1010 アジト
近付く山賊たちを前に、身構えもしないオレたちを見て、焦燥を浮かべたノールさんが声を上げた。
「おい、そんな子どもをどうするんだ?!」
「どうするかは、ボスに聞けよ。売るなり何なり、あるだろ」
「馬鹿、ガキが騒ぐだろ。逃げるなよ~? 大丈夫、殺されやしねえよ、多分」
悪党特有の、この下卑た笑み。練習でもしているんだろうか。どうしてかみんな、似たような顔になる。
顔をしかめながら、3人で視線を交わした。
うん、間違いなく山賊で悪いヤツらだって自ら証明してくれたから、もうこのまま討伐してもいい気がする。
「う~んでも、万が一アジトの中に捕まった人がいたら、巻き添えを食うかもしれないし~」
「巻き添えを食うようなことしなきゃいいだろ」
両腕を縛られながら、タクトが呆れた顔をする。
「……何だ、こいつら。何言ってやがる?」
一人頑張って、『俯いて怯えた顔』をしていたオレは、二人の態度に噴飯ものだ。もう少し、被害者らしさを演出しないと!
『なんせ主は、誘拐(される側)のプロフェッショナルだからな!』
『あなたはひとまず、どう頑張っても被害者に見えるわよ』
オレの肩に戻って来たモモが、さっそくまふまふ頬に体当たりしてくる。
いやいや、それもこれも、オレの演技力の賜物ってやつかもしれないよ?
「諦めたか? 妙に大人しいガキだな……」
ほら! 疑われてる!
完全に舐められているらしく、タクト以外は縛られもしない。ちなみに、タクトを縄で縛ったって何も意味ないと思うけれど。
訝し気な顔をされながら、『歩け』と剣を突き付けられた、その時。
「ぐあっ?!」
「てめえ?!」
悲鳴と、怒号が聞こえた。
「ノールさん?!」
どん、と押されてたたらを踏んだ。
オレたちを庇うように、ナイフを構えたノールさんの背中。
「走れ! 二人で彼の縄を解けば、何とかなる!」
肩越しに振り返ったノールさんの、決死の表情。
奇襲で倒れた山賊は、一人。
握ったナイフは、あまりにも短い。
「てめえ……ガキの命惜しさに裏切るのか?!」
「いや、繋がりがあるんじゃねえか? ガキも捕まえろ、吐かせろ!」
ノールさんのこめかみに汗が流れた。
「早く、行ってくれ……!!」
Dランクの従魔術師が、戦闘向きじゃない従魔を連れて複数人との戦闘。
無理だよね、きっと。
ラキが、肩を竦めてみせた。
「計画、変更だね~」
「うん!」
「よしっ!」
そして同時に、ノールさん一人へ向かって切りかかった3人の山賊たち。
真正面の1人を捌く彼に、残り二人が武器を振り下ろした。
――瞬間、鈍い音と共に一人が吹っ飛び、一人が勢いよくひっくり返った。
「参戦するぜ!」
「ちょっと、不服だったんだよね~。戦えない扱い~」
不敵な笑みを浮かべる二人が、頼もしい。
「うん、オレもっ!」
一瞬開いた間合いに割り込み、ノールさんの前に立ったオレは、にっこり笑う。
怯んだ山賊の身体を駆け上がるように、思い切り顎を蹴り上げた。
今度は、オレたちがノールさんの前に出る。
タクトが、一挙動で縄を振り落した。ぶちっといとも簡単に千切れ落ちた縄が、ばらばら足元に落ちる。
息をのんでそれを見ていた山賊たちが、じりっと下がった。
「ノール……どういうことだ?!」
「なんだ、こいつらは……?!」
一斉に視線を向けられたノールさんは、誰よりもぽかんと口を開けてオレたちを見ていたのだった。
*****
「――魔物がいるぞ!」
気怠い空気の漂うアジトに、突如響いた声。
飛び込んできた男を見て、その場にいた山賊が顔を歪める。
「ノールじゃねえか。しくじって逃げたんじゃねえのかよ」
「馬鹿なヤツ。今さら戻って来やがって――つうか、なんだそれ」
せせら笑う声の中、息を切らしたノールが抱えたものを示して見せる。どうやら、ぐったりしているのはごく小さな子どものよう。そして、項垂れて後ろを歩くのは、もう一人をおぶった少年。
