1012 ボスは?
「君たちが強いのは理解していたつもりだが……さらに想定の上だった」
どこか疲れた顔でそう言ったノールさんが、少し気遣わし気な顔でオレたちを見る。
「なら……本気で殲滅を考えているなら、ボスの所へ行くか……?」
「え、うん」
「そりゃ行くだろ」
「僕たちが今まで、何してると~?」
キョトンとしたオレたちの顔に、ノールさんは額に手を当てて天を仰ぐ。
「……いや、一般人を救出するのが目的かと。殲滅、と聞こえてはいたんだが……事実なんだな」
そりゃあ……そうじゃない?
『主ぃ、時として、信じたくない事実というものがあるんだぜ!』
『脳が考えることを拒否していたのね』
したり顔で頷いているチュー助とモモ。
そんなに?! だってオレたちCランクだよ? 別におかしなことじゃないと思うんだけど。むしろ山賊の殲滅に、Cランクの戦闘員が3人いるって、贅沢な方だ。
……まあ、Dランク以下も数で押す戦力として、いるのが普通ではあるけれど。
「つまり、ノールさんはボスのところまでなら、一気に案内できるってこと~?」
「なんで教えてくれなかったんだよ?! 今まで無駄に歩いてたのか?!」
腹減ってんのに! と怒るタクトに、ノールさんは苦笑するしかない。囚われ人を探していたんだから、無駄ではなかったと思うけど。
「しかし……場所は分かるが、俺はボスを覚えてない。山賊とは言え、冒険者崩れの場合もある」
大丈夫か、と言いたげなノールさんに、オレたちは顔を見合わせて頷いた。
基本、野盗やら山賊やらは、食いつめた一般人や冒険者崩れが成り下がっている場合がほとんど。だから、あんまり強くない。だってこの世界、Cランク以上の実力があれば、そんな風になることがまずないんだよね。需要が多くて。
そういう人たちは、基本的にもっと稼ぎが良くて条件のいい所……闇ギルド、って所へ流れるから。
つまり――
「「「大丈夫!」」」
これは、うぬぼれでもなく、事実から来る判断だ。
言い切った俺たちに、ノールさんが頷いた。
「分かった、ただ、ボスが分からないのはネックだ。まあ、強いのがボスかどうかも知らないが……少なくともボス周りは強いのがいるはずだ。気を付けてくれ」
元気に頷いたオレたちに苦笑して、ノールさんが先頭に立つ。隣にタクト、後ろにオレとラキ。そして、念のためにシールドを張って、蘇芳を完備……これで、大丈夫。
『大丈夫のレベルが違うのよね』
『接待殲滅なんだぜ!』
いいじゃない、安全なのは! 油断なくきちんとやったらやったで、茶々をいれるんだから。
『ゆーた発見~!』
シャっと横切りかけた白い光が、壁を蹴ってくるりと回転、オレの前に着地した。
「シロ、おかえり! ありがとうね」
『ごめんね、埋めるのに時間かかっちゃった』
水色の瞳がきらきら、撫でる手に嬉し気に身を寄せ、しっぽはぶんぶん風を起こしている。
あまりのかわいさに、頬を緩めて抱きしめた時、両肩で疑問符が飛んだ。
『『……埋める??』』
耳を素通りしていたセリフを思い返すに、どう考えても入っていたその単語。
かわいいピュアな水色が、曇りなき眼が、『なあに?』とオレを見つめている。そして、白銀のはずの前脚は、随分と泥まみれで……。
いや、まさかシロがそんなこと……。
「なあシロ、埋めるってどういうことだ?」
聞いていたらしいタクトが、ズバッと核心を突いた。
『え? だってユータが、追って来られないようにしっかり埋めてって……』
きょとん、と首を傾げるシロに、思わずばッと戻って来た管狐部隊を振り返った。
慌てたようにきゅっと鳴いて、ぽんっとその姿が消える。
指示は……正しく伝えてほしかったなあ?!
『ユータの指示じゃなかったの?! ごめんね、ぼく、どうして植えるのかなって思ってたんだけど』
申し訳なさそうなシロに状況を聞いて、ホッとした。
どうやら、きちんと顔は地面から出ているよう。だって、息ができないでしょう? と当たり前の顔で言うシロが愛おしい。そう、さすがはシロだ!
