるし、昨日入ってないからお風呂でも行こうかな。きっとこんな早朝は誰もいないから、ゆっくりできるだろう。
予想通り誰も居ないお風呂場で、オレは例のごとくラピスに見張りを頼む。好き放題魔法を使って楽しめる貴重な時間だもんね!ざあざあと贅沢にシャワー魔法を使って、風呂場中をあわあわにして、湯船にもたっぷりとお湯を入れておいた。
一通り洗い終えたら、湯船に入れたぬるめのお湯に入ると、目を閉じて仰向けにとぷんとお湯に沈んだ。
オレは水中が好きだ。ゆらゆらと揺れる水中で、全身を温かいお湯に包まれて…まるで羊水に浸っているようだ。なんだかこのままお湯に溶けてしまいそうな…。
―ユータ、人が来るよ?どうする?
ラピスの声で我に返った。スッと意識が収束して、オレはオレに戻る。今の感覚、もしかして…。
「ラピス、大丈夫、もうあがるよ。」
風呂場を片付けて出たオレは、ドキドキしながら部屋へ急ぐ。上気した頬はお湯のせいだけじゃない。もしかしたら…もしかしたらできるかも!あのお湯の中での感覚…あれで掴んだかも知れない!
そっと部屋へ戻ったら、まだ寝ているシロと一緒に布団をかぶった。目を閉じて、お湯に溶けるように意識を拡散して…。
「転移!」
裸足の足に、ひやりとした感触。そっと目を開けると…そこは、見慣れた秘密基地。
「あ……で、できた?!……できた!!やっったーー!!」
オレは一人で渾身のガッツポーズをとった。
ついに…ついに転移をマスターしたんだ!
転移ができるようになって、色々と試してみたんだけど、オレの転移はラピスのフェアリーサークルとヴァンパイアの黒い霧との間みたいな感じだ。スモークさんの瞬間的な転移とはまた違う。世界の魔素に自分を溶け込ませて、任意の場所で再構成する…みたいなイメージなんだ。
オレがしっかり相手を掴んでいたら、オレに巻き込んで他人を連れて行くことも出来る。ちなみにこれはセデス兄さんで実験したんだけど、ものすごく心臓に悪いからもうやらないって言われた。なんだかそのまま消えて無くなってしまうような気分になるそうな。
「お前…転移はラピスに任せときゃ良かったじゃねーか。そこまで規格外を詰め込まなくてもいいだろうに…。」
カロルス様はそう言って呆れたけど、ラピスだと他の人を連れて行けないんだもん…オレはあの孤独なヴァンパイアの王様を連れ出したかったんだから。
エルベル様、ビックリするかな?まずは、あの綺麗な泉に連れて行ってあげるんだ。あそこでお弁当食べたら、きっと元気になるよ。
今はエリーシャ様が王都に向かう旅の途中だ。オレがお願いしてラピスもこっそりついて行っている。ラピスに行ってもらうのはちょっぴり不安だったけど……主にやりすぎないかの方向で。
ラピスがいない、このタイミングで転移ができるようになったのは、それこそ天使様のお導きってやつかもしれないね!だってフェアリーサークルでの移動ができないと不便で…便利なものに慣れちゃうとだめだね~!
「ゆーた!」「みつけたー!」「ひさしぶりー!」
転移ができることが嬉しくて、用もないのにロクサレン家と秘密基地を行き来していると、妖精トリオと出会った。
「久しぶりだね-!魔法の練習はうまくいってる?」
「んーむずかしい。」「もっと、やくにたつものがいい!」「ゆーたはがっこう、むずかしい?」
「学校はお勉強するところだからね、魔法の練習もしてるんだよ。まだ1年生だから、そんなに難しいことはないかな?」
「そりゃまあお主じゃからの…。」
「チル爺!ひさしぶり!」
「ひさしぶりじゃの、お主と会うのは毎回久しぶりになるのぅ。」
ルーさん、今回は頑張った!
お風呂に入ってるときって何かひらめいたりしますよねー。主に、あの仕事やり忘れた!!とか……






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