116 帰り道2
「ねえねえ!オレにもその剣教えて!」
動き出した馬車内で、リーダーさんに詰め寄ると、苦笑してがしりと頭を掴まれた。
「物怖じせんやつだな。ちびっ子にはまだまだ早いぞ!剣が振れるようになってから言わんか。」
「オレ、ちゃんと練習してるよ!小さい剣は使えるよ!」
バッグからナイフを取り出して構えてみせる。そういえばこれちゃんと装備しとかないといけないよね。
「おーおー。いっちょ前な構えだな。だが残念だなぁ、俺はナイフは専門外だ!」
しっしと追いやられてむくれていると、小柄さんが声をあげた。
「おっ!ナイフなら専門がいるじゃん!なっ?」
ニヤニヤしながらつんつんと強面さんをつついてまた蹴り飛ばされた。小さいけど丈夫な人だな…。
見れば、強面さんは大型のナイフを二本、腰の後ろに交差するように装備していた。もしかして、もしかして…これ2本使うとか?!
「えっ……それ、ナイフ、二本使うのっ?!わあっ!わあ!!見たい!見たい!!」
きっとオレの目から輝き光線が出ているだろうと思えるぐらい、今のオレはキラキラしていると思う。だってナイフの二刀流だよ?!カッコイイ!カッコイイ!!ひとしきりぴょんぴょんして興奮の第一波をやり過ごすと、今度は強面さんに詰め寄った。膝に乗り上げるオレを避けようと限界までのけ反る強面さん。オレは期待値と興奮が上限を振り切ってしまって衝動を抑えられない。
「教えて!教えて!オレもやりたい!」
必死に顔をそむけて逃げようとする強面さんをがしりと掴んで、間近でモスグリーンの瞳を覗き込む。
「お、し、え、て!!」
「!わかっ……わかったから!離れろ!」
だらだらと汗を流した強面さんにオレは勝利した!
向かいの席では小柄さんが腹を抱えてひーひー言っていた。
「お前みたいなチビに教えられるものなんてない。」
ぶすっとした顔で、それでも約束を守ってくれるらしい。立ち上がると、両手をクロスさせてシャキ!と2本のナイフを抜きはなった。もうそのしぐさだけでオレは転げ回りたくなる。二刀流だ!武蔵みたいだ!
ナイフと言っていいのか剣と言っていいのか、50㎝程度の長いものを右手に、30㎝ほどのものを左手に。
抜いた時点で既に魔力が纏われているのを感じる。オレもナイフを抜いてみたけど、当然ながら魔力は纏われていない。オレのナイフは刃渡り15㎝くらい……ちっちゃい。……いやいや、小さくはないよね、子どもがもつには危なすぎる刃物だ。でも2歳児だって鎌をもって草刈りするこの世界ではごく一般的だ。
うーん、せめてもう少し大きな刃のナイフにしたい。
「…それがちょうどいい。」
じっと自分のナイフを見つめていたら、考えていたことがバレたらしい。カッコイイ大きなナイフを使いたいけど、オレの体には確かに大きいかな?脇差しみたいになっちゃいそうだし、ナイフなのに引きずりそうだとかえってカッコ悪いかもしれない。
「もういいか?」
もう見ただろうと言わんばかりにナイフを収めて座ろうとする彼にすがりつく。
「だめ!まだ教えてもらってない!」
「ちびちゃん、そうは言っても何が知りたいんだい?こんな無愛想な男が教えられると思う?」
うーむ、確かに何を知りたいか言わないと分からないよね。魔力の纏い方…なんて言っちゃダメなんだよね、えーとなんて言ってたかな……。
「えっとね、ナイフ2本の使い方が知りたい!あとね、剣を教えてくれてる人が言ってたの。剣技をつかうのに、剣に…ま……なにか伝わるようにしてるって。さっきのリーダーさんもそうしてたんでしょう?」
「んんー?なんか結構本格的に習ってる感じ?詳しいじゃないの。ちびちゃんはどのくらい使えるのかな?ふふっ、これを切れるかい?」
言うが早いか、ポケットから取り出した小さなリンゴみたいなものをひょいと投げた。
これくらいなら!スッとリンゴの軌道から体をずらすと、下から上へ一閃!とりあえず一回切ればいいかな?軌道を変えて落ちようとするリンゴをキャッチする。
「はい!」
「……。」
「お前……。」
冒険者たちが視線を鋭くした。ぁ…切ったらまずいやつだった?!でも投げたじゃないか…あれ切らなかったら頭に当たってたヤツだけど!幼児はそこまでできるかなってちょっと思ったけど!でもいきなり投げるんだもの!
「……お前、誰に剣習ってるんだ?」
「……カロルス様。」
リーダーさんが、ああ、と額に手を当てた。
「カロルスかぁ……あいつ何育成してんだよ!」
「えっ?なになに?それってすごい人?」
「ロクサレンのカロルスだろ?Aランクの破天荒なヤツだよ!」
冒険者から見てもカロルス様は破天荒なんだ……。この人はカロルス様を知ってるんだね!
