1022 マリーさんの苦行?
まだ、首筋に柔らかい被毛の感触が残っている気がする。
昨日はたっぷりルーのところでごろごろして、最近の慌ただしさですり減った何かが補充されたみたい。
満ち足りた気分であくびして、ぬくぬくした朝の光を浴びる。
「ムッムゥ~」
「おはよう、ムゥちゃん」
いつもご機嫌なムゥちゃんが、朝シャワーを浴びながら手を振ってくれる。
ラキ作、半自動水やり器もとい、ムゥちゃんシャワー。
生命魔法水入りのお水をたっぷり補充しておけば、ああして自分で取っ手を引いてシャワーを浴びられる寸法だ。
鼻唄を歌いながら方々を擦る様が、ちょっぴりオッサンくさいなと思わないでもないけど、無垢なはちみつ色の瞳が全てをカバーしている。
時々、ティアもムゥちゃんシャワーのおこぼれに与っているらしく、もう少し大きなタイプの設置を検討中だ。
一応、タクトとラキのベッドを覗いたけれど、いるはずもない。
タクトなんて、いなかった間のテストをクリアするために半泣きで頑張っているし。
「さあ、オレはどうしようかな」
言いながら、もう目的地は決まっている。
枕元に設置したラキ特製祭壇を眺めて笑った。所狭しと一塊になった、オレたちのぬいぐるみ。
ここに、もう一つ加えてもらわなきゃね!
さっそくロクサレンへ転移して、ぬいぐるみ部屋と化している一室へ向かった。
マリーさんはどこにいるか分からないけど、呼んだらすぐに来てくれるだろうし。
扉を開けると、そこはまだ賑わいを見せていた。
「あ、マリーさん!」
「ユータ様! 今日は一番にマリーに会いに来てくださったのですか?!」
う、うん……確かにそうなんだけど、どうして分かったんだろう。
ぎゅうう、と中々力加減的にヒヤヒヤするハグを受けながら、首を傾げた。
「ユータ様? 何かご用事でしたか?」
マリーさんと話していたらしい執事さんが、さりげなくオレを救出しながら微笑んでくれる。
「うん、あの……ルーのぬいぐるみを作ってほしくって」
「それは……神獣様では? 作ってよいものですか?」
「ダメって言わなかったから、いいと思うよ! でも、オレの分だけ! 他の人には渡せないけど」
「そうですね……その方がよいと思います」
苦笑する執事さんの傍ら、マリーさんが目を輝かせている。
「もちろんです……!! マリーの作ったぬい様が多ければ多いほど、マリーもおそばにいるような心地がいたします!」
そ、そう……? そう言われると、ちょっとなんだか……ためらう気持ちが出て来ちゃうんだけど。
「じゃあ……オレがこれだとすると、ルーはこのくらいで――」
オレぬいぐるみを手に、大きさから雰囲気などをなるべく詳細に伝えてみる。
ふんふん真剣な顔で頷くマリーさんが、普段と違って随分頼もしく見えた。
「――他に作るべき方はいらっしゃいませんか?! このマリー、この手で叶えられるユータ様の願いは、全て叶えたいと思います!!」
大体の願いがその手で叶えられそうだから、あんまり張り切らないでほしい。面倒なので世界ごと入手いたしました! なんて言われたらたまらない。
「じゃあ……チル爺たちはどう? 小さめになっちゃうから難しいかもだけど。でも、チル爺たちにプレゼントしたら、すごく喜ぶと思うんだ」
サッとメモを取り出したマリーさんが、しっかり書きつけてくれているよう。
「特徴がしっかりしておりますから、造作もありません。他はありますか?」
「あとは、エルベル様! オレのぬいぐるみも、持って行ってあげようかな。他には……ナギさんとウナさんだけど、マリーさんは二人を知らないもんね」
ナギさんはともかく、ウナさんはナギさんぬいぐるみを渡したら、顔を真っ赤にして喜びそうだ。
「海人のお二人ですね? 正確なお顔は分かりませんが、ぬいぐるみですからね。ユータ様からある程度、お色などうかがえれば作れますよ」
「本当?! じゃあ、お願い!」
シャラは……さすがに容姿を伝えると、よくない気がする。ものすごく『王都の精霊色』だし。
そうなるとむしろ、オレぬいぐるみを持って行くのはアリかもしれない。
そっか、オレぬいぐるみ、中々会えない人に渡すのもいいね。いっぱいあるんだし。まあ……もらっても困るかもしれないけど。
渡したい面々を思い浮かべて、くすっと笑う。
「あ……」
ふと、思い当たった人を口にするかどうか、ちょっとためらった。
「どうしました? 他にもいますか? このマリー、ユータ様のお願いなら如何様にも! ドラゴンの姿焼きだって持ってまいりますよ!」
やめてね?! そんな世紀末な贈り物。
「でも、マリーさん嫌だって言わない?」
「当然です! ユータ様のお願いに嫌だなどと!」
「……アッゼさんでも?」
マリーさんがぴしり、と浮かべた笑みを強張らせた。
ほら、やっぱり。
他の人に作ってもらう手もあるけど……でも、アッゼさんはマリーさんの手作りが欲しいだろう。
「やっぱり、だめ?」
嫌々作られるぬいぐるみだってかわいそうだ。
ほんのり残念感を漂わせながら見上げると、マリーさんがうっと呻いた。
「と……とんでもございません! このマリーに二言はありません。もちろん、お作りしますよ! あの魔族ですね!」
「うん! ありがとう! できれば3体作ってもらえると嬉しいんだけど……」
「了解いたしました……必ずや、やり遂げてみせます……!」
そんな覚悟いらないよね? 他のぬいぐるみと同じ気合でお願いしたいけど。
やっぱり、ある意味アッゼさんだけ『特別』だよね。
マリーさん、アッゼさんのこと嫌いじゃないと思うんだけどなあ……。
「私は、これより心頭滅却の滝行を行いたいと思います……」
「どこで?!」
普通に! 普通に作って!!
それこそ、何かが宿りそうだから!
思い詰めたような顔で出て行ったマリーさんを見送って、執事さんを見上げた。
「オレに用事?」
忙しい執事さんが、じっとここにいるのは、きっとそういうことだ。
微かに笑った執事さんが、はい、と頷いた。
「実は、今日あたり孤児院へ行こうと思っているのですが、折よくユータ様が来られましたので……。もし、お時間がありましたら、ご一緒いただけないかと」
「ぬいぐるみのお話? もちろん! そうしたら、差し入れのお菓子もいるよね!」
「ジフに伝えてありますので、ある程度準備しております」
さすが、抜かりない。
でも、ひとつ疑問だ。
「どうしてオレを連れて行くの?」
オレが発案者だからかな、と思ったけれど、今まで色々あったけどオレが説明に行ったことはない。
だから今回も完全お任せかと思っていたのだけど。






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