1028 兄と弟
「おなかもいっぱいになったし、まだ時間あるね。これからどうしようか」
どこへともなく歩きながら、セデス兄さんが呟いた。
「セデス兄さん、そんなんじゃダメだよ。今日はオレだからいいけど、デートなら、綿密な計画をたてておくべきだからね?」
「あれっ?! 僕が計画たてる側だったの? 僕、てっきり僕がもてなされる側だと思ってたんだけど」
そういえば、そうだったかもしれない。
でも、ほら、オレって弟だから! つまり、兄に任せていても許されるはずだ。
……ただ、セデス兄さんの計画はきっと碌なことがない。無計画の方がまだマシというものだ。
「……なんでだろうね、かわいい僕の弟は、やたら僕を低評価するような……」
「気のせいだよ、ちゃんと適正評価してるから!」
けして、低く見積もっているわけではないと、にっこり笑う。
『この弟にしてこの兄ありなんだぜ!』
『おかしいわね、血の繋がりがないはずなのに……』
余計なことは耳に入れないようにしながら、さてどうしようかと考える。
オレたちはこういう時、どうするか……。
「ギルドでも行く? あっ、セデス兄さんは冒険者じゃないのか」
「どうしてギルドに? うん、僕は貴族だからね~さすがに」
カロルス様はさておき、普通は貴族って冒険者はやらない。つまり、ギルドも依頼をしに行くときだけ……じゃないよね。そもそも依頼をするのも執事さんやメイドさんだから、そもそもギルドに行く機会がないのか。
ちら、と見上げると、案の定セデス兄さんの瞳がキラキラしている。
「いいね、ギルド。さりげなく冒険者のフリして行こうか! ユータが冒険者のカード持ってるから、何の問題もないよね!」
「うん……そもそも、別に冒険者以外も普通にギルドには入るよ?」
そしてセデス兄さんが『さりげなく冒険者のフリ』できるわけないでしょう。どこからどう見てもキラキラしい。もしかしてカロルス様も、おひげがなくてツルツルだったら、お貴族様感が出てしまうから敢えてだらしない無精ひげなんだろうか。
『スオー、そんなわけないと思う』
常にカロルス様のおヒゲに興味津々の、蘇芳の言うことだ。きっと間違いない。
「じゃあ、適当にギルドを見て、多分いい依頼なんて残ってないから薬草でも採りにいく?」
「いいね! 薬草採り!! 僕、一回やってみたかったんだよね!」
……オレは分かる。なりたて冒険者、という感じの薬草とゴブリン。でも、多分一般にはその楽しそうな感じ、理解されないと思うよ?
「でもセデス兄さん、冒険者ではなくても特訓とかあったんじゃないの? 薬草採りやゴブリン討伐はしなかったの?」
貴族学校ではないかもしれないけど、あのロクサレンで、あのカロルス様にあのエリーシャ様で、極めつけにあんなマリーさんだよ??
ダンジョンの罠指導で、全てをぶち抜いていったマリーさんを思い出し、乾いた笑みが漏れる。
「いやぁ、もちろんあったよ。つまりね、そういう『初歩』がないってことだよね」
「ああ……そういう」
完全に理解した。多分、幼少のころから獅子が子を突き落す感じに育ったんだろうな。そこらの崖じゃなくてグランドキャニオンみたいな所から。
うん、たくましく大きくなったね。
「じゃあ薬草採りと、小物がいたら狩るって感じ?」
「そうだね。あと、せっかく魔物を寄せる料理? について聞いたんだから、それを試してみたいよね。ユータは調理器具持ってるでしょ?」
「それは持ってるけど、材料は? 作り方って教わったっけ?」
はた、と足を止めたセデス兄さんが、顎に手を当てて空を見上げる。
オレも、どんな情報をもらったんだっけ、と腕組みして地面を見つめる。
「「…………」」
そろり、と見上げた視線と、見下ろした視線が絡んだ。
そう、だよね。目と目で会話して、ぎこちなく笑う。
「……僕、戻ろうかなって……思うんだけど」
「そうだね、それがいいなってオレも思うよ」
うふふ、と微笑み合ったオレたちは、足早に鍋底亭へ引き返したのだった。
◇
『――ポンコツも二人いれば、少しマシになるのね!』
『そうか? 輪をかけた可能性も……』
気付いたなんて快挙だと喜ぶモモと、相変わらずオレに冷たいチャトのセリフに頬を膨らませる。
……気付いてたんなら、言ってよ?! どうして黙って今か今かと待ち構えてるの!