「カロルス様をしってるの?」
「おうとも、まあ大体のやつは知ってると思うがな、俺はあいつの同期だよ!」
同期って言うのは冒険者を始めたのが同じぐらいの人達を指しているらしい。見習い冒険者のあたりではみんな助け合って生きていくから、顔見知りになるそうだ。昔は一緒にお酒を飲んだり助けて貰ったこともあるって嬉しそうに話してくれた。
「…で、カロルスとその息子が育成したらこうなったの…か?あいつのことだから悪いことはしてないだろうが。」
どうやら子どもに違法な薬や装備を身につけさせて悪事に利用することがあるそうで……それであんな怖い顔してたんだね。
「ま、こんな平和ボケした顔のヤツがそんな恐ろしい目に遭っちゃいないだろうがな!」
がははと笑うリーダーさん。失礼だな!そんな平和ボケした顔してる?きりっと引き締めていかないといけないな。
「ちょっとは剣も使えるし、じゃあ教えてくれる?」
「うっ……。」
再び強面さんに詰め寄ると、覚えていたかと顔をしかめられた。
「刃の先まで自分の体だと思え。血が流れ感覚があると。それだけだ。」
ふむふむ!分かったようで分からないね!テニスの選手がラケットは体の一部!って言うようなもんだろうか?それって相当な訓練が必要だよね…普段練習は木刀使ってるし、正直ナイフはあまり馴染みがないんだよ。
「ナイフでも剣でも二本は難しい。2倍の情報を処理できるようにしろ。…1本1本のナイフじゃない、2本でひとつだ。」
うーん?どういうこと?首を傾げていると、さっきのリンゴを半分投げて、シャシャッと両手のナイフで器用に切り裂いた。おおー!
「こうじゃない。……こう。」
感動する俺を横目に、もう一度半分のリンゴを投げると、シュ…と両手のナイフで一閃した。違う!あきらかにさっきと違う……。速さも、威力も、全部違う!同じように2本使っているのに……そうか、2本でひとつ。1本のナイフ×2ではないのか……オレは目を丸くして深く頷いた。
「……なんでそれで分かった風なの?俺ぜんぜんわかんないけど!」
小柄さんが頷き合うオレ達を見て呆れた顔をした。
「あとは練習しろ。」
これで終わり、と強面さんは脚を組んで座ってしまった。こんな高レベルの人に教えてもらえるなんて、普通ないんだから充分だと思わないといけないかな。
まずは魔力を纏う練習…。手の延長っていうのがどうも分からない。
―ユータいつも魔力通してるのにどうしてわからないの?
ラピスに不思議そうに言われてハッとした。あ、そうか…普通に回路を繋ぐ感覚でやればいいのかな?とりあえず熟練していなくても魔力を纏うことはできるかもしれない。
ナイフの刃先まで回路を通す、と。
「あ、できた。」
なんだ!簡単じゃないか……。
もっと特別なことかと思っていたオレは、なんとなくガックリと肩を落としたのだった。
何度も何度も抜きはなって魔力を纏う練習をする。うん、いけるよ!瞬間的にナイフを魔力で満たすようにすればいいんだ。
今度カロルス様とかセデス兄さんみたいなのも練習しよう!もしかして剣技って魔法使いと相性良かったりしない?だって魔法を放つ感覚を知ってるから色々使いやすいんじゃないだろうか?
「おや……誰だ、こんな穴を掘りやがって……。」
御者さんがぶつぶつ言いながら大きく馬車を動かした。
「すみませんね、どこかの馬鹿野郎が道に穴を開けたみたいで。」
見ると、街道の真ん中に大きなくぼみがあった。悪質なイタズラ?車輪がはまってしまったら馬車は動けなくなるし、最悪ひっくり返るかもしれない。前に通ったらしい馬車の轍の跡があるのが心配だ。
レーダーの範囲をちょっと広げようとした時、小柄さんが声をあげた。
「あれ!ほら、襲われてるんじゃない?!」
遠くに横倒しになった小さな馬車と、群がるゴブリンらしきものが見える。
「まずいな…そこそこ多いが、どうする?」
「ゴブリンが、あ、あんなに。今のうちに通り抜けましょう!あれはもう無理です!諦めましょう!」
「むぅ……馬車は閉まっている。生存者がいるやもしれんぞ?」
「で、でも、わたしらも死んじまったら元も子もないですよ!乗客を守るのがお仕事でしょ?こんな小さい子もいるんですよ?もう誰も生きてやしません!無理ですって。」
御者さんがゴブリンの群れを見て震え上がってしまっている。そりゃあ自分が殺されるかもしれないもの、怖いよね…でも。
「無理じゃない!」
生きてる人がいる!オレは走る馬車を飛び降りて受け身をとると、馬車に向かってかけ出した!






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