1009 白黒
「ラキ、急いで急いで!」
「暗くて見えないんだけど~?! どうしてモモまで連れて行っちゃったかなあ~」
一応ライトで足元を照らしているのだけど、ラキには足りないらしい。かといってあまり明るいとバレバレだし……。
おかげで襲い来る魔物は、ことごとく機嫌の悪いラキに撃ち抜かれている。シールドあるから……全部倒さなくてもいいと思うんだけど。
やきもきしながら暗い山中を駆けていると、ラピスから連絡が入った。
――標的、谷の上まで来たの!
それって、アジトの上あたりにいるってことだよね?! ちなみに標的にしないで?! 保護対象!!
「ううっ、間に合うかな……。ノールさんたちは、アジトに気付いてる? もし気付いてなかったら……」
――気付いてるの。こっそり谷底を覗いてるの。
「そっか、ひとまず良かった!」
それって、つまりノールさんが山賊の疑いは晴れたってことじゃないだろうか。
だって、仲間だったなら堂々とアジトに行くだろう。
『主ぃ、でも記憶がないんだぜ!』
「あ……そっか」
「でも、その割にまっすぐアジトに向かったんだよね~?」
た、確かに。
「でも、もしかするとトガリの感覚で人の気配を察知したから、かも」
「それはあり得るけど~」
――標的、谷を下りてアジトの洞窟に近づいてるの。
その言葉に、口をつぐんだ。
……でも、もしかして、相手が山賊じゃないのかもしれないし。じゃないと、近づく理由が……他に考えられなくなってしまう。
「きゅっ!」
ふいに鳴き声が聞こえて、ハッと顔を上げて急制動をかけた。
「ラキ、足元に気を付けて! 崩れてる!」
「え、どこ――ええ~?!」
間の抜けた声と共に、ラキの姿が沈む。
「ラキ!」
咄嗟に掴んだマントに、安堵したのも束の間。
ざざあ、と砂の落ちる音が響いて、一気にオレの身体が引っ張られた。
つんのめるように腹ばいになったけれど、オレの体重では全然重しにならない。
えーと、この場合二人で落ちてシールドを使う方がいい?! 土魔法で間に合う?! それとも風?! それともそれとも――
選択肢が多いのは、こういう時に困る!
「ぐえっ!」
オレの身体が崖っぷちから覗きそうになった時、遠慮なく背中が踏まれた。
「あ、ありがとう……チャト。できればラキを助けてくれれば、それでよかったんだけど……」
チャトの大きな前足がしっかりオレを押さえて、これ以上はずり落ちなくてすみそうだ。
ただ、そっぽを向いたチャトは、ラキを引き上げてはくれなさそう。
ひとまず、落ちても怪我ですむだろう高さに安堵して、大人しくぶら下がっているラキに声を掛けた。
「ラキ、上って来られる? オレ、手がもたないかも!」
「ええ~他の方法は~?」
全然危機感を抱いていない顔で、ラキが渋々崖に取りついた。
ふるふるしていた腕が楽になって、ひとまず力を抜く。
土魔法でラキの下に支えを作ると、次は? という顔をする。もう……自分で上がって来てよ!
――ユータ、そこにいると見つかると思うの。
「あっ?! もしかして谷ってここ?!」
慌てて崖下を見回した。
元々崖崩れの跡のようだったけど、つい最近も崩れたんだろう。木々の生えている場所から、突如すくいとったように崖になっている。
……こんな場所、知らずに辿りつけるとは思えない。
アジトがあると分かっていても、レーダーを使わないと見つけられないくらいで――あっ。
レーダーを広げたついでに、崖下にいたノールさんたちを見つけた。
そして、当然ながらオレたちも見つかっている。
目を丸くしたノールさんがオレたちを見上げ、そしてアジトの方を見た。
そこから、オレたちの騒ぎを聞きつけた山賊が出てくるのを。
「ラキ、早く上がって! 見つかっちゃう!」
「そんなこと言われても~暗いし~!」
ブツブツ言いながら掴んだ岩がごろっと外れて、崖を転がり落ちていく。地面に到達した岩が、思いのほか音をたてた。
アジトから出てきたのは――山賊、だろうな。
険しい顔つきと、薄汚い恰好。そして、その手に持った抜き身の剣。
一般人の可能性だって……なんて思いは見事に打ち砕かれた。
「あ……」
急ぐラキの足が、土魔法の段を踏み外して、ずるりと滑った。
再び、オレの腕がびいんと伸びる。
「誰だ?!」
見つかったな、と戦闘の覚悟を決めて顔を上げ、驚いた。
山賊が、オレたちに背中を向けて歩いて行っている。
その先に……ノールさんたち。
「ああ?! 大丈夫なのに! ノールさんたちの方が危ない!」
オレたちを庇おうとしたのだろう。隠れていたはずのノールさんたちが、アジトの方へ歩み寄っている。
――見つかったの。迎撃してもいいの?
