157 手に入れた物は
「お前は俺の恩人だ。何か欲しいものはあるか?迷惑をかけた詫びだ、可能な限り対応しよう。グンジョー、宝物庫に案内してやれ。」
「ううん、宝物はいらないよ。オレ、まだ子どもだし!でも…それならね、キッチンに行きたいんだけど…。」
「は?キッチン…??」
お城で出された物はどれも美味しかった。彩りも良かったし、きっとここのキッチンにはいいものがたくさんあるはずだ!すごく行きたかったんだけど、お城で勝手をするわけにもいかないとガマンしていたんだ!これは渡りに船だ!
「わーー!すごい!!すごい!!」
興奮するオレに若干引き気味のエルベル様と男性…グンジョーさん。キッチンに行きたいなんて言うオレを不思議に思ってついてきたらしい。
「…なにがそんなに嬉しいんだ…??」
「最高だよ!エルベル様!調味料がいっぱいあるー!ねえねえ、味見してもいい?オレ宝物いらないからこっちが欲しい!!」
「そ、そうか…俺達は移動が得意だからな…。珍しい物もあるのだろうな。好きにするといい。」
ずらりと並んだスパイスの瓶、各種調味料の瓶。ここはオレにとって宝物庫だ!!
二人をそっちのけで料理人さんに付き添ってもらうと、次々と匂いを確かめ味をみる。
「あっ……?!これは……!!」
「こちらは大変塩辛いので、味見は一滴で充分でございますよ。」
震える手で受け取ったそのひとしずく。この香り、この味……。
バッと振り返ると、物珍しそうに後ろで見ていたエルベル様に飛びついた。
「エルベル様っ!!ありがとうっ!!ありがとうーー!!」
「なっ?ななっ??」
ここに来て良かったー!!これ、これは……
そう…オレが望んでやまなかった…
お醤油………お醤油だあーーー!!!
オレは目を白黒させるエルベル様に最高の笑顔をむけた。
* * * * *
「どう?美味しいでしょう?」
「むう…確かに!」
調味料に狂喜乱舞するオレにどん引きされたので、この美味さを知って貰おうとさっそく料理してみたんだ。食材はキッチンのものと収納の中のものを使って、お子様に人気のチキン照り焼きにお味噌汁にお魚の煮付け、あとは麦ご飯。豪華な料理ではないけど、オレの懐かしい味。醤油があるなら味噌もきっとあるはず、と探せばやはりあった。でも…米がなかった…麹は?麹は米から作っていないの?!と思ったんだけど…米じゃなかったんだ…ダンジョン産の豆っぽい植物だった。
ここは発酵食品作りに適しているらしく、この醤油や味噌は彼らが他の地方で学んだ技術で、独自の材料を使って作っているそうだ。それならその地方には米があるかもしれないよね!
「華やかさはないが、日々の暮らしを感じる素朴な味だな。……お前に、似た雰囲気だ。」
「そうでしょ!オレの故郷の味なんだよ!ずっと探してたんだ。本当に嬉しい!」
「そうか。俺達にも役に立てることがあって良かった。他に必要なものはないか?もう二度と来られないぞ、よく考えることだ。城内を案内させるから、何か気になるものがあれば言え。俺は部屋にいるから、準備ができたらと来るといい。」
そう言うと、エルベル様はきびすを返して行ってしまった。
「あの、レシピを教えていただくことはできますか?」
遠慮がちに声を掛けてきた料理人さんに、もちろん!とにっこりすると、オレも色々教えてもらいながら、お互いのレシピや情報を交換する。
お城案内係の侍従さんたちもやってきて、きゃーきゃー言いながらもっぱら試食係をしている。オレの年齢を気遣ってくれたのか、かなり若い人達だ。
「いやあ、あんなエルベル様、久しぶりに拝見しました。やはり同世代の子がいてくれたら…いえ、その。」
「?あんなエルベル様って?」
「…エルベル様はとてもしっかりされていて、既に王の風格をお持ちですからね、あまり感情を表に出したりはされないのですよ。今日のエルベル様は子どもらしいところがおありでしたから。」
「ええっ!?そんなエルベル様…私も見たかったのに!!」
「エルベル様はクールで落ち着いてらっしゃいますからね…同世代の子と仲良くしている所なんて想像できないですわ!」
