167 模擬戦?
「お、ぼっちゃんこっちにも顔出しに来てくれたのか!」
「うん!久しぶりー!」
今日は久々に兵士さんたちの所へ遊び…訓練しに来た。ロクサレン家では、一般の兵士達の訓練に混じって教えてもらって、案外オレできるんじゃない?!って良い気分になってはカロルス様たちに落とされる…その繰り返しだ。オレはいつも若い兵士さんたちに混じって訓練しているけど、やっぱり兵士さんと言えども入隊したての人達は一般人と大差ないもの、まだまだなんだなと感じる。そりゃあカロルス様たちと比べる方が間違ってるかもしれないけどね。
「今日は訓練に入ってくか?」
「うん!おねがいします!!」
「おーい、ぼっちゃんが来たぞぉ!」
わいのわいのと集まってくる、いかつい男性陣は目尻にしわを寄せてオレを撫でてくれる。みんな怖い顔をしてるけど、気の良い優しい人ばかりだ。
「学校はどうだ?ん?もう誰かぶっ飛ばしたんじゃねえか?」
「お前を担当する先生は可哀想だな!はっはっは!」
…普通は学校で嫌な目にあってないか?とか心配するもんじゃないの?こんな幼児が行ってるっていうのに!
「オレはそんなことしないよ!いいこにしてるよ!……多分。」
ちょっとやりすぎて驚かせちゃう時もあったかもしれないけど…でもちゃんと真面目に授業を受けて、悪いこともしてな…………秘密基地を作ったぐらいは大丈夫だよね。
「何だ?あのガキ…。」
「おいおい、ここはガキの遊び場かよ…。」
「バカっ!あれは領主様のぼっちゃんだぞ!」
奥の方に見たことのない人達が数名、不審げな目でこちらを見ている。まだ若くて下手したら二十歳にもならないんじゃないだろうか。そりゃ訓練場に幼児が入ってきたら不審だよね。
オレの目の前にいた年配の指導者さんが、ふと悪い顔をしてオレを抱っこした。
「お前達、ユータ様はお前達より先輩だぞ?先にここで訓練してたんだからな!お前らよりよっぽどデキる兵士だぞ。お前らはまだまだこの小さなユータ様にも劣るからな!もっと真面目に鍛錬することだな!」
「な…ふざけるな!!」
「冗談じゃないッスよ!俺達をバカにするんスか?!」
どうしてそんなこと言うかな!?当然ながら怒り出す若者達。両脇を支えられて、ぷらーんと若者達の前に差し出されたオレ。睨み付けられて居心地悪いんですけどー!怒るなら指導者さんに怒ってよ!オレ何もしてないよ?!
「ほお……自信があると見える。お前達がユータ様に勝てるとでも?」
「まだ言うか!」
ニヤニヤ笑いが止まらない指導者さん…確信犯だ…。
* * * * *
ヒューヒュー!
ユータ様思いっきりやっちまえ!
野次混じりの声援が飛び交って、闘技場の閲覧席はお祭り騒ぎだ。まったく…なんでこんなことに。
事の発端は生意気なばかりで言うことを聞かないよそ者新人たち。今年はロクサレン地方に集まる人が多かったせいで新人が5人入ってきたそうだけど、いずれもヤクス村より規模の大きな所から来たもんだから、田舎貴族と馬鹿にしてちっとも身を入れて訓練しないそうだ。
それを聞いてオレも怒った。カロルス様をバカにするだって?!よろしい、そこになおれ。
―そんなわけで、こんな一大催しになってしまった…。うまく乗せられたとも言う…。やっぱり老獪な人達には敵わない…。
「ユータちゃん頑張ってー!」
「ユータ様!血の海に沈めてやりましょう!」
エリーシャ様…どこから嗅ぎつけたのか……そしてマリーさん、そんなことしたらダメ!
