1013 地下空洞
「どうして、急に記憶が戻ったの~?」
ラキの問いかけに、心ここにあらずだったノールさんが、初めてオレたちに気付いたような顔をした。
「あ、ああ……。分からないが……『仲間』と言われた時に。その時に、物凄い不快感と怒りが湧いた。それで……か?」
そっか。ノールさんにとって、その言葉はとても大事なものだったんだね。もしかすると、山賊にそう言われてすごく嫌だったのかもしれない。
どうして、山賊になっていたのか……詳しい事情を聞ける機会はあるだろうか。
「止まってくれ! この辺り……のはずだ」
ノールさんの呼びかけに、シロがゆっくり足を止めた。
それは、オレたちが野営をした場所から少し離れた山中。踏み荒らされた街道の近くだった。
「結局、振り出しに戻ってきたんだね~」
「無駄足を踏んでしまった……! あの時は、覚えている道を辿れば何か思い出すかと……」
記憶に浮かぶ山賊、アジト、それらから自分が山賊なのではと思ったノールさんは、こっそり確かめたかったみたい。覚えている道を辿って着いた所が、山賊のアジトならば……恐らくそうなんだろうと。
衝撃を受けただろうな。きっと、苦悩しているところに、オレたちが現れたんだろう。
『うーん、ごめんね、牛さんの匂いはいっぱいするけど……。僕、地面の下の匂いは分からないかも』
大丈夫だよ、としゅんと耳としっぽを垂らすシロを撫でた。
ただ埋めたくらいなら、シロならば分かっただろうけれど……さすがに、地下空洞の中までは分からないだろう。
崩れた入口がどこか分かれば、掘り返すのは簡単。
だけど、その入り口が見つからない。辺り一面、牛魔物の大群が踏み荒らし、山道とその他の区別すらつかなくなっていた。
「何か目印はねえの?!」
「あったが、崩れて分からない!」
「どう探せばいいの~? やたらめったら掘り返すわけにもいかないし~」
……オレなら、分かるだろうか。ここまで近づいたなら、地図魔法とレーダーを駆使すれば……。ただ、それは生きていればの話で。
「ねえモモ、シロ。少しの間、オレを守っていてね」
もし、もしこれで見つからなかったら……そう思ってしまったから、こっそりそう頼んで目を閉じた。
どうかどうか、無事でありますように。ひとつ、深呼吸した。
そして地図魔法をごく付近の地下に限定して展開、追うようにレーダーを広げていく。
「……あった、地下空洞!」
確かに、ある。
いびつな通路のようになった、地下の空間。ただ、ひとつじゃない。それは方々が崩れたせいなのか、元々そうだったのか。
些細な反応でも見逃さないよう、丁寧に空間を捜索していく。
地下空洞群を辿るように、1か所ずつ魔法を展開していく。
「あ、ここは結構大きい……」
ひと際大きな空間に、少し息を整え、入念に――
「――見つけた!!」
つい、声を上げて目を開けた。
「どこだ?! そこなのか?」
「何の変哲もなく見えるけど~掘る~?」
オレの行動に気付いていた二人がすぐさま駆け寄って来て、遅れてノールさんが緊張の面持ちでやって来た。
「あ、そうじゃなくて……ええと、入口は――あの辺り!」
「なぜ分かるんだ……?! いや、何でもいい、掘り返そう!」
地図魔法で一番浅い部分を指すと、ノールさんが飛んで行って、手で土を掻き出している。
「そこ、離れた方がいいぜ! トンデモ魔法使いがいるから、任せとけばいいから!」
もちろん、任せておいて! 急ぎだから、惜しんではいられない。
「行くよっ! 少し揺れるからね!」
ぺたり、両手を地面へついて屈み込んだと同時に、一気に魔力を広げる。
急ぐけれど、慎重に。また崩れてしまったら……!
