15 ある領主のぼやき
俺は一体何を拾ったのだろう・・。
こいつは幸運の女神(?)になるのか、それとも破滅の悪魔になるのか・・。
「領主様!こっちです!」
早朝から『近くの海岸に漂着者がいる』と知らせをうけ、うっすらと朝もやのかかる中現場へ駆けつける。少し肌寒い季節だ・・俺はげんなりとため息をついた・・海の遺体は・・あまりお目にかかりたいものではない。だがこの時期の冷たい海の中を漂っていたなら、無残な有様にはなっておるまいよ・・そう自分を慰める。『漂着者』と言われつつ、すっかり遺体のつもりで向かっているが、そもそも漂着者の生存の見込みはかなり薄いのだ。
普通は水死体が上がったと連絡が来るのだが、一見して遺体なのかそうでないのか分からない場合、こうして『漂着者』としてお呼びがかかる。なぜなら伝染病を媒介するものや、犯罪者の場合があるため、すぐさまオレに連絡し、村民があまり近づかないよう指導しているからだ。
普段は誰も水死体なぞ近づこうとしないため、かなり遠巻きに見ているモンなんだが、今回は周囲に人だかりができている。
「領主様!早く!」「こっちです!こっち!」
何やらやきもきした様子で呼ばれている。
人だかりをかき分け覗き込んでみると、随分と小柄な人物・・幼い子どもだった。俺は苦々しい思いで近づき、背後をついてきている執事を振り返った。
「・・青です。危険はありません。」
コイツは低レベルの鑑定が使えるから、漂着者が我々にとって危険かそうでないかを判断できる。まぁ、それは伝染病をもっているかどうか、魔物ではないかぐらいしか分からないけどな。
俺は頷くと、小さな首筋に手を当てた。
・・こんなガキなんだ、神様よ・・助けてやってくれよ・・・
祈るような気持ちとは裏腹に、触れたのはヒヤリと俺の熱を奪うような凍る肌・・やはり、ダメか。
無念の思いで手を放そうとした時、子どもの長いまつげが震えた気がした。
「おい!・・・・おい!!しっかりしろ!」
思わず縋るように声をあげると、肩を揺すった。
「・・・う・・。」
微かな声と共に眉根が寄せられた。わずかに手足を動かそうとしている。
・・・・その水死体は生きていた。
「おい!生きてるぞ!!」
震える声で告げると、固唾をのんで見守っていた村民たちから歓声があがる。そこからはあっという間だ・・・今息があるとは言え、安心できる状況ではない。
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温かくなった身体ですやすやと眠っているガキに、心底ホッとする。
死の淵から帰ってきやがった。運の強いヤツだ・・・
しかし・・・・男か。ガキはガキでも、どう見ても嬢ちゃんだがなぁ・・先ほどメイドに告げられて衝撃を受けた。雪白の滑らかな肌に、艶やかな黒髪がサラリとかかる様は、こんなガキのくせしてほのかな色気を醸し出しているように思う。お前、流れ着いたのが俺のとこで良かったな・・変態貴族なんて掃いて捨てるほどいるんだぞ・・・。そうだ、王都の妻に手紙を出さないとな・・子どもを拾ったと言ったら何て言うだろうな。
その日から、俺の・・いや館の生活は一変した。淀んでいた空気が一気に浄化されたようで・・穏やかでありつつも停滞していた時間が、突然走り出したかのように、慌ただしく鮮やかな彩りをもつものとなった。
あのガキはユータと言った。どんな厳しい躾をされたものか、まるで子どもとは思えない言動で、言葉自体はたどたどしいが、内容は10やそこらの子どもにも・・下手したら大人と大差ないようなものだ。試しに大人相手にするような話をしてみたが、苦もなく理解している様子だった。メイドの話では、元々文学を嗜んでいたようで、こちらの文字を教えればするすると覚え、書庫の本を読みあさっているとのこと。
こいつを失った国はさぞ青ざめているのじゃなかろうか・・・綿密に組まれた教育を受けた、まごう事なき神童だろう。
だが、こいつの家族はもういないと言う・・どうやら山の崩落に巻き込まれ、ユータ以外助からなかったようだ。しばらくは一人で暮らしていたと主張するのだが・・優秀な家臣たちがいたのだろう。こいつは最初こそ泣いたものの、それ以来寂しそうな様子も見せず、気丈に振る舞っている。
拾った責任は最後まで、だ。俺は最初から面倒をみる気でいたのだが、ユータは随分と申し訳なく思っているようだ。2歳児にそんな風に思われるほど俺は甲斐性なしに見えるのか・・?むしろそっちの方を申し訳なく思ってくれ。
しかし、幼児にできることなどたかがしれているから、何をやらせたところでむしろ手間が増えるだろう。まぁこいつの場合手間が増えることはなさそうだが。そういえば、こいつは全く手がかからないから、世話をしている感覚すらないとメイドが嘆いていた。朝、身支度させようと入室したら、既に終えてきちんと畳まれた衣服と布団があったときには、何の冗談かと思ったそうな。もっと触りたい、お世話したいとブツブツ言っていたぞ。スゲーな幼児。俺はいつもやってもらってるぞ。
と、まあ幼児にできることなど・・と思っていた俺が間違っていた・・・のか?
