119 放浪の木
んー!お宿のふかふかベッドも気持ちよかったけど、やっぱりお家が最高!だね。
「プリメラ!おはよう!」
プリメラも心配してくれていたんだろうか、久々に朝の挨拶に来てくれて、長い体でオレの上に陣取ると顔をこすりつける。
「重い、重いよ!」
くすくす笑うと、失礼ね!と言いたげに頭をこつんとぶつけてベッドを下りていく。プリメラのためにドアを開けてあげると、ちょうど廊下に背の高い人影が見えた。
「おはようー!」
後ろから突撃すると、がしりと顔を掴まれた。
「?」
「……響く。」
もう一方の手で額を覆って、地を這うような低い声が漏れる。指の隙間からのぞくモスグリーンの瞳は、ぐっと細められていつもの強面がさらに凶悪になっている。
「声を出すな。」
片手でオレの口元を塞いで、まるっきり誘拐犯の台詞だ。それは強面さんが言ったらダメなやつだと思う…。
もの凄い目力で『声を出すなよ』と圧力をかけておいて、何の説明もなくそのまま立ち去ろうとする強面さん。だけどなんだかふらふらしていて危なっかしい…そしてあたりに漂う独特の匂い……もう、ちゃんと摂取量は考えましょう!
「はい、飲んで。」
「もう呑めな……なんだ?」
反射的に断ろうとした強面さんが手に押しつけられたものを見てきょとんとする。
「回復薬、調合の練習してたからいっぱいあるの。ちゃんと効くよ!」
「……いらん。」
遠慮する強面さんをちょいちょいと呼んでかがんでもらう。
「っぐぅ!」
「遠慮しないで!」
お酒でへろへろの強面さんなんて敵じゃないよ!素早く口に小瓶を突っ込んであお向かせる。大丈夫大丈夫!回復薬は気管に入ろうが肺に流れようが効くから!
「てめっ…!」
げほごほと涙目になって立ち上がった強面さんが、オレを睨み付ける。
「ね?効いたでしょ?」
言われて体調の変化に気付いたのか、ものすごく納得してなさそうな仏頂面で頷いた。この様子だとみんなふらふらかな?回復薬配りに行かないといけないね!
「領主にはお前が行け。あいつらの分は俺が持っていこう。」
フッと微かに笑った強面さんは、完全に悪者の顔だった。
「あー酷い目にあった…。」
「まあ楽にはなったけどよ。」
「俺なんて鼻に突っ込まれたんですけど!?酷くない?!」
澄ました顔で朝食の席に現われた強面さん。続く面々は一様に酷い目にあったみたいで…強面さん、意外といじられキャラだもんね…日頃の恨みが…。
昨日オレは寝ちゃってたけど、カロルス様たちは楽しく宴会してたみたいだ。お酒飲んで騒いでなんて楽しそうでいいなと思ったけど、今朝の様子を見る限り、そうでもないのかもしれない……。
回復薬が役に立ったようで、一応シャンとした4人。ほどなくして降りてきたカロルス様は、オレが直接魔法を使ってるので4人よりも元気だ。やっぱり回復薬よりも直接魔法を使う方が細やかな所も配慮できるもんね。ちなみに二日酔いには普通に回復するより浄化の方が効果があるよ。毒素とアルコールを取り除いてから体調を整えたら完璧!
せっかく4人のお客さんがいるのでオレも調理場に行って、ガッターの街で人気だったバゲットサンドを朝食に出してあげた。
ロクサレン家ではちょくちょく出すことのあるメニューなので、カロルス様たちに驚きはないけど、冒険者さんたちには大好評だった。大皿に盛り付けて出したら戦争が始まったので、各自の皿に取り分ける羽目になったけど。
「みんなはしばらくここにいるの?」
「いやいや、元々ヤクスに寄るつもりはなかったからな、もう今からでも出るぞ。」
そうなのか…ガッカリするオレに、レンジさんが苦笑した。
「お前、学校行くんだろ?俺らはハイカリクにしょっちゅう行くからな、またよろしく頼むわ。俺はレンジ、Bランクパーティー『放浪の木』のリーダーだな。」
「私はマルース。君は魔法使いの素質があるんだって?魔法使い仲間としてよろしく、だな!」
「ん?自己紹介の流れ?俺はピピン!斥候兼、弓の名手で剣も使える色々と万能なすごいやつ、な!」
「……キース。」
強面さん、それは名前かな?
