184 シーリアさんの幸せな日
『おさんぽ、楽しいね!』
ルンルンと軽い足取りで歩くシロ。街行く人がギョッとしては、背中に乗ったオレを見て安堵する。目立って恥ずかしいんだけど、怖がられないためにこうしてシロに乗って歩いているんだ。オレと一緒にいる光景を見慣れたら、そのうちシロだけでも怖がられなくなるんじゃないかな?
でも、そのためには野良の魔物じゃないですよっていう目印が必要だよね。
「こんにちはー!」
『こんにちはー!』
「はいよ!いらっしゃ…ビックリしたぁー!」
やって来たのはあの幻獣店、シロに着けてもらう目印があるかなって探しに来たんだ。
「ん………その子って…まさか…??」
う…さすがは幻獣店の店長さん!もしやシロのこと、バレたんだろうか…?!
「シ、シーリアさんお久しぶり!この子はシロって言うの。大きな犬でしょう!」
犬、と強調して先制攻撃しておく。
「あ…犬、そう、だよな!」
『そう!ぼく犬なの!よろしくね!』
ぶんぶん尻尾を振ってにこにこするシロに、シーリアさんは目を細めて屈みこんだ。
「うわー大きいけどかわいいな!サラッサラだ!こんなに人懐っこいなんて!いい子だなーよしよーし!」
『えへへっ!撫でてくれるの?ありがと!シロはいい子だよ!』
ポニーテールを揺らしてわしゃわしゃと撫で回す姿を見る限り、すっかり疑念を忘れ去ってくれたみたいだ。シロも嬉しそうにぺろりとシーリアさんのほっぺを舐めた。
「あのね、シロと一緒にいたいから、街を歩いていても怖がられない目印みたいなのないかなと思って!他の従魔術師とか召喚士の人はどんな風にしてるの?」
わしゃわしゃタイムが一段落した頃合いで声をかけると、やや残念そうな顔でシーリアさんが立ち上がった。
「そうさな…一番多いのは首輪だな!簡単だし邪魔になりにくい。あとは腕輪とか耳飾りとか…魔物用の防具なんかもあるよ!」
「へえ~色々あるんだね!シロはどれがいい?」
『んーと…ぼく何でもいいけど…首輪は前につけてたから…』
『シロ!あれにしなさい!あれがいいわ!!』
『え?そう?じゃあぼくそれにするー!』
割り込んだモモが一生懸命示しているのは、腕輪かな?いや確かにカッコイイけど…お、お高いんでしょう…?
そーっと値札を覗いてみたら、少なくともルーのブラシよりはお手頃だった。以前のお金の残りでなんとか買えるけど、そうすると手元にほとんど残らないな。実はロクサレン家からたくさんお小遣いを渡されるのだけど、やっぱり居候しながらお小遣いまで使っちゃうのは抵抗があって…。『小遣いじゃねえ!!てめえの金だ!!その一部だ!!』…カロルス様はそう言って怒るんだけどね。
腕輪の前でうんうん唸っていたら、シーリアさんがひょいと上から覗き込んだ。オレの目の前にはらりと落ちたベージュの毛束が揺れる。
「これかあ!なかなかいいセンスだな!確かにシロによく似合いそうだよ。で、高いってか?そりゃ子どもが買う値段じゃないよな。」
チラリとシロを見たシーリアさん。なあに?と首を傾げる様子に、でれっと相好を崩した。
「じゃ、じゃあさ!このシーリア姉さんがプレゼントとして半分出しちゃおっかな?そしたらさ、その、また……店に来てくれるかなー…なんて!あははっ…。」
ちらちらとシロを見ながら頬を染める様子は、どこの女子高生か!と突っ込みたくなる。シーリアさん、本当に幻獣たちが好きなんだね。
『えっ…シロに?プレゼントくれるの?わあい!お姉さんありがとう!!』
「わわっ?!もしかしてシロ、私の言ったことが分かったのか?うおお…なんってお利口なんだ!!いや私はむしろ全額出したい!出したいけど!!」
プレゼントと聞いて、大きな耳をぴくりとさせたシロが、大喜びでシーリアさんにじゃれついた。シーリアさんの中では店長としての矜恃と、恋する(?)乙女のハートがしのぎを削っているようだ。
「えっと…シーリアさん、いいの…??」
えへへぇとだらしない顔になっているのは見なかったことにするとして…お店屋さんなのに商品プレゼントしてたら食べていけなくなっちゃう…。
「へへへ…。…あ?うん?…もちろんいいさ!お得意様になってくれるんだろ?ひいきにしてくれよ!冒険者になっていい素材安く譲ってくれたら、なおいいな!」
シロを抱えたまま、あっはっは!と豪快に笑うシーリアさん…なでなでする手はまるで別の生き物のようにしゃかしゃかと動き続けている。
『じゃあ今度シロがおねえさんにプレゼントするね!おねえさんは何がほしいの?』
「シーリアさんの必要な素材って何があるの?」
「んーそうだな…皮系統とか小さい魔石とか…加工して使えそうなもんだな!この店で売ってるやつさ、私が作った装備だってあるんだぞ!」
「そうなんだ!シーリアさんすごい!もしかして加工師?」
「いやー本来は従魔術師だし加工師って名乗れるほどじゃないんだけどさ、手先は器用な方だし多少できるんだよ!」
おお、それはラキが喜びそうだ。今度連れてきてあげよう!魔物用の装備だと人間用ほど見た目に気を使わないし、練習には向いているかもしれないね!
