161 危険なヤツらは
「お前…ヴァンパイアの王ってそれ……よく無事で…。ヴァンパイアなんてAランクかそれ以上の魔物だぞ?」
「ユータちゃん、本当に大丈夫だったの?!何もされてない?!」
まあ何もされてないと言うと、嘘になるかもしれないけども。
「大丈夫!美味しいおやつをいただいたよ!ヴァンパイアって魔物じゃないよ?普通の人だよ?どうして魔物にされてるの?」
彼らの立場がマズくなりそうなところは、一応ぼかして今回の成り行きを説明したんだけど、当然のごとくそういう反応になるよね。ちゃんとした人だって言いはしたけど、世間一般でヴァンパイアは魔物らしいから。
一通りのお説教を聞いて、エリーシャ様たちを起こして、すったもんだして、今はやっと場所を移して腰を落ち着けている。
マリーさんがそつなくいい香りの紅茶を淹れてくれた。
「どうしてって…かなり珍しい魔物だから見たことはないが、人の生き血を吸って眷属にしちまうらしいじゃないか。しかも不死の強力な魔物だから普通に退治することは難しいって話だ。」
「魔物じゃないってば!生き血なんて吸わないよ!お食事はあちこちの調味料使っててね、食材も豊富ですごく美味しかったよ!この辺りの人よりお料理上手だよ。眷属を増やすお話はね、結婚相手がヒトだったら牙の指輪をプレゼントして、一緒に長く生きられるように眷属になるんだって。ちゃんと承諾した人だけだよ。」
まあオレは知らない間に渡されていたわけですが。ちなみにヴァンパイア同士なら血族の指輪を交換ってことになるそうだ。
「まあ!なんだかロマンチックね…。」
「豊富な食材に美味しい料理か…こちらにも付き合うメリットがありそうだね。」
「ふーむ…実際会ってみんことにはなぁ。だが、あり得ないことではない、その昔は俺達以外の…海人とか森人とか、その他いろんな種族が『ヒト』とは認められていなかったからな。…今でも認められない種族もいるしな。」
「そうなんだ…でも、ヒトや動物は魔物とは違って見えるけど…動物とヒトを間違えることはあっても魔物とは間違えない気がする。」
「そうか?お前はいい『目』があるからな…そうなのかもな。ま、機会があれば会ってみようか!向こうが大丈夫なら、だけどな!」
「てめえら…!!そんな呑気なことでいいのか?!実際に危険なヤツらかもしれねえんだぞ!?忘れたのか!」
突如部屋に出現したスモークさんが怒りの形相で怒鳴った。ちゃんとお話聞いてたんだ…。
「…スモーク、危険なヤツらはどんな種族にもいるわ。ヒトにも、その人たちにも、魔族にも。」
「そうだな。危険なヤツらがいないとは思っていないぞ。だが、それを言ってしまえばヒトにこそ危険なヤツらは多いだろう?なあ、スモーク。」
「………うるせえ。どいつとも関わらなきゃ危険なんてないんだ!」
「それは…随分閉鎖的な考えですね。それでも危険がないとは言えませんし、発展も望めませんね。」
「ふん、俺は一人で自分を磨いてきた。関わる奴が増えればそれだけ危険も増すんだよ!」
スモークさん…どうしたんだろう?何か嫌なことでもあったんだろうか。
「うん、危険は増すかもしれないよね。でもね、助けてくれる人も増えるんだよ?エルベル様たちの一族はね、身内に諍いがあって、一族の上に立つ王族が全滅するところだったんだ。もし他の人達に助けを求められたら、また違った未来があったかもしれないよ?選択肢は、ないよりも多い方がいいと思うの。」
「そうだな、お前だって心当たりがあるだろう?お前の気持ちは分からんでもないが…。」
「……。勝手にしろ。」
ふて腐れたように言うと、スモークさんは消えてしまった。
「…悪いな、ユータ。あいつは元からああいう所があるんだよ。寂しがりのくせに意地っ張りで、なかなか周囲にも馴染めなくてな。」
「全く、もういい大人になったって言うのにいつまでたっても駄々っ子のきかん坊なんだから!あんまり拗ねてたらお尻ペンペンよ!」
スモークさんのお尻ペンペン……エリーシャ様の鬼!…それだけは…それだけはやめてあげて!!
まるで反抗期の子どものような不憫な言われように、オレは同情を禁じ得なかった…。
とりあえずスモークさんも好きにしていいって言ったと思うから、遠慮無く話を進めよう。だって、同じヒトなのに魔物だと思われて殺されるなんてあんまりだよ。
ちゃんとフェアリーサークルは設置してあるからいつでも行けるし、エルベル様にあの泉を見せてあげないとね!
―でも、行けるけど連れては行けないの。場所を知らないと黒い霧の転移もできないと思うの。
えっ……?
