1034 研究協力
「――ふ~ん、それぞれ一応違いがあるわけか~面白いね~」
狙撃塔から優雅に狙撃するだけでいいラキは、ひとり疲れた様子もなく記録を眺めて呟いた。
「何も面白くねえ……」
「疲れた……やたらと疲れた……」
傍らで大の字になるオレたちは、初日にしてもうギブアップしたい気持ちでいっぱいだ。
あんな忙しない戦闘を3回……本当に、頑張ったと思う。すっかり暗い空の下、地面に落ちた洗濯ものよりもグッタリだ。もはや食欲すら失せている。
「小物ばっかりでしょ~? 楽勝じゃないの~?」
「じゃあお前代われよ?!」
「小物だから疲れるんだよ?!」
とにかく、この方法はもうやらない。精神が削られる。
「まあ、おかげでメインはほぼ終わったんだし~? 効率よかったんじゃない~?」
おかげさまで?! なんかやたらと手慣れてしまったけども?! でも、今後何の役にも立たないよね!
「そういやユータのとこも、小物ばっか?」
「そうだよ! キノコと樹木系魔物ばっかりの鍋と、そこらじゅうの小物が雑多に寄って来る鍋!」
「俺んとこもさあ、飛ぶ虫ばっか寄って来る鍋がな?! 絶対あれユータかラキ向けだったろ?! シロいなかったら俺だけだと無理じゃね?!」
『ぶんぶんしてたね! 僕も頑張ったよ!』
楽しかったね、と笑うシロだけが癒やしだ。
オレは植物鍋と雑多鍋、タクトの方は虫鍋と、獣系鍋だったよう。ちなみにラキも獣系。やっぱり匂いだから獣系や雑多系が多くなるのが普通かな。
「こんな小物ばっか集めても、どうしようもなくねえ?」
何も面白くない、と不貞腐れたタクトがごろりと転がった。
「う~ん、小物と言っても、この数が来ると割と脅威だけどね~? ここが辺境の地だから多いってのはあるんだけど~」
……確かに? めんどくさいとしか思ってなかったけれど、たとえばこれが一般のD・Eランクあたりだったら、結構大変なことになっているだろう。
あれ? もしかして選んだ場所が魔物溢れる辺境だから、こんな大変なのでは。
『それはそう』
『スオー、当たり前だと思う』
しっぽを揺らしたチャトが、鼻で笑う。だったら教えてくれても良かったんだよ?! あの植物系魔物とか、たとえばハイカリクの近くだったらほとんど何も出てこないレベルじゃない?! だったらそれはそれですごく活用できそうだけどね?!
「それだったらさ、アレンジバージョンは、もう少し大物を引きつける香りを入れて作れないかな?」
そうすれば、ちまちまちまちま地味に戦闘することもない。
「それがわかれば、苦労しねえんじゃね?」
「そうだね~」
そ、そっか……でも、方向性としては合ってるよね!
「あっ! じゃあさ、まずカレーに使っているスパイスから加えてみたらどうかな? だってあのヨルムスケイルだって惹かれるんだもの、きっと大物も好きな匂いがあったりするんじゃない?!」
「大物すぎるね~」
「アレはさすがに、なあ」
「ヨルムスケイルを呼ぶわけじゃないんだから! 別にいいでしょう!」
ひとまず、あてずっぽうにやるよりは――ということで、カレーに入っているスパイスから何種類かずつそれぞれの鍋に割り振ることにした。
『……で、どうして私なのかしら……』
目の前に並べられた各種スパイスに、モモがふよふよ伸び縮みした。
「だって、魔物っていう魔物はモモしかいないんだもの……ちょっと惹かれるとか、そういうのない?」
『召喚獣になっちゃうと、多分その辺りアヤシイわよ。そもそも、私が惹かれるものがあったとして、小物向けじゃない?』
そ、そうか……。じゃあどうしようかな。
――ユータ、じゃあラピスたちがじっけんしてあげるの!
「え、どうやって?」
――大物に嗅いでもらいに行ってくるの!
実験に参加したかったらしいラピスが、群青の瞳をきらきら輝かせている。
ピュアな輝きを湛えたその瞳が、見た目通りであったことはあんまりない。
でも、ある意味いい方法ではある。
多分、管狐たちに危険はないだろうし。
「大物って言っても、ほどほどがいいんだよ?」
ドラゴンとかヒュドラとか、そういうのじゃなくてね?
――難しいの。
きゅっと口を閉じて考え込むラピスに、これは絶対に例を示しておかなければいけないと判断した。
「ねえ、ちょうどいいくらいの大物って、たとえばどんなの?」
「ん~Cランクくらいって感じかな~?」
「え~もうちょい上でもよくねえ? あのデカゴブリンとか、Bだったろ?」
それなら、B~Cランクくらいなら大丈夫……だろうか。
図鑑を開いて、限りなく具体的かつクリアな指示を試みる。
「この辺りに住んでいる魔物なら……あ、こういうの。これとこれ、限定ね? 見つけたら、まずオレに教えてほしいな」
――分かったの! ラピスたちもケンキュウするの!
念のためにアリスを呼んで、ちゃんと確認してもらったから大丈夫のはず。
頼もしい管狐部隊が一斉に森へ散ったので、魔物が見つかるのも時間の問題だ。
上機嫌で出ていったラピス部隊を見送って、ごく少量ずつカレースパイスを包んでいく。これを持って鼻先をウロウロしてくれれば、反応が分かるはず。
鍋に入れた時に同じ効果があるとは限らないけど……適当なスパイスを片っ端から放り込むよりは、まだ根拠があるだろう。
「なんか、それで効果あるなら、鍋いらねえんじゃねえ?」
「スパイスだけで効果が高いなら、そうだろうけどね~。ところで、お楽しみの方に取り掛かってもいいかな~?!」
珍しく瞳を輝かせラキに『お楽しみ』? と首を傾げてから、思い当たった。
「ああ、休憩所? ど、どうぞ……『お楽しみ』だったんだ」
「もちろんでしょ~?! じゃあ、『都合のいい岩壁』お願いするよ~!」
「ひとまず、どこに作るんだよ……街道の方だろ?」
放っておけば、森の中にでも作りそうな勢いだ。
「ねえチャト、空から探そう!」
ぽんぽん、と叩くと、渋々といった体で大きくなって翼を広げた。
温かくて柔らかい背中によじ登ると、縞のある翼が大きく羽ばたいた。
ふわり、独特の浮遊感と共に星空の中へ飛び上がる。
眼下には、森と、草原と、あと干上がった川のように細く頼りない街道。
「どのあたりがいいかなあ。森から近すぎず遠すぎず……岩壁があっても不自然じゃなさそうな……」
『最後がネックなのよ』
『いきなり岩壁は無理があるんだぜ』
まあ、この辺りあんまり起伏がないしねえ……。じゃあ、仕方ないから巨岩にしておこうか。
毎回休憩所に巨岩があるのも変な気がするけど……いいか! 土魔法を使えるのはオレだけじゃないんだから、珍しくもないはずだ。
はたはた服を風に膨らませながら、チャトがゆっくり空を行く。
星空と、黒々した森、さわさわ光が流れていく草原。
人の気配がない、夜の世界。
冴え冴えとした、ってこういう感じを言うのかな。
ゆったり上下する翼を眺めながら、柔らかいふわふわに体を伏せる。
「……ねえチャト、夜が綺麗だね」
そうにっこり笑うと、ちらりと振り返ったチャトがフンと鼻を鳴らした。
『そうだろう』
そして、なぜか我がことのように、得意げにそう言うのだった。






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