「オレも、冒険者になるの!だからまた会おうね!オレはただのユータだよ。もうすぐ4歳で…まだ何でもない普通のこども…」
「「「「普通ではないな!!」」」」
……そんなに声を揃えて否定しなくても…。
憮然としたオレの向かいで、セデス兄さんが大笑いしていた。
「ユータちゃんは普通よりずーっと賢くて可愛いんだもの!当然よ!」
エリーシャ様が優しく髪をすいて慰めてくれる。
「そもそも飛び級入学するのは普通ではないからな。あと数日か……早いな。」
「何が数日なの?」
「何がってお前…4歳になるだろう?『歳の始まり』が過ぎたらすぐに入学だぞ?」
えっ?!そうなの?!聞いてなかったよ…。
ここらでは年齢の数え方が特殊で、『歳のはじまり』とされる日に全員年齢がひとつ上がるんだよ。誕生日っていう考えはないみたい。だから同じ歳でも、特に幼い頃は成長度合いにかなりのばらつきが出てくるのが当たり前で、オレみたいに誤魔化そうとするものにはピッタリだ。
そもそも孤児みたいに生まれが分からない子もたくさんいるから、正確な年齢を知るのが難しいっていう事情もあるみたいだね。
食べていくために、年齢を誤魔化して冒険者登録していることはザラにあるそうだ。
『歳の始まり』自体は知っていたけど、もうすぐなのか…そして入学もそれに合わせる形なんだな。
「入学受付はいつだったか…。確かもう近々だぞ!」
「明後日から3日間ですね。馬車の手配はすんでおります。」
さすが執事さん!ってホントにもうすぐじゃないか!!
「入学受付の時に試験もするんだっけ?」
「ああ、そうだな。」
「えっ!?」
セデス兄さんの思いがけない言葉に仰天する。えっ?あさって、試験??オレ、何もしてないよ?!
「入学の時に試験があるって言ったでしょ?」
「言ってたけど……でもいつか知らないよ!オレ何もしてない!」
「何もいらないよ~!行って試験受けるだけだよ。」
みんながうんうん頷いているけど、受けるオレは平静ではいられない!ど、どうしよう?!
「もうすぐってお前飛び級入学するのか…普通じゃないとは思っていたが、確かに6歳まで待つ必要はなさそうだな。じゃあ冒険者登録もすぐだな!無茶するなよ…?」
「えっ?冒険者登録は8歳でしょ?」
レンジさんの言葉に驚いて不安が飛んでいった。もしかして学校行ったら登録できるの?!
「そうだな。でも学生だと実習があるだろ?学生見習いの登録をするから一応冒険者ってことになるぞ。やる気のあるやつはガンガン依頼受けてFぐらいに上がるのも珍しくないな。ただ、無茶して…取り返しのつかないことになるヤツもまた、多いぞ。」
少し言葉を選びながら、レンジさんは重く言った。
そうか…そんな若さで登録できたら、きっと無茶する子が出てくるよね……。魔法とか習ったら、きっと使いたくなるだろうし。
「ま、俺たちそういう無茶なヤツがいないかも気をつけて各地まわってるんだよね!ちなみに君は無茶しそうなナンバーワンだね!!それも無事にやり過ごせそうでたちが悪いよ。」
「お前が言うな。」
キースさんがピピンさんを小突いた。
「ははっ!ピピンは無茶する典型だったからな。見守り期間が長すぎて結局止まり木じゃなくなってしまったのさ。…ああ、私らは各地を巡って、問題ある冒険者の一時的な『止まり木』の役割をしているんだ。普通は成長したら飛び立って行くんだけどな。」
マルースさんがピピンさんの頭をぽんぽんとした。
「今さら余所のパーティ行けないでしょ!俺いないと困るだろうしね!」
ピピンさんは自信があって素敵だ。これだけ堂々と言えるだけの実力を持っているのだろう。Bランクっていうのは誰が聞いても超一流だ。ちなみにカロルス様みたいなAランクはそもそも数えるほどしかいなくて、人外の英雄扱い。
「お前が冒険者になる頃にはここに戻って来る必要があるか?止まり木の必要があれば場所を貸してやろう。」
「大丈夫!オレちゃんと冒険者できるよ!」
「まあ……最強の守護陣営がいるから大丈夫か。」
レンジさんは、ちらっとカロルス様たちを見て笑った。
書いてないけどレンジさんって短髪オレンジの髪なんですよ~!
パーティー名考えてたらオレンジレンジが出てきて仕方なかったです・・・






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/