1043 特別なぬいぐるみ
と、とりあえず……マリーさんの手を介しつつも、オレが縫っていることに違いはない。
全然手本にならなかったトラウマタイムを終え、完全に任せてもらったラインを、ちま、ちま、バカみたいな速度で縫っていく。
「あ、あの、ごめんね。ゆっくりで」
あんな神速の針さばきができるなら、オレの裁縫はこれまたある意味、精神攻撃だろうと思う。
そろり、と見上げてちょっと安堵した。
うん、全然大丈夫そう。
「うふふふ。どうぞ、ゆっくりで。マリーは今、至福の時を味わっておりますので。おもちゃのような指が、こう……ちみちみちまちまと……! ああ、いけません。マリーは吐血しそうです」
「なんで?!」
時折頭の上から聞こえてくる『うっ……』『ふぐっ……』なんて声にビクっとしつつ、心頭滅却で針を運ぶ。大丈夫、変な所に針を通そうとしたら、スッと指で押さえられるから。
最初は華奢な指を刺してしまったと仰天して謝ったけれど、刺さるわけなかったよね。マリーさんの鋼ボディに、こんなささやかな針が傷をつけようなんて片腹痛い。
オレの手も、刺す前にマリーさんが庇うので完全にノーダメージ。
ただ、オレの心臓には非常に悪い。むしろ、自分の手くらい刺しても回復できるから……。
「このくらいオレが刺したら、許してもらえるかな……」
ふう、と汗を拭ってのっぺらぼうのぬいぐるみをしげしげ眺める。まだ、ただのクッキー型で抜いたようなシルエットしかないのに、もうかわいいような気がしてくる。
ひと針ひと針、丁寧に縫っていくのは、なるほど己と向き合う修行のような趣がある。
でも、ふわふわの手触りが気持ちよくて、修行よりも心を整える癒し効果の方がありそう。
あとは、顔と髪の毛と服と……つまりは、輪郭が縫えただけなんだけど。
「では、それぞれ、少しずつユータ様が縫った部分を作ってはどうでしょう? それ以外はマリーが手を添えますので」
「う、うん……そう、だね」
アレをやるのか……目を閉じていてもいいだろうか。
またもや汗びっしょりになりながら進めていくことしばし、さすがに少し慣れてきた気がする。
いや、拷問には慣れないんだけど、裁縫自体には。
ちく、ちく縫ってはすうっと糸を引く。なんだか、ちょっと職人ぽいかもしれない。
髪の毛の一部を縫っている間に、マリーさんが高速で目口をつけ、服を縫ってくれた。
「わあ……すごい! これはシャラだね! 服もすごく素敵だよ!」
「王都にある像を参考にいたしました。ご満足いただけたなら本望です!!」
豪華ながらふんわりした軽さもある、シャラ特有の衣装。ツンとした表情まで再現されて、思わず笑った。オレが手伝ったとは思えない出来だ。ちょっとばかり形が歪だったりするのも、綿の詰め方で何となくカバーされている気がする。
「精霊様ですから、衣装はあまり奇抜でない方がいいかと思いまして、あとはパジャマと軽装と着ぐるみとユータ様とお揃いの――」
次々取り出される衣装は、一体いつ縫ったというんだろうか。
「わあ、制服もある!」
「ええ。もしかすると、こういったものもお好きかと思いまして……」
オレとお揃いの制服は、実際の青年シャラには不釣り合いだろうけれど。でも、ぬいぐるみなら着こなせる。意外と似合う姿にくすくす笑った。
まさかシャラが着せ替えて楽しむとは思えないけど、でも、長い時を過ごす間に、着替えさせることだってあるだろう。
真剣な顔で衣装を着せているシャラを思い浮かべて、つい吹き出した。
「ありがとう! 絶対に喜ばれると思うよ!」
「身に余る光栄です! ちなみに、創作意欲が刺激されまして、マリーはこういうタイプもお作りしたのですが……」
すすっと取り出されたぬいぐるみに、目を瞬いた。
「これ……! ふふ、特別、だね」
「ええ、特別です」
オレとマリーさんは、人差し指を立てて、しいっと笑った。
朝から取り掛かったはずなのに、すっかり日が傾いてしまった。オレ、お昼ご飯も食べずに熱中していたらしい。
でも、その分素晴らしいものができてしまった。オレの手柄ではないけど……でも! ちゃんと手伝ったもの!
『手伝う、は正確ではないわね』
『むしろ手間がかかってるんだぜ!』
そっ……それは、そう、かもしれない、けれど。
余計なことを言うモモとチュー助に頬を膨らませながら、花畑を駆けた。
「シャラ~! ほら、見て!!」
勿体ぶるように動かないシャラは、オレが行くまでじっと佇んでいる。
その眼前にずいっと差し出して見せたら、風色の瞳がひとつ瞬いて、そっとそれを受け取った。
『シャラスフィード、小さくなったね』
『シャラスフィード、かわいいね』
『ひとのこみたい。やわやわで、軽いよ』
オレをぬいぐるみと同列に並べないで?! そんなに小さくも軽くもないから!
大喜びする風の精霊さんたちが、ヒュウヒュウ行き交って、オレの髪や服が方々へはためいた。
すとん、と座り込んだシャラが、まだまじまじシャラぬいぐるみを見つめている。
「気に入った?」
隣に腰かけながら、ふふっと笑みを浮かべる。こんなにしっかり反応があるなら、あの拷問を受けたかいがあるというものだ。
やっと視線を外したシャラが、オレを見た。
「どう? いっぱい手伝ってはもらったけど、オレだってちゃんと縫ったよ!」
「ああ……いいな。お前の気配がする」
ふんわり華が綻ぶような笑みに、オレもはにかんで笑う。
渡していたオレぬいぐるみと並べて、ふわふわ笑う精霊様は、王様が見たらなんて言うだろう。
ぬいぐるみ遊びなんて教えて、って怒られやしないだろうか。
「シャラが必要か分からないけど、こういう服もあるんだよ! 服はね、王都でも売り出すと思うから色々増えるよ!」
「服……? 衣装を変えるのか」
「そう! お揃いのパジャマもあるよ!」
「お揃い……」
小さな小さな衣装を手に、瞳を輝かせる精霊さんは、あの時出会った小さい姿の方が相応しいくらいだ。
「これは、お前の服だ」
「そう、制服もあるんだよ! シャラの普段の色とは全然違うから、印象が変わるね!」
オレぬいぐるみとお揃いがよかったらしい。せっかくの豪華衣装を着替えさせようとするから、慌ててもうひとつ、取り出した。
「シャラ、これはどう? 衣装とか特別なものだったら良くないだろうから、ダメなら他のものに――」
言いかけたオレの手から、サッとそれが取り上げられた。
お揃いが好きなら、きっとこれも喜ぶだろうと思ったんだけど、やっぱりだったね。
「……ダメじゃない」
「そう? ならよかった!」
オレも、この色ならシャラ色があまり浮かないんだな。
穴が空きそうなほど見つめているそれは、今ここにしかない一点もの。
白い髪、群青の瞳で舞の衣装を着た……あの時のオレ。
マリーさんが記憶に刻みつけていたらしい、風のお祭りバージョンだ。世に言う、精霊と舞った天使様の姿でもある。
『よかったね、シャラスフィード! あのときの、ひとのこ!』
『シャラスフィードと舞った、ひとのこの形!』
それから、じっと動かなくなってしまったシャラのそばで、オレはただ、同じようにじっと座っていたのだった。






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/