「よし、じゃあこれで心置きなく進めるね! シロは、一般人が捕まっていないかを確認してくれる? オレたちは、ボスを捕縛だね!」
『わかった!』
改めて二手に分かれたオレたちは、一気にボスの居場所まで向かう。
洞窟の奥にいるかと思ったら、外へ通じる別の出口からも近い場所らしく、あんまり中で騒動を起こすと逃げられてしまう。
「そこを、右……だと思う!」
戦闘を最小限に、結構な速度で駆け抜け、もうボス部屋間近といった所で賊の集団と鉢合わせた。
「てめえら……誰だ?! 何の用だ?!」
ざっと構えた彼らは、なるほどボスを守る親衛隊のようなものだろうか。
「冒険者だよ! Cランクパーティ『希望の光』!」
宣言と同時に、狙撃に倒れたのが3人、フッ飛んで壁にぶち当たったのが二人。
オレが蹴り上げたのが、一人。あれっ……必然的に、残ったのは一人。
ナイフを抜いていたノールさんが、無言で鞘にしまった。
そのノールさんを見て、残った男が指を突き付けて喚いた。
「お前……! ノールだな?! 裏切ったのか! お前も『仲間』だろうが!」
「誰が!!」
間髪入れずに怒鳴り返した声に、驚いてノールさんを見上げる。
「誰が……! 俺の仲間などと……口にするな!」
いつも、どこか戸惑ったようだった瞳が、怒りに燃えている。
「ノールさん? もしかして……」
「記憶、戻ったの~?」
しっかりと意思の宿る瞳に、今までと違うものを感じた。
「じゃあ、やることも思い出したのか?!」
タクトが逃走をはかった男を、ついでのように蹴り飛ばしておく。
見つめるオレたちの視線の中、ノールさんが――頷いた。
「行かなくては……! すまない、こうしている間にも、俺の仲間が……」
「え、どうしよう?! ここ、放置して行っていいかな?!」
「賊にとって、ものすごく怪奇現象だね~」
それはそう。謎の子供が破壊の限りを尽くし、外では人が埋まっている……。しかし、忽然と姿を消した……ホラー案件でしかない。
「そこがボス部屋なんでしょう? とりあえずそれだけすませてしまう?」
「そういうものだっけ~?」
「ちょっと待っててくれ、すぐだから!」
今にも飛び出していきそうなノールさんだけど、賊はまだまだ残っている。1人で行動は危険すぎる。
宣言するが早いか扉を開けた時、するっと滑り込んだ小さな小さな、綿毛のような――
――ここは任せて先に行くの!
あっ、と思う間もなく。
ドドドっと地面が揺れた。必要ないよ?! 絶対そんな魔法必要ない?!
――撃ち方、やめ! 残念ながら標的はいなかったの。
恐る恐る室内に侵入して、その惨状に青くなる。次いで、ラピスのセリフに気が付いた。
「あれ……? 標的はいなかった??」
――中には誰もいなかったの! 念のためにくまなく探したの!
うん、あのね、探すというのは、全てを微塵にしてしまうことではなくて。
で、でも良かった……どうやら留守だったみたいで。
爆音と振動に、当然ながら賊たちが部屋の外へ集まってくる気配。
「ボス?! 誰がこんなことを?!」
「おい、てめえら起きろ! 何があった?! 誰がボスを!」
……あれ?
顔を見合わせたオレたちは、結果よければ全てよし! ということでその場を後にしたのだった。
『ねえ、どこに向かうの?』
ぎゅう詰めでシロの背に乗り、ひとまずアジトを抜け出したオレたちは、ノールさんの案内で山中を駆けていた。
「もう少し、東の方へ……! 俺の仲間が、地下空洞にいる!」
「仲間? やっぱりノールさんは、山賊じゃなかったんだね?!」
「それはそれとして、どうして急ぐの~?」
あからさまに焦りを浮かべているノールさんが、ぐっと顔をしかめた。
「出入口が……崩れた。生き埋めになっている」
「「「えっ?!」」」
……それは、いつから? その空洞って、どのくらいの大きさ?
走ってもいないのに、ぽたり、ぽたりと汗の流れるノールさんを見上げて、オレは蘇芳を抱きしめた。