151 仲間
えーと二人には何がバレてて何がバレてないんだっけ…もう話したつもりになって、他のこともバラしてしまいそうで怖い。
収納魔法のことは、空間倉庫であることは話してないけど普通の収納魔法ってことで話した。魔力量が多いからたくさん収納できるってことにして。モモやチュー助のことは知ってるけどまだラピスのことは知らないし、回復魔法のことも知らないはず。でもこのあたりはおいおい知らせていくつもり…そのうちバレるだろうし。
窓の外はそろそろ薄暗く、高い位置にあるランタンを灯すのが面倒で、ライトの魔法を使っている。部屋のベッドでぼんやりそんなことを考えながら調合の教科書を眺めていると、テンチョーさんが帰ってきた。
「おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。珍しいな、ユータ一人か。……お前は相変わらず魔力の無駄使いだな…。」
呆れた顔でランタンに火を灯すテンチョーさん。
珍しいかな?最近出歩いたりみんなと一緒にいることが多かったもんね。テンチョーさんとアレックスさんは授業がなければ積極的に冒険者ギルドで依頼を受けているので、日中は大体部屋にちらっと寄っていくだけで、あとは夕方か寝るときしかいない。
「うん、ラキは一人でゆっくり加工の道具をみたいって行っちゃった。」
「ああ……お前達いると騒々しいからな。」
「オレは騒々しくないよ!それはタクトだよ!」
「そうか…?お前がいると厄介ごとが増えそうだけどな。」
ふう、とベッドに腰を下ろしたテンチョーさんが珍しくごろりと横になった。いつも遅くまで起きているのにもう寝るのかな?どことなく意気消沈した様子に心配になる。
「お仕事疲れたの?大丈夫?」
「ふ…ユータは私の奥さんか?」
ベッドから飛び降りてテンチョーさんの頭をそっと撫でると、目を閉じていたテンチョーさんが苦笑して目を開けた。大丈夫だ、とオレの頭をがしがしと強くかき混ぜると、頭の後ろで腕を組んで目を細めた。
「……ユータは優秀だけどな、その分気をつけるんだ。自分が大丈夫でも、他の人が大丈夫でないこともあるからな。他のやつのレベルをきちんと把握する責任が…私にあったのかもしれないな。」
自嘲気味に呟いたテンチョーさん。依頼で同行者に何かあったのかな…でも、テンチョーさんはいつもソロか、他のパーティに臨時で入っている。そんな人がパーティのレベルを把握して他の人を気に掛けられるだろうか。
でも、理屈じゃないんだろうな…何があったのか知らないけど、辛いことだったんだろう。
「テンチョーさんは、いつもできることをいっぱいに頑張ってるよ。」
そっと微笑むと小さな両手をテンチョーさんの両頬に添えた。冷たい頬に、オレの高い体温が移っていく。
「………ちっこい手だな。子どもは体温が高いって本当だな。」
目を伏せて黙っていたテンチョーさんが、ふいにオレを抱き上げると、腹の上に着地させた。オレもう赤ちゃんじゃないのに、重くない?オレより大分大きいとはいえ、まだまだ成長途中の細身の体は、それでも意外なほど固くオレを支えた。
「ふむ、柔らかいな。」
テンチョーさんは無心でオレの頭を撫でたりほっぺをむにむにしたり、ちっちゃな鼻をつまんでみたり。これって…アニマルセラピー的な…?なんかすっごく犬か猫になった気分なんですけど…。
若干不本意だけど、アニマルセラピーは効果があったようだ。心持ち蔭りの消えた顔でテンチョーさんが微笑んだ。
「ふふ、家にいたミーコを思い出す。久々に帰るかな。」
ねえ、それってやっぱり妹とかじゃないよね?テンチョーさん一人息子だもんね。
やっぱり猫じゃないか!と不満げなオレの頬をむにっとつぶすと、テンチョーさんは朗らかに笑った。
「あー!テンチョーなに浮気してるの!?俺というものがありながらー!」
騒々しい音をたてて帰ってきたアレックスさん。入ってくるなりテンチョーさんのベッドへ乗り込んできた。
「うるさい!お前はもう4年だぞ、もっと落ち着きを持て!」
「俺はじじいになってもこうなんですー!俺まだ4年生!テンチョーに甘えたーい!」
けらけら笑いながら俺を持ち上げると、どすりと遠慮無くテンチョーさんの上に腰を下ろし、自分の膝の上にオレを乗せた。
「重い!!」
「重くなーい!俺細いから!」
アレックスさんに遠慮の文字はない。足まで浮かせて全体重を腹にかけている。いくらテンチョーさんが鍛えてるからってそれ大丈夫?オレもアレックスさんに抱えられてるんですけど…内臓出ちゃわない?!
