1016 存在がフラグ
なんか、ちょっと森を出て付近の散策でも――そう思っただけのはずだったのに。
でっかでっかハンバーグを食べて、豪華な野営をやって……平和で幸せなひとときを堪能したかっただけだったのに。
「……なのに、どうして大規模山賊狩りなんかやってるんだろう」
『主! こういうのは考えたらダメなんだぜ! ハートで感じるんだぜ!』
『そうなんらぜ! ハートで考えるんらぜ!』
ハートで考えて山賊狩りになる人物は、結構危険だと思うけど。
オレは埋まっていた山賊を一気に掘り返しながら、ぼやいている。
どうやら、何かしらの祟りがあるんじゃないかって、お仲間には助けてもらえなかったらしい。
きっと彼らのトラウマになっているだろうから、シロはオレの中でお休みしていてもらう。
憔悴しきった山賊たちに、泣きながら感謝されて複雑だ。
「Cランク……じゃねえよな、お前ら」
じっとりした目を向けてくるディードさんに、にっこり笑って冒険者証を掲げてみせる。
間違いなくCランクです!!
「だから、言っただろ。とんでもないって」
ほら見たことか、とノールさんが得意げだ。
一晩あの地下空洞跡で過ごしたオレたちは、きっちり朝ごはんも食べてからここへ戻って来ていた。
そもそも、ノールさんたちのお仕事は山賊と魔物事故の解明、そして可能なら山賊の捕縛だからね。
さすがに、じゃあ頑張って~と見送るのもアレなので、こうして手伝っている次第だ。
「昨日殲滅したのに、もういいんじゃね? 二回目ってなんか作業みてえでつまんねえ」
「捕まってる人もいなかったしね~」
うん、まあそういうものでもないと思うんだけど。やる気の感じられない二人に苦笑する。
でも、間延びするのは否めない。
だって、まずボスがオレたちを見るなり悲鳴をあげて脱走を図ったし。
あの人がボスだったんだ。ごめんね、知らずに倒しちゃって。
「こんなに緊張感のない山賊狩りは初めてだなあ……」
ぼやくリーダーさんが、何となく疲れた顔で戻って来て、腰を下ろした。
総勢、何人いたんだろう。ラピス部隊がアジト内を見回っているから、取りこぼしはないはず。もしまだ残っていたら……ごめんね……諦めて。山賊の人。
「――今回、本当に助かった。命の恩人だ……何か、俺たちにできることはないだろうか」
キリッ、と引き締まった真剣な面持ちでそう言われ、オレたちは顔を見合わせるしかない。あと、ほっぺにクリームついてるよ。
昨夜、どうしてもデザートを楽しむには至れなかった彼らが血涙を流すので、こうしてお昼のおやつということになった。
つまり、朝からやってきたのに、お昼もここで食べる羽目になってしまった。
山賊狩りって結構時間がかかるんだな、なんて呑気なことを考えていたら、『君らのおかげで早々に終えることができた』なんて言われたので、きゅっと口を閉じておく。
ちなみに、昨日のデザート、もとい今日のおやつは、かぼちゃケーキのクリーム添え。お肉ばっかりで野菜がないから、せめてデザートで緑黄色野菜をとろうなんて、軽々しく考えたオレが馬鹿でした。
しっとり濃厚なかぼちゃケーキは、どっしり重量感をもって主張している。お昼を控えてさえ、なかなかの強敵だった。もちろん、クリームはほぼ甘さナシにしたのだけど……焼け石に水って感じだ。
かぼちゃの優しい甘みが、真綿でじりじり胃袋を絞めつけているよう。
すっかりデザートとの格闘に気を取られていたオレをよそに、ラキが難しい顔をする。
「そう言われても~。欲しいのって貴重な素材とか~?」
「お前が言うような貴重な素材なんて、フツーの人は持ってねえだろ」
それはそう。しかも持っていたとして、冒険者に必要ないから売っちゃう。
「オレも調味料とかだし……ここらで珍しい調味料とかないでしょう?」
