1014 経験豊富
「……ひとまず大丈夫かな?」
ちょっと、怖かったけど。
だって、怪我や障害と違うでしょう。これを回復魔法でなんとかできるの?! って……少し思ったから。
こういう時、前世の知識があってよかったと本当に思う。
記憶は薄れても、知識は財産として保たれている。
密閉空間で倒れるなら、低酸素よりまず二酸化炭素中毒だろうって思って……。万が一、他の有毒ガスならティアが反応するはずだし。
だったら、回復魔法じゃない! 直観的に使ったのは――血中の毒物を取り除く、解毒と浄化の魔法。ルーたちに使ったものに近いかも。
もしかすると、よくわからない『魔法の力』で回復魔法でも助けられたのかもしれないけれど。でも、ひとまず効果があって良かった。
人知れず奮闘していたオレは、ホッと息を吐いた。
「それで、他の奴らは?!」
「上、だ。根があったから……わずかにでも、空間があるかもと思ってな」
「上……? あれか!」
天井付近の岩壁に、わずかに出っ張りがある。すぐさま駆け上ったタクトが、二人抱えて飛び降りて来た。
「……う」
背の高い女性と、細身の男性。ごろりと寝かされた拍子に眉根を寄せたから、少し症状は軽そう。彼の読みは正しかったのかもしれない。
「回復、するからね!」
ざっくりした回復と違って、解毒兼浄化は少々難しい。
一人ずつじゃないと……!
幸い二人はまだ余裕がありそうなので、まずは女性を回復。意識を取り戻したところで、次の男性に取り掛かった。
「ノール! 死ぬかと思ったわよ?! おっそいのよ!!」
「すまん……」
ただただ項垂れて、それでも嬉しそうなノールさんに、ラキが横合いから口を挟んだ。
「しょうがないよ~。瀕死だったからね~」
「記憶、戻って良かったな!」
遠慮のない物言いが、本当に仲のいいパーティなんだと感じさせて、汗を垂らしながらオレも口角が上がる。良かったよ、本当に。
「えっ?! 大怪我? まさか、潜入がバレて……?」
「記憶ってどういうことだ。つうか、まずお前ら誰だ?? 何なんだこの、規格外超絶回復チビ助?」
変な名前で呼ばないで! ラピスが覚えてしまうから!
『あうじ、かかくがいちょーぜちゅ回復なんらぜ!』
ああっ、こっちも余計な知識が……。素敵な言葉だと勘違いしたアゲハが、きらきらした目で褒めてくれている。
そんなことを考えていたからだろうか。
ちょうど、男性が目を開けたとほぼ同時、ラピス通信が入った。
――ゆーた、接敵なの! アヤシイ動きを感知! 超絶迎撃モード発動するの!
ああ……やっぱり拾ってしまった。……じゃなくて?!
「待ってラピス、どこに――」
――砲撃準備、てぇーー!!
あっ……。
「モモ!」
『そうね……いるわよね。シールド』
ドゴゴッと間近で響く、爆撃音。
「きゃあっ?!」
「なんだ?!」
お腹に響く振動を感じながら、きっとこれは山賊の攻撃、と信じることにした。
ラピスたちは、迎撃しているだけだから。
「くそっ……なんだ?! チビ共、俺の下へ――」
大地が揺れる中、ディードさんがオレたちに手を伸ばす。
「あ、お構いなく~」
「シールド、あるぜ。つうか、根っこがあるなら、そんなに深くねえよな。ぶん殴ったら穴空かねえかな」
揺れの最中、あまりに落ち着いた様子に、緊張の面持ちだった大人組がきょとんと呆けた。
オレの方は、全然落ち着いてないけどね?! 冷や汗ダラダラだよ?!
「う、うん、ちゃんとシールド張ってあるから! あの、当面は大丈夫だから! お、オレがちゃんと頑張るから!」
「そうだな、責任もってな」
「どうして僕らを攻撃したの~? 謀反~?」
怖いこと言わないで?! ラピス部隊が謀反を起こしたら、世界の地形が変わりそうだよ?!
そしてどうして何も言ってないのに、原因を特定してるんだろうか。この二人は。
怒涛の轟音からしばらく、もうもうと地下空洞内に舞い上がった土煙から、まだ空間が残っていることにひとまず安堵した。
シールドは半分埋まっているけれど、完全なる生き埋めは防げたよう。
……まあ、そこにどのくらい意味があるかは分からないけど。
――ユータ、残念ながら遅かったようなの。
遺憾です、と言わんばかりのラピスの声が聞こえる。決して、こっちには姿を見せないままに。
――敵の殲滅はなし得たの。でも、敵も猿なの。本懐を遂げられてしまったようなの。
それだと普通の悪口だね。さるもの、で良かったと思うよ。
薄々結果を察しながら、一応尋ねておく。
「つまり? 敵の本懐って?」
重々しいラピスの答えが返ってくる。
――敵は……出入口の破壊をろくろんでいたようなの。まんまと、してやられたの。でも、殲滅はしたの!
そっかあ……。殲滅は、別にしなくても良かったんだけどなあ……。
本当に山賊が出入口を塞ごうとしていたとして、多分彼らにできたのは石やら何やらで塞ぐくらいかなあ……。
それに比べて、随分念入りにしっかりバッチリ塞がってしまったねえ……。
地図魔法で確認する限り、もはや通路自体が消滅している。今、ここにある空間で全て。
はあ、と溜息を吐いて、モモシールドの狭い空間内にいくつかライトを浮かべた。
強張った表情の、大人組が見える。
崩れた拍子に、良さげな鉱石が出てきていないか、目をぎらつかせているラキが見える。
空腹のあまり、腹をさすってぼんやりしているタクトが見える。
「あのーご、ごめんね……。ひとまず、無事でよかったね!」
何とかにこっとしてみせると、回復したばかりの男性が口を開いた。どうも、この人がリーダーのよう。
「なん、で謝ったんだ……? この状況で、どうしてお前たち、そんなに落ち着いて……? ノール、彼らは一体……?」
3対の視線が集中し、ノールさんがぶんぶん首を振った。
「い、いや、俺も知らない! ただ、とんでもない子どもだってことくらいで……けど、ここまでとは!!」
「それ、ちょっと前にも言ってなかった~?」
すかさず入ったラキのツッコミにも反応せず、大人組がまじまじとオレたちを見る。
「あ、怪しい者じゃないよ?! 普通のCランクだから!」
「普通じゃねえってことくらい、俺は分かってるけどな? とりあえず、腹減った……」
「同じく~。早く帰ろう~」
どうやら、お目当ての鉱石はなかったらしい。早々に興味を失ったラキが、オレを急かす。
「帰ろうって、君らは脱出方法があるのか?!」
「もう、どこにビックリしたらいいのか分かんないけど! とりあえず、出られるの?!」
混乱の収まらない3対の視線が、期待をはらんでうっすら輝く。
「そうだね~このくらいの深さなら余裕~?」
「いけんだろ! 問題は、腹減ってるってことだな」
「うん、出られると思うよ!」
同時に答えたオレたちに、ノールさんが、どこか慄くような顔でオレたちを順繰りに見た。
「なぜ……? なんでこんな状況で落ち着いてる? 対処法がある?」
苦笑したラキとタクトが、顔を見合わせる。
「……俺ら、よく埋まるもんな」
「だね~。生き埋め経験豊富だよね~」
オレは思わず満面の笑みを浮かべた。
「オレと一緒だね! オレの場合は誘拐経験豊富って感じかな!」
だけど、返って来た二人の視線は、想像と違って随分と生ぬるかったのだった。