アレックスさんの体はほかほかしてオレよりあったかい。そして長めの髪からはぼたぼたと水滴が滴っている…。
「あっ!?アレックス!!風呂入ったらちゃんと髪を乾かせとあれほど!どけ!私の布団が濡れる!!」
ぐんっと体が振り回されて気付けば立ち上がったテンチョーさんに小脇に抱えられている。アレックスさんはぶん投げられて自分のベッドに頭から突っ込んでいた。テンチョーさん…魔法使いなのに思ったより力持ちだ。
「ちょっとテンチョー!もうちょい俺を優しく扱ってよ-!」
ブツブツ言いながら起き上がったアレックスさんの顔面に、トドメとばかりに大きなタオルを投げつけると、テンチョーさんはくすくす笑うオレを上のベッドへ乗せてくれた。
その顔にはもう悲壮感のカケラもない…アレックスさん、すごいな。
「ただいまー遅くなっちゃった~。ユータはもうお風呂入った~?」
「おかえり!ううん、まだだよ!」
「これから行く~?」
「うん!ラキはお店でゆっくりできた?」
「できたよ~!それがね、入荷したばっかりの道具がすっごく高いんだけど便利そうでね、実演してたんだけど、やっぱり僕はまだまだだなって―。」
嬉しそうに饒舌になったラキの話を聞きながら二人でお風呂に向かっていると、廊下でタクトに会った。
「お、今から風呂?俺も行くー!」
タクトは家がハイカリクにあるんだけど、こっちに入り浸るので結局寮に住むことにしたんだって。
風呂の用意をしてくるのを待って、3人でお風呂だ。
「ラッキー誰もいないな!」
「わ~い!ユータあれやって~!」
「いいよ-!」
3人きりの時のお楽しみ、魔法でざあざあと豪快にあったかいシャワーを降らせる。
「気持ちいい~!」
「ひゃっほうー!」
オレたちは3人できゃーきゃー言いながら大いにはしゃいだ。
「いくよー!」
シャワーの豪雨が終わったら、お次はアワアワタイムだ!これは最近開発した便利魔法、少量の石けんとお湯を混ぜると、一気に空気を含ませて泡立てていく。
もわわわあ!
雲のような泡が浴槽内に溢れて洗い場も覆っていく。
「あはははは!」
「うわーーぶふっ!わーーい!」
「あははっ!ラキお顔が泡だらけー!」
楽しいー!泡がたくさん、ただそれだけでなんでこんなに楽しいのか。
はあはあ言うほどはしゃいでのぼせそうになったところで、楽しいお風呂タイム終了だ。
再び風呂場全体に温シャワーの雨を降らせて泡を押し流していく。浴槽の栓も抜いて証拠隠滅だ。ちゃんと新しいお湯を張っておくからね!
「ああー最高!」
「楽しかったー!ねえ、ユータあれだけお湯使えるならさ、秘密基地にお風呂作れるんじゃない?排水が問題かもしれないけど…。」
「そっか!できるよ~お外でお風呂入ったことある!秘密基地に作るのもいいかもしれないね!地下だからちょっとつまんないけど…。」
せっかく外でお風呂に入るのに露天風呂じゃないなんて残念だ。
(ラピス、ありがと!)
(きゅ!)
夢中になったらレーダーを見逃すから、ラピスに見張りを頼んでいたんだけど、結局誰も来ないまま楽しいお風呂タイムを終えた。
「そうだ、今度の休みに父ちゃんとエリのとこに行くんだけどさ、ユータも帰るだろ?一緒に帰ろうぜ!」
「えっ……と、そう、だね。久しぶりに帰らないとね。」
「二人一緒か~いいな~!」
そうか、今度数日間の連休があるので、1年生は大体が実家に帰るんだ。オレはちょこちょこ帰ってるので気にしてなかったけど、みんなと一緒に帰らなかったら不自然だ。そう、ちゃんと馬車に乗って帰らないといけない。
危ないところだった…ナイス、タクト!オレはちょっぴり冷や汗をかきながら笑って誤魔化した。
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首を捻りながら戻ってきた生徒に同室者が声を掛ける。
「どうしたんだよ。お前風呂行くって言ってなかったか?」
「それがさ…風呂行こうと思ったんだけど、風呂場がみつからないんだよ…。」
「はあ?何言ってんの??」
―いつからかこの学校では、時々男湯だけが見つからなくなる…そんな摩訶不思議な現象がまことしやかに囁かれるようになった。
そして学校の七(?)不思議のひとつに、『彷徨う男湯』が追加されたのだった。
ラピスは優秀な見張り番…?






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