1069 中々いい案?
「悪くねえな……」
低い呟きが聞こえた。
にやり、浮かべただろうワイルドな笑みが見えた気がする。
「悪くないんだ……」
まさかそういう感想をもらうとは思わず、複雑な表情でカロルス様を見上げた。
いや――巨大なもふもふを。
なんか……迫力、あるね。
着ぐるみなのに、漂う圧迫感が尋常じゃない。
あれ以降、オレのナイスアイディアが採用され――たというか、必要に駆られてというか。
もふもふ着ぐるみによる、ぬいぐるみ用品の搬送が続いている。
だって、要望があるんだもの。なぜかロクサレンに。
「正体がバレねえってのはいいな」
「うーん……」
バレないかな? 一部にはバレてるような気もする。
でもまあ、着ぐるみ姿だと貴族じゃないから、好きに逃げられていいらしい。
でもさ、ひょいと屋根まで跳んだりしたら、絶対バレると思うんだけど。
この恰好なら堂々と町を歩けるのでは、ましてや悪党討伐なんて素敵イベント、けしからん! ということで……こうなった。
普段着ぐるみの中身は、そのまんま孤児院の子たちが最多、定期的に小柄なメイドさんズ。たまにオレやタクト、というラインナップになっている。
なぜか、オレが担当すると悪党が倍増するというもっぱらの噂だ。着ぐるみなんだから、そんな区別つくわけないでしょう。
でも、とカロルス様もふを見上げる。
さすがにこれだけでっかいと、愛らしい着ぐるみであっても襲ってはこないだろう。
……そう思っていた時もありました。
「なんで襲ってくるんだろ」
「お前がいるからだろ」
『普段のちっこいサイズ感だと強い、という認識だからじゃないかしら』
『ワンチャン見掛け倒し、という可能性に賭けてると思うんだぜ!』
なるほど……?
嬉々として悪党をなぎ倒す、異様に機敏なもふもふを眺めた。
悪党たち、本当に今回に賭けたんだなあ……という人数が、むしろ悲しい。
ごめんね、大ハズレにしちゃって。
どうしてだろう、罪悪感を抱いてしまうのは。
「や、約束が違うぅうー!」
「おかしいだろ、こんな、こんなああぁ!」
ただ、約束はしてないけどね。
路地に響く哀れな悲鳴に、そっと耳を塞いだ。
牢が足りるだろうか……ここ最近で満員御礼状態かもしれない。
「わはは! いいなこれ。自由だ……!」
「さすがにそれだけなぎ倒すと、バレちゃうよ?」
「なんでだよ! 剣使ってねえだろが」
そうなんだけど。隠せてないよ、オーラが。
楽しそうで何より、と汚れた着ぐるみに洗浄魔法をかけた。
累々と横たわる悪党たちは、そのうち衛兵さんたちが何とかしてくれる。
「こんな堂々と町を歩けるなら、このままでもいい。飯でも食うか!」
配達を終え、さて帰ろうかというところで、カロルス様が渋っている。
「いいけど、ごはんはこのまま食べられないよ?」
ハッとしたカロルス様が、目に見えて意気消沈する。着ぐるみ姿でやられると、こう……きゅっとするからやめてほしい。たとえでっかくても。
「え、えーと……お外でなら食べられるんじゃない? 買うだけなら、この恰好でできるし!」
ぐん、と顔を上げた着ぐるみの大きな瞳が、きらきらしているように見える。
「じゃあ……屋台巡り、する?」
「おう!」
上機嫌になったカロルス様が、オレを抱き上げて屋台広場へと足を向ける。
ば、バレてない、みんなはオレだってわかってない。だから……恥ずかしくなんかない!