ある日の夕食は見たことのないものだった。細長いヒモのようなものが白く滑らかなソースと絡められていて、見た目は随分とシンプルなものだが、漂う濃厚な香りにゴクリと喉が鳴った。
ああ、かるぼなーら!!こんなに美味いモノが我が領地で食べられるとは!ユータの許可をもらったら、売り出してみることを考えよう・・。そして、てっきり料理長がユータの話す内容から料理を再現したものだと思っていたら、俺に出した分は完全にユータの料理だそうだ・・・手際もよく、料理長に説明しながらいとも簡単にやってのけたらしい。さすがに茹でるのは危険なので料理長がやったらしいが・・。
他にも材料さえあれば美味いモノが作れると話していたと聞いて、俺はすぐさま必要なものを聞き出そうとして、踏みとどまった。あいつはまだ2歳だ。頼めば断らないだろう・・やらせるわけにはいかない。やりたい時は是非ともやってくれたらいいのだ。・・・でも、もう少し成長したら頼んでもいいんじゃないか、と未練がましく思う俺だった。
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最近はユータの大人顔負けの言動にも大分慣れてきた。メイドたちはまだ手元に置いておきたいようだが、いつまでもカゴの中に閉じ込めていたら、そのうち逃げ出してしまうぞ、と言っておいたので、少しずつ改善されるだろう。
あさっては妻に手紙を出すついでに、ハイカリクにユータを連れて行ってみようと思う。
それをメイドに伝えると、では外出着を選んで参ります!と出て行った。それ、絶対俺のじゃないよな・・・俺のも選んでくれよ。しかし、昼食になっても呼びに来ないメイドを不思議に思って衣装部屋に赴いた時、俺の外出着は自分で選ぼうと心に決めた。
・・ちなみに、メイドのおもちゃになっていたユータを決死の覚悟で救出したら、その日からしばらく俺の紅茶は随分と渋くなった。ちくしょう・・。
昼食の席で貨幣について確認していたところ、随分と自信がありそうだったので、少しイジワルをしてやろうと思い立った。2歳が計算する姿に驚きだが、さすがにそのくらいで仰天するほどではない・・・もう慣れたのだ。
・・・しかし、これはおかしくないか?少しづつ難易度を上げているにも関わらず、ユータは質問の直後に答えやがる。お前はいつ計算してるんだ?あらかじめ答えを知っているかのようだ。案の定ついて行けなくなったであろうメイドが、遠い目をしている。
くそっ、たまにはこいつの鼻を明かしてやろうと思ったのに・・少しずつレベルを上げる程度じゃダメだ!・・よし!・・この間の領収書に1カ所計算間違いがあったのを思い出し、やらせてみる。ふふ、30項目に及ぶ領収書だ。いつ根を上げるか・・ほくそ笑んでいると、ユータはほどなく顔を上げた。
「さすがに無理だったな、わはははは!」
してやったり!と俺が大人げもなく喜んでいると、
「12こうもくめ、でしょう?」
落ち着いた様子でヤツは答えやがった。絶句する俺・・・そしてさらに追い打ちをかけられる。
「それと、28こうもくめ、です!ひっかかりませんよ!」
得意げなヤツの顔をぽかんと見つめ、手元に返された領収書を見る。
ば・・馬鹿な・・・2歳児に・・・負けた?しかもお前、全部計算したのかよ・・早すぎじゃねぇ?オレの何倍だ?もしや異国にはそういう魔法があるのか?!
なんなんだコイツは・・・オレは自分の常識が音を立てて崩れていくのを感じた。
もしやオレがおかしいのか?
・・・妻への手紙に、また追加項目ができた。
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