109 はじめてのおつかい1
「ほら、御者さんが困ってるから!母上、もう離してあげて。父上名残惜しいならもう一回ぎゅっとしておいたら?」
「そう…そうね…ユータちゃん、他の何を犠牲にしてもいいからね!あなたが無事でいるのよ!!……いってらっしゃい…。」
エリーシャ様が、なかなか怖いことを言ってさらにオレを強く抱きしめてくれる。
「う…うん。いってきます!」
セデス兄さんが、そんなエリーシャ様からオレを取り上げてカロルス様に押しつける。オレは子犬かなんかだろうか……。
「行ってこい、楽しんできたらいいが、気をつけるんだぞ?」
「うん!いってきます!」
カロルス様も、がしがし!と強く頭を撫でて、ぎゅうーっとしてから下ろしてくれる。
「じゃあね!気をつけるんだよ?無茶したらダメだからね?誰にでもついて行っちゃダメだよ!」
「大丈夫!いってきます!」
ぱちん!と右手と右手を合わせてにっこりする。
さあ、出発だ!
馬の嘶きと共にゆっくりと動き出した馬車。
顔と手を突き出して大きく振ると、走って追いかけて来ようとする面々をセデス兄さんが止めているのが見えた。恥ずかしいから!大丈夫だから!頑張れ!セデス兄さん。
ちょっと赤くなった顔を馬車に戻すと、馬車内を見回す。今回馬車に乗っているのは赤ちゃんと女の子を連れた夫婦、それと冒険者グループであろう2組だ。うち1組は護衛を兼ねているらしくバラバラに座って外を見ている。もう一組の冒険者たちはまだ10歳やそこらであろう年齢の4人組だ。見るからに経験が浅そうで、緊張の面持ちだ。まるではじめてのおつかいを見ているようだと微笑ましく思って、ふと自分にも当てはまることに気付き赤面するのだった。
「あなた、貴族さま?どうしてこの馬車にのるの?ひとりなの?」
5歳くらいだろうか?おしゃまな女の子が話しかけるのを、隣の両親が慌てて止めている。
「オレ、ユータって言うの!貴族さまの所でおせわになってるだけだよ?とてもいい貴族さまなの。もうすぐ学校にいくからね、今日はガッターまで練習なんだよ!」
「えっ?君一人で行くのかい?学校って……その、君は6歳には見えないけどな。」
貴族じゃないと聞いて安心したのか、父親らしき人が驚いて尋ねた。
「もうすぐ4歳です!あのね、しっかりしてるから4歳から行けるって言われたんだよ!」
「まあ…本当にしっかりしてるわね。驚いた…カレアよりお兄ちゃんみたいよ?」
赤ちゃんを抱いた母親らしい女性にそう言われ、女の子が頬を膨らませる。
「カレアの方がお姉ちゃんよ!カレアだって一人で馬車に乗れるわ!この子より大きいんだから!」
「カレアお姉ちゃんって言うの?よろしくね。」
姉の大声にぐずりそうになった赤ちゃんを見て、慌てて口を挟む。
「…ユータちゃんね?大丈夫、ちゃんとカレアが面倒みてあげるわ!」
お姉ちゃんと呼ばれて途端に機嫌を直したカレアちゃんを見て、両親がひそかに笑った。
潮風を感じながら馬車に揺られること数時間、通過地点のバスコ村だ。ここで一旦休憩をとりつつ客の乗り降りがある。
「あ、ガナおじさーん!」
海辺でお弁当でも食べようかと歩いていると、見知った顔を見つけて手を振った。
「おう!カニのぼっちゃんじゃねえか。ははっ、カニの方は順調みてえだな?うちも助かってるぜ!今日は兄さんと一緒じゃないのか?」
日に焼けた顔をくしゃくしゃにしたガナおじさんが、オレを抱き上げてセデス兄さんを探す。
「うん!今日はね、オレのおつかいなんだよ!一人できたの!」
胸を張って言うオレに、大げさに驚くおじさん。
「なにっ!ぼっちゃん一人で?!そいつはまた思い切ったことを……。」
「しっかりしてるから大丈夫!」
違ぇねえ!と笑ったガナおじさんは、今浜でゆがいたばかりだという大きなカニの足を1肩分オレに渡すと、他の漁師に呼ばれて走って行ってしまった。
「お弁当が増えたね!いっぱい持ってきてるし誰かと食べないと食べきれないよ。」
―でも黒いおじさんは行っちゃったよ?