そうだろうか?お部屋では普通に泣いたり話していたけど…むしろ料理人さんがいる所ではあまり感情を出していないように思った。
嬉しそうににかっと笑った料理人さんの口元には、ちらりと2本の牙が見える。ぱくぱくとよく食べる侍従さんのお口にも、2本の牙。
「そういえば、どうしてここの人は鋭い牙があるの?お食事はオレ達と同じなのに…。」
「牙は我らの誇りであり象徴でありますからね、美しい牙の方がモテますし、動物の飾り角なんかと似ているかもしれませんねえ。それに牙がないと伴侶が決められないでしょう?その辺りヒトだとどうなってるんです?」
「えっ?伴侶を決めるのに牙がいるの?」
「そりゃそうでしょう?片牙を差し出して血族の契りを交わすのが伴侶となることでしょ?」
「もしかして、牙が血族の指輪になるの…?でも牙がないと困らないの?」
「そうです、血族の指輪を交わして伴侶となるのです。牙が1本なくても困りはしませんよ、伴侶がいる証ですし。『牙なし』はダメですけどね!」
最低!と言わんばかりの若い侍従さんの表情に、不思議に思う。
「どうして?2回結婚したら牙はなくなるんじゃないの?2回以上結婚する時はどうするの?怪我でなくなっちゃったら??」
「まだお小さいですもの、ご存知なくても仕方ないですわ。契りは1回だけですよ、それ以上はありません。共に生きる誓いです、何度もするのはおかしいでしょう?それに、我らは丈夫なのでそうそう死にはしませんし、怪我なら牙も再生します。血族の指輪に変化させた時だけ、再生しないんです。ですから、牙なしは誓いを破った不名誉の証になるんですよ?」
「そうなんだ……。」
「まあまあ、牙なしなんて一族にはおりませんから、牙なしで生きるくらいなら普通は命を絶つと思いますよ?我らは誇り高い一族です。」
胸を張る料理人さん。随分厳しい世界なんだね…。
でも、彼がオレに渡した牙は?彼は二度と伴侶を得ることができないのだろうか…?グンジョーさんはあの時言ってなかったろうか?『牙なし』になるしかないと。
「それで、こちらの調味料は全部包むとして、これだけってわけにはいかんでしょう。他はどうします?大切なエルベル様の恩人です、何なら城ごと渡したい気分ですよ!」
「みんな、エルベル様が大切なんだね!」
豪快に笑った料理人さんに、少し無理した様子のエルベル様を思い出してホッとした。みんながエルベル様を好きなんだったら、きっと彼も大丈夫だろう。
「もちろんですよ!あなた様がどれほど尊いことをしたか分かってませんね?!お恥ずかしい話ですが、身内の諍いの話はお聞きになったでしょう?まさか、敵が内側にいたなんてね…。実のところ…王家が途絶えるところだったんですよ…。エルベル様はまだお若いですし、王位継承の話なんて元々はなかったんですけどね、諍いの後に王家が誰一人いなくなって、私たちは呆然としました……。誇りある我らの上に立つのは、どうしても王家でなくては!その身の内に流れる高貴な血が必要なんですよ。」
「そこへ戻ってきたエルベル様ですよ!私たちがどれほど歓喜したか…!!もうここは終わりだと沈んでいた街が、知らせを受けて一挙に沸いた、あの瞬間を見ていただきたかったですね!」
きゃあきゃあと盛り上がる侍従さんたち。
……なんだろう、この人達は確かにエルベル様が好きなんだけど…その言い方ではきっとエルベル様は傷つくんじゃないだろうか?王家であれば誰でも良かったと聞こえる。どうしてそんなに血筋が大事なんだろう…あんな少年を担ぎ上げなくてはいけないほどに?
「さあさあ、今度は私たちに付き合って下さいね?一緒に城内を歩きましょう?何が必要です?美しいもの?役に立つもの?どうぞ遠慮無くお伝え下さいな!」
オレは少し引っかかる思いを感じながら、嬉々として案内してくれる侍従さんたちについて歩いた。
味噌と醤油作りに最適なダンジョン!
 






 https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
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