186 母子二人旅
うむ、全員出て行ったね。シロ、ご苦労ご苦労。
『はん…はんばーぐ…はんばー…ぐ……。』
「あ、あの、わんちゃん、ありがとう…えっと…ど、どうしたのかな?私…行ってもいい…?」
建物内に侵入すると、すっかり影を背負って地面に伸びているフェンリルさん…。気の毒なママさんがおろおろしている。
「こんにちは!アンヌちゃんのママ?」
ビクッとしたママさんが、振り返ってオレの姿を確認し、安堵する。
「…あなたは?ここは危ないの、外へ行きましょう…どうしてアンヌの名前を知っているの?」
足早にオレの手を引いて、外へ連れ出すママさん。ずっと走っていただろうに、元気な人だな。アンヌちゃんの所へ行きたいのだろう、腫れた頬も汚れた服も、気にも留めずに走り出そうとする。
「あのね、アンヌちゃんは大丈夫なの。オレ、アンヌちゃんに言われてママさん探しに来たんだよ。アンヌちゃんがビックリするから、これ使って!いたかったでしょう?大丈夫?」
「アンヌは…安全なところにいるの?!でも…他のヤツらに見つかったら…。」
気もそぞろのママさんに回復薬を渡したら、壁を向いてぺたんこに横たわっているフェンリルさんに声をかける。
「シーロ、ごめんね、チュー助が食べたなんて嘘だよ!」
ひしゃげた耳がぴんっと立った。はた…はた…とかすかにしっぽが動き出す。
「実はまだ作ってなくてね。」
はた………。
「今日作ろうかなって思ってるんだ。」
ぶんぶんぶん!
『今日はハンバーグ?!』
しゅぴっと起き上がったシロ。耳もしっぽもシャキーン!だ。
「うん、今日はハンバーグにしようか!お肉があるかなぁ…。」
『ハンバーグぅ!ハンバーグぅ~!!』
るんるんと足取りも軽く、シロはまるで気取った猫のように胸をそらしてしっぽを立てて、ぐるぐる円を描いて行進している…。そんなに楽しみにしてたんだ…ちゃんと気合い入れて作るよ。
「……あのわんちゃんはあなたのとこの子…?」
「う、うん…。」
「随分と……………表現の豊かな犬ね。でもあの子が飛び込んで来てくれて、本当に助かったわ。すごい声で唸ってくれたおかげで、あいつら逃げていったの。ありがとう!」
「たまたまだよ!アンヌちゃんの匂いがしたから飛び込んじゃったんだ。」
「あなたもまだ小さいのに随分しっかりしてるのね…小人の血が混じってるの?」
「混じってません……。」
何気なく投げられる言葉の刃はオレにサクッと命中。小人、か…。トトだってあんな大きくなったもんな…オレ…もしかしてだけど…平均より小さいのかな…。
今度はオレが壁を向いていじけたい気分だ。
『帰ろ!帰ろ!ハンバーグぅ!』
「きゃあっ?!」
ご機嫌なシロはそんなオレに構うことなく、ひょひょいっとオレとママさんを背中に放り投げると、『ハンバーグぅ!』の節に合わせて妙にリズミカルに歩き出した。
シロ…昼ご飯食べたばっかりだから、今帰ってもハンバーグは作らないよ…?
