16 街へ行こう!
大いなる苦難を乗り越え、ついにこの日がやってきた!
街へ・・街へ行ける!!しかもお泊まり付きだ!正直、このあたりの田舎風景で過ごしていると、ここがファンタジーであることを忘れそうになる。外国の田舎へタイムスリップしたような気分だ。たまに桃色の蛇や妖精が現われるのが唯一のファンタジー要素かな。
わくわくしながら準備をすませて、カロルス様を待つ。そわそわ、ごそごそ・・いつになく落ち着きのない様子に、マリーさんがくすくすと笑う。
「そんなにそわそわされなくても街は逃げませんよ。道中長いですから、無理せず休んでくださいね。街では恐ろしい人攫いなどの悪人がおりますから、決して旦那様のそばを離れず、言うことをよく聞くのですよ。旦那様以外の人について行ってはいけませんよ。あと・・」
長々と注意事項を聞くうちに、やっとカロルス様が来た。
「ああ、旦那様、ユータ様から目を離さないでくださいね!それと・・」
言いつのるマリーさんの顔には『心配です』と書いてある。・・その心配の中にカロルス様が含まれていなさそうなのはどうなんだろうか。
「よ・・よし、行くか!」
なんとかマリーさんを振り切って、オレとカロルス様が馬車に乗り込んだ。カロルス様は馬車を持っているけど、街へ行くのは乗り合い馬車を使うことが多いらしい。貴族が乗合馬車に乗ってて大丈夫なのかと思ったけど、近場ならそういうことも多いらしい。持ち馬車を頻繁に使う家ならともかく、特にこんな辺境伯なんかは、地元にいることが当たり前なので、御者が他業務を兼任していることが多く、ちょっとした移動はもっぱら乗合馬車らしい。
そう、カロルス様の爵位は辺境伯だそうだ。それがどのくらいの位置にいる人なのか、今ひとつオレには分からないけど、結構有名らしい。貴族らしくないもんな・・有名なのが悪名じゃなければいいけど。
乗合馬車と言っても、今乗っているのはカロルス様とオレだけ。護衛の人は馬に乗って着いてきている。
小さな窓にかじりついて外を眺めるオレに、カロルス様が苦笑する。
「こんな田舎に見えるモノもないだろう?」
確かに一面の草原やら森やら・・めぼしいモノはないけれど、オレにとっては何もかも珍しい。何ならこの延々と続く土の道すら珍しい。
「そんなことないです!あの木もみたことないし、あそこのいわも ふしぎです。それに、この つちのみちは いなかだから つちなんでしょうか?」
「・・俺にはお前の方がよっぽど不思議だよ・・。お前の所は土の道じゃなかったのか?」
ちょっと呆れた顔で言われてしまった。
「ええと・・その、もっと固い みちでした。わだちの あとが残りません。」
「・・・お前の住んでいた所は一体どんな古代文明があったんだ・・。こっちでは普通はこんな道だよ。王都付近やでかい街道なら、石畳もあるけどな。」
へえ~石畳か!・・・どっちにしても尻は痛そうだな。さっきから馬車は、ガタンガタンとよく飛び跳ねている。こっちの人は乗馬に慣れてるから、こういう衝撃も案外平気なのかな。オレは尾てい骨が砕けそうなので窓につかまって立ち、時々カロルス様の手が伸びてきて、体勢を崩すオレを支えてくれている。
「ハイカリクの まちは 石畳なんですか?」
「そうだな、街の中は大体石畳だな!」
うわ~楽しみだな!ヨーロッパ風だろうか?店に行くのも初めてだ!カロルス様と、街で商店街を歩く約束をしたんだ!
るんるん気分だったが、数時間もすると足が疲れてきた。仕方なく腰掛けるが、これはキツイ。板で尻たたきでもされているようだ。隣のカロルス様は平気な顔をしているので、これが普通なんだろう。魔法があるのになんで改善しないんだ・・と思ったけど、こちらの世界の人が苦痛じゃないなら改善の必要が無いのか・・きっとみんな尻が分厚く硬くなってるに違いない。
「ああ・・悪かったな、ケツが痛いんだろ?ここに来い。」
カロルス様はそう言うと、左手を伸ばしてオレを掴み、ひょいと膝に載せた。片手・・。いや!それより!!お膝はちょっと・・・!!それに・・カロルス様の膝は板と同じぐらい固いんだけど。
「いっ・・いいです!だいじょうぶです!」
カロルス様の膝の上でジタバタするが、カロルス様は動じない・・・下りられない。
「わはは!気にするな!もうすぐ休憩所だ、頑張れよ!」
結局休憩所までしっかりと膝の上に抱えられ、力尽きてぐったりだ。鉄の腕め・・・。
「そら、下りるぞ~!」
カロルス様はぐったりしたオレを、荷物のように小脇に抱えて馬車を降りる。俺と対照的にご機嫌だ。16歳の息子が王都で暮らしているので、小さい頃を思い出して楽しかったらしい・・膝に乗せられながら、息子さんがかわいかったのに生意気になった、という話を散々聞かされていた。
休憩所に着いたと聞いたけど、特に建物はなく、広場を高い柵で囲っただけの造りだ。申し訳程度に、薄汚れたタープみたいなのが張られた一画もある。何人か人がいて、火をおこしている。全体的に茶色っぽい煤けた服や簡素な鎧を身につけていて、疲れた雰囲気が漂っていた。
「旦那がたも、声をかけるまでゆっくりしてくだせぇ。2時には出発しやす。」
御者の男が声をかけてから立ち去った。こっちで時計って見たことなかったのに、2時ってどうやって分かるんだろう?不思議に思ってたら、カロルス様が休憩所の一画を指さした。
「時計はあそこにあるから、1時まで好きにしていいぞ。ああ、フードは取るなよ。」
これが時計?地面に文字の書かれた円盤があって、ツノみたいなのが突き出ている。しばらく首をひねって見ていたが・・分かった!これ日時計だ。1時まで・・まだ30分ほど?ある。この休憩で昼食をとるらしいけど、料理する人がいないから携帯食を食べるだけで、美味しくもないし、カロルス様とすぐに済ませた。
さあ、オレの自由時間だ。フードは取るなと言われたので、ちょっと鬱陶しいけど我慢する。明らかに男の子の服を着、さらにフードをかぶっていると、さすがに女の子だとは思われないのが嬉しい。
ちなみに護衛の人は馬の世話をしていて、カロルス様はタープの下に寝転がっている。・・辺境伯が地面で寝ている・・・絶対普通じゃないと思う。
広場は50Mプールぐらいの広さがあるので、面白い植物や虫がいないかとうろつくことにした。
うろうろしていると、先ほどの茶色い集団が目につく。あ・・!剣が置いてある!あれはなんだろう?大きな武器や弓も!すごい!本物の武器だ!もっと近くで見たくてジリジリと近づいていく。
興味津々で見つめていると、疲れた顔で座っている人たちの間に、横たわった女性が見えた。明らかに眠っている様子ではなく、『横たえられた』という雰囲気だ。
「どうしたの?」
思わず声に出してしまった。睨むように地面を見つめていた青年が、ハッとして顔を上げた。
「・・どうしたぼうず。こっちに近づくと怒られるぜ。」
力なく自嘲気味に笑ってみせる姿が切なかった。彼の瞳には、抗えない苦しみと、大きな悲しみが見えて・・あのときのオレと重なった。
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