『主、主!!見て見て!これ見て!』
いつの間にやらチュー助が商品棚の隅の方でぴょんぴょんしている。随分興奮して…るのはいつものことかな。
「おお?!人語を話す下級精霊?!すごいっ!ぼっちゃんそんなのも連れてるのか!」
シーリアさんがチュー助を見て感動している…滅多にない注目を浴びる機会なのに、珍しくチュー助は何かに夢中でこれっぽっちも聞いていない。
『これっ!見て!俺様にピッタリじゃない?そうじゃない?!』
おひげをピンと上向きに、くいくいとオレの袖を引いて訴えるのは…何これ?お人形の服?
「あっ…それは…半分以上は趣味かな。こいつに着せたらかわいいかなって思ったんだけど、着てくれないんだよ。」
胸ポケットから覗くのはシーリアさんの従魔、ルルだ。確かにルルとチュー助はサイズ的に似たようなものかもしれない。ルルは気に入らなかったみたいだけど、チュー助はすっかり釘付けだ。
「それ、ルルのお古で売り物じゃないんだ。そんなかわいいねずみ君がいたなら、また入荷しとこうか。」
『でも…俺様、これがいい……。』
「クイッ!クイクイ!」
「あ…ルル?」
ピョイピョイと商品棚を伝ってチュー助の側まで来たルルはがさごそとお古の服をあさったかと思うと、さっと1枚チュー助の前に取り出して見せた。
『おおっ!いいなーいいなー!俺様もほしい!』
足をぺたぺたさせてうらやましがるチュー助。ルルは小首を傾げると、そっと服を差し出した。
『…え?俺様に……?くれるの…?』
「お、ルルからプレゼントか?そんなこと言ってお前、自分が着たくないからだろ!」
シーリアさんがつんっと鼻先をつつくと、ルルはぐいっとチュー助に服を押しつけて胸ポケットに戻って行ってしまった。
『………俺様、もらっていいの…?』
チュー助はふくらむ期待に瞳をきらきらさせて、シーリアさんをうかがう。
「ふふっ!いいともさ!ルルからのプレゼントだ。大事に使ってくれよ?着てるとこ見せてくれると、おねえさんは嬉しいな!」
『よしっわかった!俺様が今すぐ着てやる!!』
ぱあっと輝いたチュー助がいそいそと袖を通した。チュー助がもらったのは、冒険者風のシンプルなベスト。服を着た二足歩行のねずみ…そのままアニメに出てきそうだ。これでベルトとかちっちゃい短剣とかあったら喜ぶだろうな…その足ではズボンは履けないだろうけど。
『見て!主!見て!俺様、カッコイイ!素敵!忠介最高!!』
「がふうぅ……かわいいぃ……。」
大喜びするチュー助が気取ってポージングするのがあまりに可笑しくて、笑いを堪えるのに必死のオレ。隣ではシーリアさんがめでたくハートを射貫かれて悶絶している。
『いいわね…チュー助で着せ替えが楽しめそうよ。』
チュー助の危機…でもまあ本人も喜んでいるからいいか…。
どうしてもあふれ出るム○ゴロウさん感…皆さんご存知…?あそこで働くのが子どもの頃の夢だったな-。






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