何せ、オレは海人からヴァンパイア、妖精に魔族から森人まで制覇してしまった。おや、ロクサレンにますます食の全てが結集してしまいそう。
「も、もっと、普通なもので頼む……」
「あの、それなりにお金持ってるし……それじゃダメ?」
がっくりする彼らに申し訳なく思いつつ、お金ってなんとなくもらうのに抵抗あるよね……と視線を交わす。少しならともかく、きっと彼らは大金を渡すつもりだ。
でもオレたち、お金にもお肉にも困ってないんだもの。
「じゃあ、こういう時はアレじゃねえ? ツケにしておく!」
「なんでタクトがツケにするの~。でも、それでいいんじゃない~? 貸しひとつってことで~」
おお、なんて都合のいい! きっともう会うこともないだろうし素晴らしい逃げ口実だ。
『どうして貸した側が逃げるのよ』
ごもっともなモモツッコミを聞き流していると、リーダーさんが困った顔をする。
「しかし……君らは元々この辺りの子じゃないんだろう? いつ、返す機会があるんだ」
鋭い……。もうそんなの『いつか』ってことでいいのに。
「めんどくせえな、人助けって」
他人事のように呟いて考えることを放棄したタクトが、ごろりと草地に寝転がった。
おやつは、と見ればボウルに残っていたクリームまで平らげてある。
「じゃあロクサレンの応援でもしてってことで~」
同じくめんどくさくなったらしいラキが、そう言ってぱふっと寝転がった。
「どうしてロクサレン? 二人にメリットなくない?」
「あるよ~。きっと美味しいものとか、快適なものが増えると思うから~」
「確かに! ロクサレンにいいことありゃ、俺にも絶対いいことだ!」
カレーとか、温泉とか? 二人がそれでいいなら、オレは大歓迎だけど。
「じゃあ、それで。オレたち、っていうかオレはロクサレンの方出身だから。今ね、色々盛り上げようって頑張ってるところだから、ロクサレン関連の何かがあれば応援して!」
「な、何かってなんだ……?!」
「ロクサレンって、『食のロクサレン』か! なるほど、どうりでこんな美味い飯が……」
……こんな所まで『食のロクサレン』が広がっているとは。
ひとまず、納得したようなしていないような顔をする彼らには、笑顔で頷いておいた。
色んな諸々は、オレのせいじゃなくてロクサレンのせいだから。全てを押し付けられる相手がいるって素晴らしい。
日が暮れるまでに山を下りると言うので、麓まで一応見送って、手を振った。
せめて何か奢る、と言ってくれたのだけど……丁重にお断りしておいた。
「んー、だってお前の飯の方がいいしな……」
こっそり呟いたタクトのセリフに、全てが詰まっている。
「さて、僕たちはどうする~?」
オレンジ色の日が沈むのを見ながら、オレたちはのんびりシロ車に揺られていた。
「なんだか、森を出てまだ数日なんだよねえ」
プレリィさんを迎えに行くには、きっと早すぎる。
どうして、こう日々が濃くなってしまうんだろうか。
「じゃあ改めて、のんびり豪華野営を……」
「いやあ、やめた方がよくねえ? また何か起こるだろ」
「だね~。忙しくなる予感しかしないよ~」
そんな予感を口にするから、現実になるんじゃない?! やめてよ、そんないわゆる『フラグ』ってやつを立てまくるのは。
『もはやそれもフラグの気がしてくるわ……』
『主は存在がフラグなんだぜ!』
チュー助、フラグなんて知らなかったはずでしょう。余計な言葉ばっかり覚えて……。
「じゃあさ、明日はもう何もしないってことで、お昼寝日和にするのはどう?! 騒動続きだったんだから、そういう日も大事だよね!」
「またそういう……」
「あ~あ」
拳を握って力説すると、みんなからは特大の溜息が返って来たのだった。






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