地図魔法、レーダー、土魔法、全てを駆使して事を運ぶ。
崩れて流れ込んだ土砂を動かすよりも、壁面へ圧縮した方がいい。そうすれば、出入り口が崩れることがない。
ズズ、ズズズ、地面の下で大蛇が動くような振動が響く。
さすがに負担が大きいのか、頭がズキズキ痛んだ。
地下空洞側から、徐々に土砂を押し固めながら、最も近い地表へ――。
やがて、ぼこっと小さな音と共に、地面に穴が開いた。
「貫通した! 行けるよ!」
ふう、と汗を拭って、レーダーを確認する。
「!!」
声もなく小さな穴に飛び込もうとしたノールさん。
「危ねえかもだろ?! 俺が先行くから」
咄嗟に捕まえたタクトが後ろへ押しやった。魔物系統の気配はしない。地形も、危険はないと思う。
だけど、中の空気がどうだろうか。少なくとも、毒ガスが……なんてことはないだろうけれど、酸素そのものが消費されているかも。
「先に、空気を入れ替えるよ!」
じりじりした表情のノールさんを押しとどめ、空洞内に風を送る。もし、酸素が少なくなっていたなら、これで楽になるはず。
広めの地下空洞と言えど、他と比べての話。所々広がった、細長い空間でしかない。
レーダーで見る限り、大丈夫なはず、だけど……。
送り込む風と同時に、中から淀んだ重い空気が吹き出してくる。暗い顔になるノールさんを察して、タクトがオレを振り返る。
「タクト、かなり急勾配になってるから、気を付けて」
「おう、これ、滑り下りて大丈夫か?」
「多分、大丈夫じゃないかな。……タクトなら」
「え? 俺なら?!」
最後まで聞かずに飛び込んだ、タクトの声だけが遅れて穴の中に消えていった。
……レーダーで、ちゃんと止まったのが見えたから、大丈夫そう。思ったよりきっちり滑り台になっているみたいだ。
ライトを先行させていると、嬉々としてシロが飛び込んで行った。
二人がいるなら、もう安心。
次いでノールさんとトガリ、ラキ、オレの順で暗い穴の中へ身を躍らせる。
「……ひえええ?!」
うっかりお尻に火がつきそうな暗闇滑り台を滑った先で、無事にシロとタクトがオレをキャッチした。
「トガリ、探せ!」
「ぴい!」
ほのかなライトでは見えないだろうに、彼らは着いた途端捜索を始めたよう。
急いでレーダーを確認し、トガリの迷いない足取りに任せることにした。
『ねずみさん、上手! 合ってるよ!』
後ろからシロの後押しを受け、トガリとノールさんは暗い通路を迷いなく進む。
大丈夫、レーダー上は問題ない。
ただ……怖くて聞けなかった。ノールさんの仲間って、何人なのかは。
「――あっ?!」
ふいにノールさんが声を上げ、駆け出した。
「どうしたの?!」
「あそこだ!」
驚いて追いかけるオレたちの視界にも、ぼんやり暗闇に浮かぶテントが見えた。
やや空間の広くなった場所で、テントがひとつ。
「ライト!」
もうひとつライトを追加して、走るノールさんに追随させる。
柔らかい光に照らされ、テントの布地が眩しく見えた。そして、その陰に足が突き出しているのも。
「ディード?!」
ノールさんが駆け寄るなり、止める間もなく揺さぶった。
「大丈夫、生きてるよ! 任せて!」
やっぱり、酸素が薄かったんだろうか。それとも、疲労や怪我?
回復と点滴魔法を施す傍ら、探ってはみたけれど、大きな問題はなさそうでほっとする。
「仲間って、一人なのか?」
テントを覗いたタクトが振り返り、ノールさんがハッと立ち上がった。
「いや、その中には誰が?!」
「誰もいないね~」
「え……そんなはずは?! なぜだ?!」
……おかしい。オレがレーダーで見た時は、ひとりじゃなかったはず。
でも、ちょっと待ってて。今はこの人を回復させてから……!
そう焦った時、小さく呻く声が漏れ、触れていた体が身じろぎした。
「ディード?! ……すまない、遅くなった!」
微かに目を開けたディードさんが、ノールさんを認めてうっすら笑った。
「おーう……遅っせえ……」
それは、少し力のない声だったけれど。
へたり、とノールさんの脚から力を抜くには十分な効果を持っていたのだった。
◇新作◇(N0977KX)
【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~
日間ハイファン2位ありがとうございました!
シロとユータが混ざったみたいな雰囲気の、ピュア健気少年ルルアが頑張るお話です!
ほのぼの+冒険+α、そして少年たちのジュブナイル的な要素を入れたいなと、思ってはいます!