1030 満足の結果
藪の中から、ゆっくり姿を現した魔物は、オレの知識で言うと……牛鬼みたいな感じだろうか。
3対の蜘蛛みたいな脚に、猿っぽいと言えば猿っぽい頭。全体的にデカいけど。
とりあえず、あんまり気持ちのよくない造形ではある。なんというか、オレでも食べたいとは思わない系統だね。
後ろの冒険者たちが、『エンギャク……』と呟くのが聞こえた。固まっているところを見るに、Dランクの彼らは敵わない。その後ろのCランクたちはどうだろうか。
「セデス兄さん、エンギャクって強い魔物?」
「うーん、それはどういう基準で?」
「一般に決まってるでしょう!」
誰がロクサレンに合わせるというのか。そんなことしたら、ドラゴンくらいしか強敵がいなくなるじゃない。
任せて大丈夫なら、彼らに……と思ったけれど。
「ひ、怯むな、こちらは数がいる……!」
その声音で、分かってしまう。きっと、彼らにとって相対したい魔物ではないんだな。
少なくとも、強敵ではあるということで――そう思った時、オレのこっそりシールドと同時に、セデス兄さんが動いた。
うん、こういう所はさすが。
難なく森の中から飛来した何かを弾く。これは……爪? 飛ばせるんだ。
猿っぽいからだろうか、結構頭がいいらしい。目の前の一匹が陽動、森の中から別のエンギャクが奇襲を担っていたのかな。
「アレ、一体じゃないからさ。簡単に引っかかりすぎだよ? もうちょっと周りを見ようか」
偉そうにそんなことを言ったセデス兄さんが、再び彼らの前へ出る。
「でもさ、みんなバラバラに攻撃とか逃走とかし出したら、もう守れないよ?」
「その辺りは、ユータがなんとかするでしょ」
「ちょっと?!」
ひとまず、横合いから来る攻撃をいちいち弾きに行けないので、セデス兄さんに耳打ちしてシールドを張っておく。
「シールド! はい、これで君たちは大丈夫だから。決してそこから動かないこと」
もう……もう少しこう、効果ありそうな感じでやってほしい! それじゃあ、信頼度ってものがないよね?!
セデス兄さんの腕の中から身を乗り出し、にっこり微笑んでおく。
「え、えっと、セデス兄さんのシールドは強力だから、そこでじっとしていてね? シールドを出ちゃダメだよ?」
え、とか、あ、とか聞こえた気がするけど、ひとまず大丈夫だろう。
「何体いるのかな~? 3体くらい?」
「今のところ、それで合ってるよ。でも、もう夜だしエンギャク以外も増えてこない?」
つくづく不思議。なんで魔法を使わずに、何体いるかまで分かるのか。
「魔物寄せ使わなくでも、ユータがいればいくらでも寄ってきそう……」
「そんなことないでしょう?!」
え……あるのかな?! 美味しそうだから? それとも漏れ出す生命の魔素が、そんな効果を?!
『主、なんてはた迷惑な……』
『彼らも、天然魔物寄せだとは露しらず……かわいそうね』
『僕が出れば、魔物は減ると思うんだけど……』
シロだけが、優しく対策を考えてくれている。
両肩のモモとチュー助をじとりと見たところで、ぐんと体が動いた。
「ふふっ、剣を使うのは久しぶりだね」
鋭い音が2回、そして、3つめの爪をひょいとかわす。
おお……エンギャク、まさかの連携攻撃するんだ。偶然かもしれないけど、ほんのわずかな時間差攻撃……結構イヤなヤツだ。
エンギャクはセデス兄さんが手強いとみなしたのか、少し体勢を低くする。
ひゅ、と大きな体が思いのほか素早く右へ。余裕でついていく緑の涼やかな瞳が、少し細くなる。
「どこが素材だったかな……」
「危ないっ!」
セデス兄さんの声、冒険者さんたちの声、藪が鳴る音。
そして、ドンとエンギャクの胴が落ちる音。
ヒッと悲鳴が聞こえた気がするのは、たぶん気のせい。
色んな音と声が重なる中、切ったエンギャクを振り返りもせず、セデス兄さんは正面に一体を捉え続けている。
うまい作戦だ。正面からの一体が飛び掛かると見せて、脇からの一体。魔物とは思えない連携。
『いつも力業ごり落しの主とは違うんだぜ!』
『スマートね……全然そういう見た目じゃないのに』
双方に失礼なんですけど! どっちかにしよう?! いや、その場合魔物側にしてほしいわけだけど!