「うん…そうだ!」
オレは人気のない浜辺まで来ると、海の上に土魔法でちょっとした陸地スペースを確保した。
収納から貝殻を取り出すと、そっと魔力を流す。うーんどのくらい流せばいいのかな?
少しずつ魔力を流していると、目の前がうっすらと光り出して、魔法陣のようなものがオレの正面に現われた。さらに、魔法陣を通して向こう側の景色が徐々に変わり出す。うっすらと映し出されているのは…ナギさんだ!呆気にとられていると、向こう側のナギさんがオレに気付いてどんどん魔法陣に近づいてくる。ど、どうするの?
「ユータ、ヤットヨンダナ。マッテイタゾ。」
なんとナギさんがそのまま魔法陣をすり抜けるようにして飛び出してきた!ななな、なにこれ!!なんか凄い魔法じゃないの?!
ナギさんがぼたぼたと水の滴る髪を後ろで束ねた。
「ナ、ナギさんっ!!これ、これなんかすごいものじゃないの?!オレ、持ってたらダメだよ!!」
「ウム?タシカニ コレハシホウノヒトツ。ダガ、シマッテオイテモ イミガナイモノダ。カマワヌ。」
「でも!でも……オレ、ナギさんと遊ぶときに使うぐらいだよ!?」
「ソレデヨイ!オヌシハ アクヨウセヌ。ミコトワレヲツナグモノ、ソレデヨイノダ。」
ナギさんは腰につけたポーチをごそごそすると、明らかにポーチより大きな袋を取り出した。収納ポーチだ!それも多分結構いいやつ。
「イツ ヨバレテモイイヨウ、ツネニ モチアルイテイタ。」
渡されたそれを開けてみると……。
「こっ……これ!!これはっ!?」
目を見開いてガバっと振り返ったオレに、ナギさんがビクっとした。
「ド、ドウシタ?!イニソワヌモノデアッタカ?!」
そんなわけない!オレはもう一度中身を見て、ぎゅうっと袋を抱きしめた。
「ナギさん!ありがとう!!これがここにあったなんて!とってもとっても嬉しい!オレ、すごく海の人の国に行きたくなった!」
「ソ、ソウカ…ワレニハワカラヌガ、オヌシガヨロコブモノデ ヨカッタ。」
袋の中に入っていたのは、なんと乾燥昆布!それと、それと……これは…きっと、きっと鰹節!魚の種類は違うだろうけど、棒きれのようなものが入っていた。こうなるとあとどうしても欲しいものは…。
「あのね、黒っぽくてしおからい液体の調味料はない?」
「クロ……?フム、クロクハナイガ……チャイロノエキタイナラ。タシカ、サカナカラツクルモノダ。」
うーんお醤油じゃないね。でも、魚醤っぽい?魚醤の味は知らないのだけど、それも味見してみたいな。
「そっか…お豆から作る黒い液体の調味料と、同じ豆から作る茶色いペーストの調味料も探してるんだ!もし見かけることがあったら教えてね!」
「アイワカッタ!ゼンリョクヲモッテ チョウサシヨウ!」
「いい!いいの!見かけたら!見かけたらだから!!どうしても必要なものじゃないの!」
「ソウカ……。」
ちょっと残念そうなナギさんをなだめて、収納からお弁当を広げていく。カニの足もお皿に乗せると、ナギさんが驚いた顔をした。海の人はカニを食べていたらしいけど、陸の人が食べるのは初めて見たそうだ。オレは元々海の幸が好きだと言うと、とても嬉しそうな顔をしてくれた。
「リクノメシハ、ウマイナ!」
そうでしょう?特にロクサレン家のごはんは美味しいんだよ!一人でおつかいに行くオレのために、ジフたちが張り切って用意してくれたしね!
ナギさんは細く見えるけれど、裾の開いた衣装からは、ぐっと引き締まった腹筋が見え隠れする。しっかりと鍛えた戦士の体だから、たくさん栄養が必要なのだろうか。もりもり食べる様子は一緒に食べていて気持ち良かった。
 






 https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
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