必死に言い聞かせても、きゃあきゃあ追いかけられては、耳もしっぽも垂れようというもの。
「……逃げるか」
ふっ、とかき消された気配。瞬間、滑り込んだ建物の裏から、一気に加速。
大型もふもふが壁を蹴りながら狭い通路を抜け、わずかに沈み込んだ一瞬。そして強い腕の中、倍になった重力を感じる。ひゅうひゅう風を切る音がした。
「カロルス様、大きいから目立つよ」
「いいじゃねえか、目だっても俺だって分からねえから。お前も小さいから目立つぞ」
小さいのは目立ちません! 残念ながら……非常に残念ながら!!
屋根を飛び移りながら、さすがに広場ど真ん中へ着地するのは避け、そっと物陰から窺った。
「ねえ……これ、大丈夫かな」
「チャッと買って、パッと逃げりゃいいだろ」
いや、捕まる心配はしてないのだけど。
だって、広場には結構な人がいる。集まって来られたら厄介だ。
「いっそ四つ足で走りゃ、怖がられんじゃねえか?」
「それは怖すぎるよ?!」
以前四つ足で走っていたタクトを思い出して、ふるりと震えた。こんなでっかい着ぐるみが四つ足で疾走する……阿鼻叫喚ものだ。むしろ魔物の方が安心する。
決心がつかずに物陰でうじうじしていると、淡々とした声がオレの中に響いた。
『スオー、脱げばいいと思う』
『なんでお前が着てる必要がある』
…………。
ポン、と手を打った。
変な光景だな、と笑う。
疾走するシロの背に、オレとでっかい着ぐるみ。
もたれかかった背中が、ふかっとする。
『町の近くで人がいないところ、あんまりないよ?』
スンスン鼻を鳴らしながら、シロが振り返った。
「まあね、でも冒険者たちなら、カロルス様がいるからって寄っては来ないだろうから。ある程度で大丈夫」
「腹減った……もうこの辺りでいいだろ」
町から出さえすれば、もうどうでもよくなるらしいカロルス様が、着ぐるみの頭を取って髪をなびかせた。
うーん、シュールだ。ワイルドイケメンの頭に、もふもふ胴体。
やがてスピードを緩めたシロが止まるより早く、カロルス様が飛び降りた。
サッサと衣装を脱ぎ捨て、思い切り伸びをする。
高い空に届くような、長い腕。完全に上がってしまう顎が悔しい。
「まさか、お前のトンデモ案がこんなにイイモンだとはな。これから町へ出る時は、これでいいな」
「良くはないと思うけど……オレがいないと暑いよ?」
「けどよ、貴族の衣装も暑いし窮屈だろ」
着ぐるみと比べたら、職人さんが泣いちゃうよ……。
堂々と草原に尻をついた貴族様に苦笑しながら、オレもすとんと腰を下ろした。
敷き布は、なくていいらしい。でも、ローテーブルは欲しいな。なんせ、品数が多いから。
「こんなに買うの、恥ずかしかったんだから!」
山のような串焼き肉、塊肉の煮込み、パンから溢れんばかりの薄切り肉。
カロルス様着ぐるみがオレについてきたら、結局ロクサレンだってバレてしまう。だから、何人前だろうかって量を一人で買い込む羽目になった。困惑顔の売り子さんに申し訳ない限りだ。
互いに串焼き肉を選んで、顔を見合わせる。
スパイシーな香りが、鼻腔をくすぐった。
カロルス様が、大きな口を開けてみせる。オレもにっこり笑って宣言した。
「じゃあ――いただきます!」
めいっぱいの口で頬張った肉が、串から外れて顎に垂れる。
『手伝ってあげるね!』
うっ……。
きらきらする水色の瞳が閃き、はむ、と上手にはみ出たお肉をさらった大きな口が、ついでのようにべろりと口周りを舐めていく。
あんまり、食べてる時には……してもらいたくないかもしれない。
そのお口、さっき生を食べたでしょう……。
「はぁ、うま……」
仰のいた英雄の髪が、そよそよ揺れている。
着ぐるみの中だから、と限りなくラフな格好は、とても高貴な人には見えない。
「美味しいね!」
青空の下、だらしなく緩んだ表情を密かに記憶に焼き付け、オレたち以外、だれもいない空気を吸い込んだ。






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