1023 重要任務
執事さんが、少し困った顔で笑った。
「ええ、お恥ずかしいですが、特に幼い子は……私の『中身』を感じてしまうらしく。恐ろしく嫌われてしまいますので」
「オレがいたら、安心するかもしれない?」
「ええ、怪しい男の思惑には従わないかもしれませんが、ユータ様がいればあるいは、と」
「そっか、なるほど!」
どっちにしろ、貴族に依頼されたら孤児院側としては断ったりできないだろう。子どもたちだってお金がもらえるならやるだろうに、その心情まで考えてしまうところが、執事さんだ。
なんだろうね、本当に厳しくて……決して優しくない判断もできる人だけど。でも、どうしてこういう面を持ってるんだろう。きっと、それが彼を辛くするのに。
オレは、筋張った手を握って、思ったよりビクっと引いた手を逃さず捕まえる。
「だけどオレ、執事さんのそういう所、大好きだよ!」
きっとそれがあるから、彼は悪者にはならない。……苦しくは、あっても。
にっこり笑うと、微かに揺れた銀灰色が困惑する。
「『だけど』とは……? そういう所……?」
「あ、全部説明する? いいよ!」
「いえっ! いいえ、結構です……! ユータ様、勘弁してください……」
即座に断られ、むくれながら笑う。
大丈夫だよ、今の執事さんなら、きっと怖くないから。
仮面のような好々爺でもなく、冷酷無比な裁定者でもなく、だけど、それらもちゃんと含んで一人の執事さん。だってほら、1年だって春夏秋冬あるじゃない。そういうものだよ。たぶん。
それよりも、オレの方が孤児院の子に馬鹿にされたりしないだろうか。
ちょっぴりそんな不安を抱きつつ、久々に執事さんと馬車に乗ったのだった。
ヤクス村に孤児院はないので、ロクサレン地方で一番大きい孤児院まで、馬車に揺られることしばし。
「ヤクス村には孤児院がなくていいの? 結構人が増えてきたけど」
「ええ、孤児が出ることが非常に少ないので」
「ああ……」
なんせ、Aランクがウロウロしている村だもの。しかも最近は村人自体が魔族にヴァンパイアときて、退屈した管狐部隊が巡回したりと、外敵からの防衛能力としては過剰すぎるくらいになっている。
さらには、生命の魔石(大)が埋め込まれた天使像と、オレ。マイナスイオンよろしく、生命体にとって良い魔素が豊富な土地になっちゃってる。何なら最近は海辺なのに作物も豊作でビックリだ。
うん、いいこと……だよね?!
これは決して、オレのやらかしなんかではない。
さっさと話題を変えようと、引きつった笑みを浮かべた。
「えーっと、今回は実際の指導ってことだよね?」
「ええ、既に私共と院長の話は済ませてあります。子どもたちへ指導の段階です」
「それならメイドさんだし、怖がられないんじゃないの?」
小首を傾げると、執事さんが苦笑して首を振った。
「何か感じるものがあるのでしょうかねえ、物心つかないような子の方が、怯えて怯えて。それを見て年長者が不信感をもつという具合でして」
そうなんだ……? どうしてだろう。そのために一緒に来ているだろうメイドさん二人を見上げた。マリーさんではないし、大丈夫じゃないかな。
穏やかそうな二人は、きっと子ども受けがいいだろうと選定されたのだと分かる。
おっとり顎に手を当てた一人が、困った顔をした。
「私、子ども好きなんですが……なぜでしょう。きちんと、血の匂いだって残らないよう、入念に洗い流してまいりますのに」
頷いたもう一人も、悩まし気な溜息を吐いた。
「私も、傷でもありましたら、きっと怯えられると思いまして、そういう所も気を使ってるんです。直前の『仕事』では決して傷を負うことのないよう、必殺・瞬殺に努めてますし……」
……うん、まあ、うん! それ自体悪いことでは、ないよね! たぶん。
「で、でも、普通に接してるんだよね? 気配を殺して近付いたり、周囲を威圧したりしてないでしょう?」
「「えっ」」
「えっ」
心底驚いた顔で見つめ返され、もう一度『えっ』と声が出る。
「あの、まさかそんなことしてる……? 孤児院で?」
「いえ、気配を殺すのはもはや息をするのと同義でして……全く盲点でした」
「もちろん、お子たちに威圧はしておりませんよ?! ですが、ロクサレンとして舐められるわけにはいきませんから、多少は」
うん……それじゃないかな。威圧ってね、自分に向けられてなくても何となく感じるよ。
ちら、と執事さんを見上げると、諦観の笑みが返って来た。
「すみません……少しばかり、メイドの教育方針が偏っておりまして」
「そうだね……」
だいぶ、偏ってるね。そう言えば、メイドさんたちって暗部を潰した時に引きとって来た人だったりするんだっけ……。
これは、中々先が思いやられる……。
思ったよりもオレの役割が重要らしいと、ひそかに気を引き締めた。
――そう、思っていたのだけど。
オレは、ぼうっと頬杖をついてその光景を眺めていた。
「うわあ、こんなに手触りがいいの?! すごい!」
「きゃあ、くすぐったい! 舐めちゃダメだよ!」
「僕も! 僕も乗せて!」
きゃあきゃあと絶え間なく響く、華やかな歓声。
ほっぺを真っ赤にした子供たちが、きらきらした目で群がっている。
『大丈夫、ぼくは逃げないから、ゆっくりね! 危ないよ』
山のように子供を乗せたシロが、慎重に歩いては、そうっと腹を見せて寝転がる。小さな手に散々かき乱されながら、水色の優しい瞳がきらきらしている。
ぱふぱふ絶え間なく揺れるしっぽに叩かれ、子どもたちがきゃっきゃとはしゃぐ。
すごいなあ……。シロ人気は、いつだって凄まじい。
幸せが伝播していくようで、何の役にも立っていないオレまでにこにこしてしまう。
もはや、執事さんやメイドさんを怖がるとか、そういう段階じゃない。
オレも含めて眼中にナシだ。
ちょっとした仲良くなるきっかけになれば、と思ったんだけど。
「シロは凄いですね、私たちとは真逆です」
「う、うーん。これは、シロにしかできないよ……。シロは『幸せ』のかたまりだもの」
すごいよね、と執事さんに同意したところで、ふっと笑われた気配がする。
見上げた執事さんは、失礼、と言ってオレに視線を落とした。
「私にとって、ユータ様もそのようなものです」
細められた銀灰色の瞳が、水中の月を見るようで、オレもくすくす笑う。
「そう? じゃあ、お手軽に手に入れられるね!」
どうぞ! と膝に乗り上げ、その手を取って頬を寄せた。
いつまでたっても柔らかいオレのほっぺ、シロの毛並みには勝てないけど、いい線行ってると思うんだ。
「いえ、その、失言で……いいえ、失言ではないのですが、その」
幼児に狼狽える執事さんは、どうやらバッチリ子どもたちにも見られていたようで。
それ以来、子どもからの扱いは随分変わったらしい。
『むしろ積極的に寄って来られるようになりまして、それはそれで困っているのですが……』
なんて。だからオレは、とびっきりの笑みを返しておいたのだった。






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