1003 入浴中?
はあ……これ、クセになりそう。
身体の芯までクリアに透き通って、内から輝くような気分だ。
『主ぃ、俺様も心の底まで浄化された気分なんだぜ!』
『あうじ! あえは、お目目まできらきらなんらぜ!』
チュー助はともかく、アゲハのお目目は元からピュアに澄み切ってきらっきらだよ?
つい頬を綻ばせて、ふわふわになったアゲハを指で撫でる。
むふふ、と得意げな顔がたまらない。
『僕は? 僕は?!』
シロのご機嫌が限界を超えて、物理的に弾みっぱなしだ。跳ねて回って転がって、見ているだけで体力が削れて行きそう。
どうも、でっかでっかハンバーグの余韻が抜けきらないらしい。
「シロなんて元から、お日様よりもきらっきらだよ」
右に左に視線でシロを追いながら笑うと、嬉しさが体内で抱えきれなくなったらしい。
『あのね! ぼくちょっと走ってくるね! 朝ごはんには帰ってくるからね!!』
「気を付けてね。人を轢かないようにね!」
『大丈夫! ぼく、遠くで走るから!』
鳴いた一声を空間に残して、白銀の光が残像になって消えた。
「どこまで行くんだろうねえ……せっかく綺麗になったのに」
まあ、戻ってきたらまた入ってもいいわけだし。
ひとまずオレは、このきらきらの身体でお布団に飛び込む幸せに浸るから。
「ああ~幸せ……。毎日このお風呂にしたいな」
「毎日コレやってたら、そのうち何かすげえことになりそうだな!」
「天使様になっちゃったりとか~?」
……やっぱり、たまにやるからこそだよね!!
意味深な笑みを向ける、ラキの視線からそっと顔を逸らして布団を引っ張り上げる。
「明日はどうする? せっかく人里離れてんだし、なんか討伐とかしようぜ!」
「その『せっかく』の意味が分からないな~」
「でも、討伐するにもどんな依頼があるか、まずギルドに行かなきゃわからなくない?」
「えー、じゃあまずどっかギルド?」
とりあえず、明日朝にシロが帰ってきてからかな。
森人郷からそれなりに離れ、もうちゃんとした街道がある場所だから、ギルドもそう遠くない場所にあるんじゃないかな。
「討伐はともかく、プレリィさんの注文の品は狩る必要があるよね」
「今度は普通のDランク向け~?」
「けど食材だろ? 面白そうなのいるか?」
図鑑と見比べながら、真剣に吟味しだしたタクトとラキの視線を追ううち、かくりと頭が落ちた。
苦笑したタクトが『寝てろ』と兄貴風を吹かせてくる。
だけど、今日はもう弟でもいいかもしれない。
ちょっとだけ不満顔をしてみせたものの、オレは素直に枕に頭を落ち着けたのだった。
『ねえゆーた、お風呂、温めてあげた方がいいと思うよ』
はふはふ弾む呼吸と、顔を舐め回すあたたかいもの。
「うっ、ちょ……と、ストップ、シロ……起きるから!」
『おはよう! ゆーた、おはよう! ただいま!』
「おかえり……」
朝からハツラツ元気なシロと、顔中ぺっとりのオレ。髪までしっとりしている気がする。
とりあえず洗浄魔法をかけて、まだ暗いテント内に首を傾げる。
「あれ……? まだ朝じゃない?」
「いや、もう朝だぞ。けど、お前が起きる時間じゃねえな」
しょぼつく目をこすっていると、隣から声がした。
睡魔の欠片も残ってなさそうな顔で、タクトが体を起こして伸びをする。
ラキは、ぴくりともせず寝ている。良かった、起こさなくて。
寝起きでも狙撃だけは正確だからね……。
「なんでお前が起きてんの?」
「え……なんでだろ? オレ、どうして起こされたの? まだ寝る時間だね」
再び横になろうとしたら、まふっとシロの身体に突っ込んだ。
『あのね! 僕が起こしたんだよ! お風呂、もうあったかくないから。かわいそうかなと思って!』
「何の話? ああ、シロがお風呂入るの? じゃあ追い炊きしなきゃね」
ふわあ、と大あくびして、それならばと立ち上がる。
『ううん、違うよ! あのね、入ってる人がいるの。入って寝ちゃってるんだけど、冷たいと思うんだ』
え、ともう一度ラキを見て、タクトを見る。
『人』の範疇は多分この3人だけ。
「……え? 誰?!」
一気に目が覚めた。何、どういうことなの?!
確かここ、人里離れた場所のはず。
「ゴブリンか何かじゃねえの?」
『ゴブリンじゃないよ! でも、大きいネズミさんもいるよ』
オレとタクトは、混乱する顔を見合わせて、そうっとテントの出入り口に手を掛ける。
「あっ! ちょっと待て、お前先に行ってくれ!」
「え?! どうして?!」
急に大きな声をあげるから、ビクっと飛び上がった。
タクトが嫌がるとか、よっぽどなんだけど?!
「え、ヤダよ、お化けとか、そういうこと……?!」
「何言ってんだよ、そんなもんどうでもいいわ! ほら、行けって!」
「じゃあ何?! やだやだ!」
出入口で攻防していたら、タクトが突如悲鳴を上げた。
「いって?!」
「うるさい~」
あ、しまった……ラキが起きちゃった。
そそくさとタクトの影に隠れて、様子をうかがう。
「シロに聞けばいいじゃない~」
「あ、そうか……シロ、風呂入ってんのって女じゃないよな?!」
『うん、男の人だよ!』
「ちょっと待って?! それもし女の人だったらオレだってダメなんだけど!」
「お前はまだ大丈夫の範囲だ!」
タクトがダメならオレだってダメですけど?! でも、ひとまずその懸念はなくなったということで。
機嫌の悪いラキも、一応興味を引かれたようで、一緒について来た。
そうっと露天風呂を覗くと、果たしてそこには既に冷え切った風呂に浸かる人と、従魔らしき幻獣。
「わ、本当だ! 大きなネズミ……じゃなくて?!」
「おわ、大丈夫か?!」
「どう見ても負傷者だね~」
駆け寄るオレたちに、大型犬サイズのネズミがビクっと身を竦ませる。逃げ腰になった途端、咥えていた服を離してしまったらしい。
ぽしゃん、とその人が風呂に沈みかける。
「おい?! 大丈夫か?」
素早く引っ張り上げたタクトが、意識のない男性を横たえた。
『怪我してないよ? 寝てたんじゃないの?』
シロがきょとんと首をかしげている。
そんなはず……!
「あ、あれ……? ホントだ、傷がない」
血の一滴すらついてない。だけど……
「けどさ、服がこんなだぜ?」
そう、服のまま露天風呂に漬かっていた男性。その服は、これでもかというほどズタボロだった。
「どうして、こんなボロボロなんだろ~?」
「それより、怪我は?! 一体、何がどうなって……傷はどうなったの?!」
「それは~まあ、何と言いますか~」
「あー。そっか、そうだな」
二人して納得顔をされて、オレだけが狐につままれたよう。
『すごいわねえ、こんなボロボロの服も、血の一滴すら残さずだなんて』
まふっと揺れたモモが、どこか呆れた声でそう言った。
すごいって……あ。