ああーっ!そうか!!すっかり忘れてたけど、フェアリーサークルはオレしか連れて行けないんだった…。
ガックリと項垂れるオレ…盲点だった……。
「……ラピス、猛特訓だ…!!それしかない!がんばるしかないっ!!」
そうだよ、どうせ習得しようとしてたんだから、この際本気で頑張ろう。
そう、オレが転移を習得するしかないんだ!!のんびり練習しててもちっともできる気がしなかったけど、幸い彼らの転移も経験したばかりだ。なんだか掴めそうな気が…してくるよね?!
「すごく嫌な予感がするんだけど…ユータ何を頑張るの?」
「えっ?えーと……え、エルベル様たちとの架け橋になることだよ!が、がんばるぞー!」
「まあ向こうにも都合がある、閉鎖的な生活をしているんだろう?向こうの受け入れにだって時間がかかるはずだ。あまり焦るんじゃないぞ。」
「はーい!」
ダンジョンに住んじゃってるぐらいだもんね…ものっすごい閉鎖的だよ。
もしかして、そんな風にダンジョンに住んでいることも魔物と間違われる要因だったりするんじゃないだろうか。エルベル様たちの一族には、あそこを出て個別に各地で生活している人達もいるけど、同じようにダンジョン内に住むことが多いそうだ。ヒトに見つかりにくいし生まれ育った所の方が落ち着くんだろうか…。
意外と快適なのかな…冒険者になったらとりあえずダンジョンは行ってみたいよね!
その時はラキとタクトも一緒に行けるかな?
…そう言えばタクトには何も言ってないから明日謝らなきゃ。エルベル様たちのことは、彼らが交流をもつことになったら話そう。
* * * * *
「ユータ!」「きたよ!」「あえたー!」
部屋の扉を開けた瞬間、目の前に迫る光球3つ。
「わっ?!…ふふっみんな、元気だった?久しぶり!」
「ひさしぶりー?」「まだ1ねんもたってないよ!」「でもまってたよー!」
そ、そうか。妖精の感覚からしたらまだ久しぶりでもないのかな?その割にマメに会いに来てくれるし待っててくれるのはありがたいな。
「お主がおらんとこの辺りの心地いい魔素が減るのう。学校とやらはどうかの?」
「チル爺!久しぶり…じゃないんだっけ?」
「いやいや、ワシらにもちゃんと時間感覚あるからの。久しぶりじゃて。」
オレにとったら本当に久しぶりだ。ちょくちょくここに帰っては来てるけど、妖精さんたちには会えてなかったんだ。
『あら、これがチル爺さんと妖精さん達ね!かわいいわ~よろしくお願いね!』
すいっと胸元から飛び出したモモが、机の上で嬉しげに体を伸び縮みさせる。
「わっ?!よ、よろしく?」「すらいむ?!」「あぶない??」
『あら、妖精さんには私の声が届くのね。うふふ、かわいい妖精さん、私はゆうたの召喚獣だから危なくないのよ?モモって言うの、よろしくね?』
「うん!」「よろしくね!」「わーい!さわっていい?」
『どうぞ!柔らかくてふわっふわよ~!』
「ホントだー!」「きもちいいー!」「さいこう!」
ふふっ、モモは妖精さんに大人気だ。かわいいもの好きなモモもとろけそうに喜んでいる。
「えーーとじゃな……今しがたそのスライム、お主から飛び出てきたように見えたんじゃが…わ、ワシもすっかり耄碌したもんじゃのう…いやはや、いつの間に召喚したんじゃ?のう?そうじゃろ?!」
「大丈夫!チル爺もうろくしてないよ!モモは自由にオレから飛び出てくるの。」
「あああ……やっぱりぃーー!?…おぅ……この感じも久々じゃ…ちっとも嬉しくはないがの…。」
チル爺はいつものようにガックリと項垂れている。
『ここで!俺様登場ー!!』
シャキーーン!いつものように短剣から飛び出てきたチュー助が、得意満面でポーズを決める。目立つの好きなんだから…。
「うん…?短剣憑きの下級精霊か…まだ若いの。まあそっちはよいわ。」
『!!??』
ああっ!チル爺そんな邪険に扱ったら………!!
『…俺様どうせ…どうせただの珍しくもない下級精霊……』
しくしくしく……めそめそめそ…ぱたりと倒れたチュー助がうつぶせで顔を覆うとじわじわと涙の水たまりが広がり出す。もうー!チル爺!そこはちょっとでもビックリしてあげなきゃ可哀想でしょ!
「なんじゃ、随分ヒト臭い精霊じゃの。ネズミの姿なのにのう。」
「へんなねずみ~!」「わ~、ねずみがないてる!」「かきゅうせいれいのねずみさん?」
あああっ…!!
オレはその日の夜、寝ながらねずみを撫でては『チュー助すごい!役に立つ!』ってささやき続ける羽目になったのだった。
哀れチュー助……チル爺よりかわいそうなポジションに…






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