1001 でっかでっか
空が、広いな。
あんまり開放感が強くて、そわそわ心もとない。
オレたちって、やっぱり群れでぎゅっと固まって暮らしていたんだろうな。
シロ車で仰向けに寝転がり、オレたちはのんびり街道を行く。
スカッと抜けるような空と、大地。
あの森に慣れていると、なんとも言えない不安感が湧いてくる。
まだ、大した日数いたわけでもないのに。
もう少し、この感覚が馴染むまで時間が必要そうだ。
「……やっぱり、あの森だからこそ、なのかな」
「出てみると、ちょっと分かる気がする~。大きな存在の腕の中だったんだなって感じ~?」
「あれはあれで、俺ちょっと怖えぇんだけどな」
タクトは、もしかして種族が違うのかも、なんて考えて笑った。
「森人たちが、あの森を出ない理由がわかるね」
「確かに~」
「環境が違いすぎるもんな」
危険ではあるけれど、うっすら守られる心地よさ。そして、大きな存在の庇護のもとにいるという、何とも言えない安心感……と、閉塞感。
「プレリィさんは、強いから。庇護がなくてもいいと思えたのかな……」
「じゃあメリーメリー先生はどうなんだ?」
「何も感じてないんじゃない~?」
……うん、鈍感というのは、もしかして最強の処世術かもしれない。多分、メリーメリー先生はどこでも生きて行ける。
なんかこう、大きな物事を考えていた気がするのに、メリーメリー先生のせいで一気にスケールダウンしてしまった。
「ねえシロ、村とか、近くにありそう?」
むくり、起き上がってご機嫌なフェンリルに声をかける。
シロにとっては、森は思い切り駆けるに不向きなので、こういった広々した場所の方がわくわくするらしい。
『近くにはないかなあ? でも、すっごくちっちゃい村だとわかんないかも』
「別に村を探さなくていいんじゃねえ? 久々に野営しようぜ!」
「賛成~。僕、贅沢野営がしたい~」
それはそう。料理人さんたちがたっぷり詰まってる、賑やかしい館に寝泊まりしていた反動かもしれない。
「でも、贅沢野営ってなに?」
「ユータ版野営ってことだろ?」
「正解~!」
「全然わかりませんけど?!」
憤慨したものの……ご馳走たっぷり、お風呂付きのことをそう呼ぶならば……まあ。確かに?
ここらは森人郷にほど近い辺境も辺境。
つまり……? にっこり満面の笑みで、二人へ視線をやった。
「じゃあ……! 羽目外して豪華野営しちゃっていいってこと?!」
「羽目は外すな」
「羽目の中でやってほしいかな~?」
……違ったらしい。
即答で返って来て不貞腐れた。だって、そういうことだと思うじゃない。
「ユータはさ、羽目内で十分とんでもねえから大丈夫だって」
ぽんぽん、と慰めるようなタクトの手も腹立たしい。全然フォローになってない。
「羽目内って、じゃあどんなこと?」
「美味い飯!」
それは当然じゃない? そこを外すと野営の意味がない。
『野営にそんな意味はないわ』
鋭いツッコミを聞き流し、まふまふ頬に当たるモモを感じながら、ちょっと考える。
「美味しいご飯と、露天風呂、他って何が豪華なんだろ?」
「普通はさ~もっと手前の時点で豪華なんだよね~」
「安全ってヤツ?」
ああ……シールド付きだし? だって雨降ったら地面がびちゃびちゃになっちゃうじゃない。
でも、それじゃ豪華野営とは言えない。つまらない。
「もっと豪華野営に相応しい、何かができないかなあ」
『主ぃ、規格内でしなきゃなんだぜ?!』
『あくまで想定の範囲内ということよ?!』
ええ……条件厳しくなってない? 羽目外さなきゃよかったんじゃないの?
『お前の羽目内が既に規格外だからだ』
『スオーもそう思う』
もう! 規格内やら羽目内やら……訳が分からないよ!
とりあえず、一般的に豪華な雰囲気の演出ってなんだろう。
「えーっと、ムービーシアター……とかないし。バラのお風呂? ワインは飲めないし……あ、シャンパンだっけ?」
ダメだ。お金持ち仕草がオレには分からない。プライベートジェットもリムジンもないし……貸し切りって言ったって、何なら辺り一面プライベート空間だし。
「なんか、豪華にするって難しいね」
「そういう意味で難しいって言うヤツは、あんまいねえと思う」
……じゃあ、何かアイディア出してよ!
万策尽きたと再び寝転がって思う。
ゴージャスって何だろうね。キンキラはいらないし、オレ、結構今もゴージャスだ。
リズミカルな車輪の音に混じる、ご機嫌なシロの鼻唄。
乾いた土と、緑の匂い。
鼻先を撫でていく、心地よい風。
オレの胸を踏み越えて、ちょうどよい毛布溜まりに陣取るチャト。するり、と首を撫でて行ったしっぽが心地いい。
やれやれと苦笑した、その顔の上を通ってチャトの横に収まった蘇芳。柔らかい足裏と、遠慮なく顔を横切っていくふわふわしっぽ。
……何かちょっと違う気もするけど。
お腹も満たされて、今、これ以上って何があるんだろうなあ。
その返事をするように、うつらうつらし始めたのだった。
「――よし、じゃあひとまずオレはいつも通り、料理やお風呂に専念だね!」
メインの材料は、いくらでも、と言えるほどにある。貯肉は使っても使っても減ることを知らない。
加工作業しているラキと、有り余る体力を消費するためにじゃれ回っているタクトとシロ。うん、あれも大事な仕事だから。タクトにしかできないしね! そしてタクトの体力を削れるのもシロくらいだ。
「ラピス、みじん切りお願いね!」
今日は、結局シロのリクエストが採用されたので――そう、いつものアレだ。
――任せるの! 木っ端みじんは得意なの!
ほど良い頃合いに調整してもらえるよう、管狐お料理部隊へ目くばせしておく。
大量の材料を一気に四散させるラピスに、引きつった笑みでお礼を言いつつ、並行してデザートやら露天風呂やらも準備していく。
「今日はスペシャルだから、ミルクワインはちみつ風呂とかどうかな?! あ、もちろん花びらも浮かべて!」
『なんだかぶち込みすぎて、色々分離しそうね……』
『ミルクの白ににじむ赤……俺様、ちょっと、ちょっと……』
……確かに。大人しくワインは省いておこうかな。
――ユータ、成形までばっちりなの! もうすぐ出番なの!
「了解!」
管狐部隊のおかげで、ハンバーグも焼き加減バッチリだ。
我慢できなくなってきたらしいシロとタクトが、目をきらっきらさせながら駆け寄ってヨダレを垂らしている。
『わあぁあ……! すごいね、すごいね!! でっかでっかハンバーグ!!』
「マジででっかでっかバーグだ! すげえ!」
歓喜の舞いをする二人に笑って、気合を入れる。
シロのリクエスト、豪華な、とびきりでっかい……でっかでっかハンバーグ!!
「うわあ~想像の10倍以上あるかも~」
騒ぎに寄って来たラキも苦笑している。
巨大な窯を作ってもいいけれど、せっかくだもの、片面ずつ焼いていこうと、巨大鉄板でジュウジュウやっている。
あとは、オレとタクトの出番だ。
最難関、ひっくり返し!!






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