「わ…わわわ…?!」
突然犬に乗って、リズミカルに行進する羽目になったママさんを、シールドで支えつつステップ早足でアンヌちゃんの所に向かう。
「ねえ、どうしてアンヌちゃん置いていったの?」
「…怖い人達に追いかけられていたの。アンヌだけでも見つからないように隠したんだけど…出てきちゃったのね。」
「どうして追いかけられてたの?」
「さあ…?私たちは何も悪いことはしていないのだけど…。」
ママさんは微笑んだ。
「マ…ママーー!!」
「アンヌ!ああ、良かった…!!」
シロに乗って戻ってくると、アンヌちゃんはチュー助を放り出してママさんに飛びついた。
『ひどい……主、俺様特別手当を要求す………な、何?何事?!俺様シロさんにめっちゃ睨まれてる気がするんですけど?!俺様の小さなかわいい心臓が、圧死しそうなプレッシャーを感じるんですけどぉ?!』
チュー助がしゅばっと短剣に引きこもる。
「シロ、チュー助は何もしてないよ?」
『うん……そう、そうだったね。』
…ごめんねチュー助、ちゃんとハンバーグ大きいのあげるからね。
「よかった…無事だったのね。」
「うん!小さなきつねさんとね、ピンクのやわわかいボールさんとね、ねずみさんとね、遊んでたの!」
すっかりにこにことご機嫌なアンヌちゃん。良かった、アンヌちゃんをなぐさめ隊はきっちり任務を果たしたようだ。
「アンヌちゃんたちはどこに住んでるの?送っていくよ?」
「私たちは立ち寄っただけで、この街の人じゃないのよ。昼前にはここを出る予定だったのに…。」
ここを昼前に出てたどり着けるのはヤクス村ぐらいじゃないかな?もしかしてヤクス村を目指していたんだろうか?天使教効果で子連れの一家に人気らしいし…。
「オレ、ヤクス村からここの学校に来たんだよ!もしかしてヤクス村に行くの?」
「まあ、そうなの!ええ、あそこが安全で子どもに良い土地だっていうから…。あなたはヤクス村が好き?」
「うん!とってもいい所だよ!でも今からはもう遅いよね…大丈夫なの?」
「ええ、予定外だけど宿を取るしかないわね。あなたのお名前は?ごめんなさい、手持ちが少なくて…お礼をできそうにないの。ご家族に伝言があればお礼代わりに伝えるわよ?お手紙とかどう?」
それはいいアイディアだ。オレは明日の朝に手紙を渡す約束をして、アンヌちゃんたちと別れた。
「何を書こうかなー?」
夕食後、寮の部屋でベッドに寝転がると、教科書を下敷きにして手紙を書き始める。例のごとく、火を灯すのが面倒なので明かりの魔法を2個ほど漂わせた。手紙なんて出さなくても、オレはフェアリーサークルで帰れるんだけど、あの親子がカロルス様に会いに行く口実になるでしょ?領主に顔を覚えてもらえるのはいいことだと思うんだ。
とりあえずは、ハイカリクで襲われていたことを書いて…気に掛けてもらえるようにしたら、あとの余白はどうしようかな。そうだ、ハンバーグのレシピでも書いておこう。
「ユータがお手紙?珍しいね。…その明かりはツッコんだ方がいいの?」
レシピを書き記すのに夢中になっていたら、ラキが覗き込んできた。そうだよね、他のみんなはそうそう実家に帰ることができないから、結構頻繁に手紙を出している。冒険者ギルドに依頼するほど大した用件じゃないから、乗り合い馬車の待合で、方面が同じ人に交渉するんだよ。
「……なんだ、お手紙じゃないの?」
「お手紙だよ?」
「…それ、お料理でしょ?もっと近況とかさ、今どんなことをしてるかとか書くものだよ…、」
「なるほど!」
と言ってもオレはしょっちゅう帰ってお話ししてるから、あまり目新しいことはない。ラキが見ていないのを確認して、結局次に帰るであろう日時を記して封をした。ちなみにハンバーグは秘密基地で作ったよ。悶絶して喜ぶシロに、作ったかいがあったってものだ。チュー助も自分と同じくらいあるサイズに震えていた。震えるほど嬉しかった?でも結局はお腹いっぱいだったのか、半分ほどシロに進呈していたようだ。食べきれなかった?
「主ぃ…無理っす…『それ、食べちゃうの?一人で全部食べちゃうの?』って目で…フェンリルが…フェンリルが見てくるっすよ…俺様には…無理っす。」
「おはよう!アンヌちゃんよく眠れた?」
「うん!今日はゆっくりねむれたよ!」
ママさんと手を繋いで、嬉しそうなアンヌちゃん。ママさんに手紙を渡すと、馬車に乗り込む二人へ手を振った。
「気をつけてね~!」
本当に、気をつけてね…?
一応、ウリスにお願いしてはいるけど、女性と子どもの二人旅は、なかなか平穏無事に過ごせるとは言い難い。せめて護衛がいると良かったんだけど…。
オレは馬車でさんざん色んなのと遭遇したから、馬車ってすごく危険だと思っているけど、一般的にはそこまで襲われたりするものではないらしい。
じゃあどうしてオレの時はそんなに厄介ごとと遭遇するんだろう…理不尽だ。
チュー助の受難は続く…






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