「そこで見つけた。魔物と関係があるかもしれない。ボスの所へ連れて行く」
「おーおー、せいぜい機嫌取ってこいよ。魔物なんざいくらでもいるだろ、ゴードたちが見張りだったな」
「あいつら、やられたんじゃないか。見たことのない魔物だ!」
焦りを浮かべたノールを、周囲の山賊があざ笑った時。
……オォオーン。
ごく小さく、鳴き声が聞こえた。
低く、高く、響いた旋律に、山賊たちが口をつぐむ。
……なんだ。聞いたことのねえ声。なんだ、この、怖気を感じる声。
視線を交わした彼らの顔が険しくなる。
「……行くぞ」
ぎろぎろ目玉を光らせて洞窟の出入口へ向かった山賊たちは、そこで足を止めた。
「なんだ……? 犬……?」
アジトからそう離れていない位置に佇むのは、おぞましい見目でも、巨大でもない四つ足の獣。
魔物、という響きに違和感を覚えるような、清純な姿。
神々しい、とすら感じただろう。
「あいつら……?!」
その足元に、見覚えのある顔がいくつも倒れ伏していなければ。
じわり、と汗を浮かべる山賊たちを知らぬげに、白い獣はただじっと佇んでいた。
「――侵入成功、だね!」
ノールに抱えられていた幼児が、ひょいと顔を上げて笑った。
「お、重すぎる~。タクト、石でできてるんじゃない~?!」
「さすがにもうちょい鍛えろよ……」
タクトを下ろしたラキが、ぶつくさ言いながら座り込んでいる。
「タクトが僕をおんぶすればいい話でしょ~?!」
「いや……それだと足取りが軽すぎてな……。君の犬は大丈夫なのか? あの跳躍力だ、そうそう滅多なことはないと思うが」
入口の方を振り返ったノールが、表情を曇らせてトガリを見た。
トガリは、『心配の意味がわかりません』とでも言うような顔でスンッと鼻を鳴らす。
「大丈夫だよ! シロ、強いから」
ユータはくすっと笑って、しばし耳を澄ませるような仕草をした。
「ここにいた山賊は、入口にいるけど……奥にも結構いるね」
「どう~? 覚えてる~? 捕まってる人とかは~?」
「場所は、何となく感覚でわかるが……。そんな細かいことは覚えていないか、そもそも知らないかだ」
「まだ思い出せねえの?」
ノールの案内で奥へ進みながら、タクトが首を傾げた。
眉根を寄せたノールは、こめかみを揉みながら唸るように言葉を吐き出す。
「……思い出したくないのかもな。もう、記憶がなくてもいいと思えてきた」
ユータの黒い瞳が、気遣わし気な光を帯びてノールを見上げている。
「結局、すべきことってなんだったの~?」
「それも分からない。しかし、ヤツらの言葉から考えるに、どうせ何かに失敗して逃走を図っていたか、早く戻ってボスへ言い訳をしなくては、とかじゃないのか」
自嘲気味の声を聞いて、ユータは長い睫毛を二度瞬いた。
「……でも、ノールさんはそう思ってないんでしょう? ここへ来ても何も思い出さないってことは、そういうことじゃない気が――」
「誰だ?!」
ふいに聞こえた声に驚くでもなく、ラキの一撃が決まる。
「ひとまず~、救出すべき人がいないか確認して、殲滅しようか~」
「殲滅……」
絶句するノールが、僅かに怯えた顔をしているのは気のせいではないだろう。
「お前がいきなり撃たなかったら、そいつに聞けたんじゃねえ?」
「あ! ホントだ。次は生け捕りにしよう!」
「生け捕り……」
ノールの表情に気付いたユータが、慌てたように首を振る。
「あ! ち、違うんだよ、言い方がちょっと悪かったよね?! そうじゃなくて! 今の人も死んじゃってないからね?! もっとこう、きちんと秘密をしゃべってくれるように生きているままで……あ、これも誤解があるかもだけど!」
段々と顔色を悪くするノールを前に、ユータの言い訳は終始思惑とは逆に作用していたのだった。