「待って待って?! まだ攻撃受けてないから!」
迎撃するにしても、ラピスにはちょっとお願いできないから!
ひとまずオレたちのシールドを切って、ノールさんたちに……
「早く早く!」
「分かってるけど~、ここ、すごく砂っぽいんだよ~?! 脆いしすごく滑る~!」
仕方ない、万が一の時は、管狐部隊に攻撃許可を――。
苦渋の決断をしようとした時、山賊とノールさんたちが、互いに間近く顔を合わせた。
ノールさんの手は、油断なく武器に掛かっている。
「誰だぁ……? は? 何やってんだてめえ! 今頃のこのこ戻って来やがって! てめえが持ち場を離れたせいで――」
どくん、と心臓の鳴る音が聞こえた気がした。
それはきっと、ノールさんも。
一瞬強張った表情が、一気に苦し気に歪んだ。
思わずラキと顔を見合わせ、息を止める。
「黒、か~」
ラキがしょうがない、と苦笑した途端、また手元が崩れた。
「あっ?!」
ノールさんの衝撃で緩んでいた手から、マントがすっぽ抜ける。
咄嗟に崖から飛び出して、ラキを掴んで――
「……何やってんの?」
がくん、と空中で身体が止まった。
何を発動しようか悩みながら高めていた魔力が、霧散する。
オレとラキをぶら下げて首を傾げているのは、言わずと知れたオレたちの重機で。
「「タクト~!!」」
「お、おう……?」
熱烈大歓迎モードなオレたちに若干引きながら、ひょいと身体が引き上げられた。
「なんか、山賊っぽいのがいるけど、お前らは何してんの? 討伐しねえの?」
「ありがとう! でもそれどころじゃなかったの!!」
「助かった~永遠に上がれないかと~。ところで、ノールさんたちは~?」
その時はっと視線を交わした、オレとタクト。頷き合って、ひとまずラキの側にタクトが立つ。
ノールさんは、と巡らせた視線の中で、まさにアジトに入ろうかとする彼らの姿が見えた。
ちら、と上げた視線がオレと絡んで、ぎょっと目を剥き足を止めた。
声を上げようとしたノールさんに、しいっと人さし指をたててみせる。
そして、背後から聞こえたダミ声。
「――なんだ……ガキかよ?! 人騒がせな……。おら、とっとと下りろ」
これだけガサガサしていたら、さすがに見つかるよね。
ちなみに、下りろ、と顎で示す先は崖。
「……このまま、アジトに入る?」
「え~せっかく上ったのに~」
「入ってどうすんだ? とりあえず、下りるか」
蹴り落そうとした山賊を躱して、タクトが飛び降りた。もちろん、オレたちを小脇に抱えて。
「なんかコレにも大分慣れてきた気がする~」
「オレはまだ慣れないんだけど……」
「おい! こいつらも連れて行け!」
「あぁ? なんでガキが……」
一瞬ぽかんとしていた崖上の男が、大声で仲間へ声を掛けた。
ノールさんとアジトに入ろうとしていた男が、ぶつくさ言いながらやってくる。
声を聞いた数人も、アジトから出てきてしまった。
「どうして……」
ひとり、動くことなく佇んでいたノールさんが、悲壮な顔をした。
ごめんね、オレたちを逃がそうとしてくれたのに。
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機械音痴がひぃひぃ言いながら作ったので、何かおかしかったら教えてください……修正できるものなら修正します……。