「ユータ何面白そうなことやってんの?君が帰ってきたら本当に退屈しないね!」
「なんだなんだ、俺をのけ者にする気か?」
「あなたには執務があるでしょう?」
執事さんだって仕事あるよね?!結局みんな観客席と化した閲覧席に集まって来てるし…。
「おい、汚ねえぞ!仕組んだのか…俺ら勝ったらクビになるしかねえじゃん!」
「ご子息なんだろ?卑怯だぞ!」
そうなるよね~結局八百長かと悔しがる新人たち。
「カロルス様~!新人たちが勝ったらどう致します~?!」
それを見て取った指導者さんが観客席のカロルス様に声をかける。カロルス様も新人たちの様子を見て気付いたらしい。オレの方をチラリと見て腕組みした。
「ふむ、どうするかな。お前らが勝ったら…給料倍に、ボーナスもつけるぞ!そんな腕利きならそのくらいもらっておかしくはないからな!ただし!負けたら一ヶ月減額、訓練は俺が抜き打ちで見に行く!」
「ほっ…本当か?!いや、本当ですかっ!?約束を違えたりしませんよね?!」
「で、でもご子息が怪我をしたり攻撃を当てたらクビなんてことには…。」
「俺の訓練の時はいつも当ててるぞ!心配いらん!回復薬もたんまり(ユータが)用意してある!……まあ当たらんと思うが。」
「うおお!聞いたか!?」
「おお、あのガキに勝つだけで倍だとよ!運が向いてきたぜ!」
「領主様、実は俺らを認めてくれてたんじゃねえ?!」
カロルス様が最後にぼそっと小声で呟いた言葉は耳に入らなかったらしい。さすがに勝つ気満々でいられるとオレだってむっとする。こんな姿じゃしょうが無いとは思うけど。
観客席では新人の態度に腹を立てたらしいエリーシャ様が、隣のマリーさんになだめられている。珍しい…マリーさんはいっぱい遊んで余裕ができたそうだ。やっぱり大人になっても息抜きは必要だよね。
室内闘技場の閲覧席は、こんなに人がいたのかと思うほど兵士さんやらメイドさんやらが詰めかけている。つまり館の方はがらんどう…仕方ないのでアリスに警備を頼んでおいた。
『主ぃ!胸が躍るなあ!いやーやっぱしこういうのいい!戦いって感じだ!主も早く魔物討伐行く必要があるぞ!』
「うん、討伐はともかくオレも冒険したいから早く仮登録したいなぁ。待ち遠しいよ!」
闘技場へ上がる階段の前で、たくさんの人を見てチュー助がそわそわしている。チュー助が戦うわけじゃないんだけどね…。
「そぉ~れでは!今回の催事に当たって領主様より開会宣言だ!心して聞きやがれ!」
「うおおおー!!」
「カロルス様-!」
なんだかノリノリの司会が登場していると思ったらセデス兄さん…何やってんの。いつのまに催事になってるんだよ…開会って…模擬戦するだけなんですけど。なんでこんな一大イベントになっちゃったの……。
「おう、領主のカロルスだ!まあどっちも頑張れ!勝ったら俺ともやろうぜ!よし、始めやがれ!!」
「よぉし!野郎ども!ユータVS新人諸君のぉー給料を賭けた模擬戦ここに開戦だぁ!果たしてそこにユータのメリットはあるのか?!…ちなみにあなたはとっとと仕事に戻りやがりなさい!」
えっ?ホントだ…オレ勝っても何もなくない?!ずるいよ新人たちだけ!
「そーれではっ!私の右手から登場しますはぁー今年入った新入り!まずはこいつだぁ-!」
「負けたら訓練倍にするぞー!」
「いいぞー!新人、ちったぁ気張れよぉー!」
給料倍と聞いてやる気のみなぎったらしい新人が闘技場へ上がって一礼する。
「続きましてぇー!左手から登場しますはぁー言わずと知れた!ロクサレン家の宝!ユーータぁーー!!」
わあああ!!
どうっと小さな会場が沸いてビックリした。規模は小さいけど、ボクシングの試合とかこんな感じなのかな?ドキドキするね!
『ようよう、主!ぼさっとしてないで行くぞ!』
ちょこちょこと先導するチュー助に着いてオレも入場する。
大歓声に応えて手を振ると、せーの!でチュー助とタイミングを合わせてくるくるっと宙返りプラス、シャキーーンのポーズ!
「きゃーー!」
黄色い声援があがって、対戦相手は少し顔を引き締める。
完全に舐められて試合するのは面白くない。身体能力は高いんだよ?と見せつけるためのパフォーマンスは、思惑通りの効果を得られたようだ。チュー助は満足したのかスッと短剣に戻った。もちろん今回の試合でチュー助は使わない。オレはナイフ二刀流の木剣(?)、相手も長剣の木剣だ。
「両者位置について…はじめ!!」
審判の声で姿勢を低く構える。
さあ、オレの初めての本格的な対人試合のはじまりだ!
幼児とねずみのシャキーーン!






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