『スオー、それも学びと思う』
もっともらしいこと言ってるけど、本当に?! 疑いの目を向けつつ、溜息を吐く。
あれからそそくさと鍋底亭まで戻って、本来の目的を果たしてきた。
何食わぬ顔で戻ったけれど、プレリィさんたちの生暖かい視線が忘れられない。
ちょっぴり傷ついた心を抱えながら、もう傾き始めている空を見上げた。
「思ったより遅くなっちゃったね。薬草は、また今度にする?」
「うーん、じゃあ今日のうちに、必要な材料を集めておく?」
「うん! ついでにオレも足りないものがないか、確認しようかな」
必要な材料、大体食品としてお店に売ってある。一部は外へ採りに行った方が早いものもあるけれど。
「お買い物、だね。さあ、おいで」
にこにこしながら両手を差し出され、首を傾げて両手を取った。
「違うよね?! 抱っこだよ?!」
「え、どうして?」
不審な目をすると、セデス兄さんが眉尻を下げる。
「どうしてってどうして?! 父上とか母上には抱っこされてるじゃない?! 僕の膝にだって来てくれるでしょ?!」
「あれは、その……家だから! ちゃんと甘える約束でしょう!」
「うん、だから抱っこ」
「ここは、外!」
腰に手を当てて見上げると、途端にしゅんとした。
「父上は抱っこしてるのに……。いいじゃない、僕だって」
がっくり項垂れるセデス兄さんに、仕方ないなと力を抜いた。
「もう……オレ、もうそろそろ抱っこの年じゃないからね?」
と言いつつ、カロルス様の超高層抱っこは捨てがたい。あれはまた、別格。
渋々両手を差し伸べると、花の咲き誇るような笑みを浮かべ、王子様がオレを抱き上げた。
「ふふふ……かわいいな。ずっとこのサイズ感でいいのに」
「そんな不吉なこと言わないで?!」
サラ、サラ、歩くたびに流れる髪が、オレの頬や首をくすぐる。カロルス様のややクセのある髪とは違って、セデス兄さんの髪はエリーシャ様と同じサラサラだ。
そのうち飽きて下ろすだろうと思ったのに、にこにこしながら歩くセデス兄さんは全然そんな気配がない。
あの、もう買い物も終わったんだけど。いつまで抱っこなの?
こんな優男でも、しっかり鍛えているんだなと否応なく感じる。
「いいね、みんなに見せびらかせるのって最高」
「うーん、多分セデス兄さんを見てるんだと思うけど」
だから余計に嫌なんだよ。カロルス様だと迫力もあるし、あんまりじろじろ見られないもの。むしろ、人が避けて道ができていく。
「今日は、僕の宿に一緒に泊まる?」
「泊まらないよ?! 家でも一緒に寝てないでしょう……。そもそもどこに向かってるの?!」
「えっ、外だけど? 外で採る材料もあったよね」
そうだけど……もうすぐ暗くなるよ? 貴族の人が護衛も連れずに、うろうろしてちゃダメなんじゃない? また、悪党の皆さんに迷惑がかかるよ。
でも、いいか。悪党だし。
雑にそう考えて、オレたちはチラチラ見る門番さんの視線を感じつつ、町の外で野草摘みに出かけたのだった。






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