「一体倒しちゃうと、連携が物足りなくなるよね。じゃ……行くよ」
……残念、とでもいいそうな顔はやめてほしい。カロルス様じゃあるまいし。
ふわ、と長い髪がそよいで――それで、勝負は決まった。
真っ二つになった胴から、微かにパチッと雷光が弾けている。
速い、ね。カロルス様が比較対象だと分からないけど……オレはこれを避けられるだろうか。
崩れ落ちるエンギャクの傍ら、むんずとオレを掴んだセデス兄さんが、無造作に投げた。
「え、ちょっ……?!」
「それは、あげるよ」
それは今まさに大ジャンプで飛び掛かって来たエンギャクと、ばっちりぶち当たる軌道で。
「いらない、ですけどぉ?!」
全然戦闘のつもりなかったのに! 空中で振るわれた鎌のような爪をかわし、トゲのある脚を蹴って上へ。セデス兄さんが使ってる体だもんで、オレ今魔法使えないんだから! こんな魔物、短剣で相手しにくいのに!
「これ、猿?! それとも蜘蛛?!」
猿メインでありますように、と祈りながら空中で一回転して回り込み、両の短剣で一つの大きな太刀筋を描く。
思ったよりも深く入った一撃は、着地と同時にその頭を地面へ転がした。
「うわわわわ?!」
「うん、どう見ても蜘蛛メインだもんね」
呑気なセデス兄さんの声をバックに、頭のない蜘蛛が、ザク、ザクリ、と地面に脚を突き立てる。
たぶん、もう『生きている』状態ではないだろうけども。虫系は、これだから……!!
仕方ない。よく動く前脚二本だけでも……!
「やっ! はっ!」
二回飛んで、二回鈍い音がする。
攻撃手段の潰えた蜘蛛は、しばらくゆらゆらした後、ゆっくり横たわって脚を縮めた。
「はい、お疲れ~」
「お疲れじゃないよ、なんでオレに渡したの?!」
「一人占めしたらダメかなと思って」
ものすごくいらない遠慮! 見てよ、セデス兄さんだけならともかく、オレまで戦闘しちゃったから。
ちら、と見た冒険者の皆様が、魂の抜けた顔をしている。
そっとセデス兄さんに両手を差し伸べ、抱っこ体勢に戻る。大丈夫、オレはか弱い幼児。
さっきのは混乱から見てしまった幻覚だよ。
「今さらだと思うけど。まあいいや、帰ろうか」
にっこり微笑むセデス兄さんに、冒険者さんたちが呆けた顔で頷いてついてくる。
「あの、あなた様は……?」
ややあって、恐る恐るかけられた声に王子様が苦笑する。
「ここで、偽名を使うわけには……? もしくは、どこかの貴族を語るという手も……」
「無理でしょう。どうせバレるよ」
まあいいんじゃない、次期領主として、概ねいいことをしたんじゃないかな。
オレのにっこり笑みを受けて、溜息を吐いたセデス兄さんが渋々答えた。
「できれば覚えておいてほしくないけど、セデス・ロクサレン」
「ロ、ロクサレン……!! あの……!」
ごくり、喉の鳴る音を聞いた気がする。
オレは新たなロクサレントンデモ伝説に、セデス兄さんがばっちり入って大満足だ。
ふんわり微笑んだセデス兄さんが、優雅な仕草で人さし指を唇に当てた。
「……いいね? 僕は忘れてほしいって言ってるよ?」
ガクガクと頷く冒険者さんたちが気の毒だ。あの、でもその人はロクサレンの中だと、まだマシな方だから……。
ものすごく静かな冒険さんたちを気遣いながら、オレたちは襲い来る魔物たちに多大な迷惑をかけつつ、森を抜けた。
そして、こうなると放って帰るわけにもいかず……。かといって高速シロ車でひとっ飛びというわけにもいかず、ゆっくりスキップのシロ車(大)でぼちぼち帰る羽目に。
草原といえども、この時間に獲物満載のシロ車は素晴らしいご馳走らしい。
「いやー思いのほか魔物って出てくるもんだね。さすがユータ」
ふふふ、と笑うセデス兄さんと、顔色の悪い彼ら。
「オレのせいじゃないよ?! それにしたって魔物多くない?! そりゃあ、救援もいるよね?!」
段々と、シロ車に冒険者の人数が増えていくのだけど! みんな、無理そうならちゃんと帰ろう?!
「よーし、火魔法とか使っちゃおうかな、せーの!」
「ええ?!」
セデス兄さんが手のひらを向けた先に、咄嗟にファイアを発動させる。咄嗟で調整がきかず、思いのほか草原が燃え上がった。
「あらら、やりすぎた。水っ!」
「も~~~!」
結局、セデス兄さんは回復もシールドも魔法も使えることになったけど、いいんだろうか。随分楽しそうだけど。
……だけど、オレは知らなかった。
やたら出てくる魔物を片っ端から屠るセデス兄さんは、結構各方面から目撃されていたことを。
当然、噂となることを――。
剣と多彩な魔法を使いこなす、『伝説の勇者』が現れた……と。
そして、それを聞いたオレが、大変満足の笑みを浮かべることを。
カレンダー見間違ってて、前回投稿日間違えてましたーすみません!!






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