1000 優雅な朝
朝食をとりに1階の食堂へやってきて、オレは眉間にしわを寄せている。
頭が痛い気がするのは、気のせいでもなくコレのせいなのかもしれない。
なんでこんな、厨房が盛り上がってるのか。
「ヘイヨ~! ヘイヘイヨ~!」
「刻め刻め刻め~ッ!」
なんでおばちゃんの歌を、美男美女ぞろいの森人たちがノリノリで歌っているのか。
なんでだろう……俺の脳内に、ステージで歌い踊った記憶があるのは。
オレ……一体何したの……? なんで……??
何も……思い出せない。
いや、記憶は断片的にあるのだけど。その経緯が分からない。
おかしいな。大トリも飾る気満々だったヌヌゥさんに怒られた記憶まで、あるような気がする……。
「オレ、どうしてステージに……?」
深刻な顔で呟いたら、景気よく大盛の朝食を頬張っていたタクトがむせた。
「どうしたの~? 昨日は楽しかったね~?」
爽やかな笑みを浮かべるラキが、オレの口にフルーツを押し込んだ。おいしい。
「楽しかった……ような気がするけど。だけど、オレ……あんな恥ずかしいこと! 本当に? この記憶って本物なの?! どうしてこんなことに……!!」
思わず赤面してテーブルに突っ伏した。
ノリノリでステージに立つなんて! 魔物前と神獣前でしかやったことなかったのに! 人前でなんて恥ずかしすぎる!!
『よくわからないわ、その基準。人前以外の方が恥ずかしくないかしら……』
『今回は森前だからいいと思うんだぜ!』
確かに森前だけど! でも人もいたじゃない?!
割とみんなも歌い踊ってくれていたことだけが、救いだ。これで思い切りスベッていたら目も当てられない。
「ラキとタクトも一緒……だったよね? だったら、オレ一人じゃないし」
それなら良しとしてもいい。
『あのね! ぼくも、チャトもみんなも一緒に踊ったよ!』
ウキウキ弾むシロの声が、オレの沈んだ心を慰めてくれる。
そっか……楽しかったんだね。じゃあ、いいか!
「森も、楽しんでいそうだったよ……ね?」
「もちろんだよ~! 凄かったよ、反響が~」
「ちょっと怖かったぜ、なんか森がざわついて」
そ、そう。なんでおばちゃんの歌、上位存在に人気なんだろうか。
「毎年恒例にするって言ってたね~! 森人たちが、あのド派手ステージを再現できるかって、真剣に議論を交わしてたよ~」
「ヌヌゥさんも、次はもっと派手にするって意気込んでたよな」
あの、その主語は『お祭り』だよね? 『おばちゃん厨房歌』じゃないよね?
ご機嫌な厨房をちらりと眺め、深々と溜息を吐く。
……あの、本当にこれでよかったんだろうか。
こんな神秘的な森の奥地に、ものすごく余計な文化を広めた気がしてならない。天使教じゃなくて良かったけど。
いつかおばちゃんたちが訪れた時、始祖として崇められ……なんて考えて、乾いた笑みを浮かべた。
「はい、頑張った君たちにサービスだよ」
鬱々としていた時、しなやかな手がコトリと目の前に皿を置いた。
「これ何だ?! 美味そう!」
「やった~」
「いいの?! これ、せっかく作った加工品じゃないの?」
鼻先を掠める、バターとスパイスのいい香り。香ばしいのは、ナッツだろうか。
お皿に並ぶのは、色々なドライフルーツがたっぷり入った、大きなマフィン。
「これはね、僕が練習用に使ったフルーツだから。こうして使ってしまえば、多少乾燥しすぎでも問題ないでしょう」
ふふ、といたずらっぽく笑ったプレリィさんが、『ナイショ』と人差し指を立てて厨房に戻って行った。
ナイショの特別ケーキ……! オレたちは輝く瞳を見合わせて、大きなマフィンを手に取った。
良かった、オレまだ朝ごはん食べてなくて……! もしかしてそれも見越したタイミングなんだろうか。
タクトが腹を落ち着かせ、ラキが朝食をある程度すませ、そしてオレが食べていない!
まだ熱々のマフィンは、外から見るだけでも、ずっしりたっぷりフルーツが入っているよう。
こんがり焼けたナッツは、きっとカリリと香ばしいだろう。
きれいに焼き上がったてっぺんがわずかに裂けて、明るいバター色が覗いている。
「うまー! これ、何だ……中になんか入ってる!」
「チーズ~? でもしょっぱ甘いね~美味しい~」
なんと?!
急いでマフィンを割ると、ふわっとおいしい湯気が立ち上った。
そして、真ん中には零れ落ちそうな白いチーズ!
たまらずあむっと食いつけば、広がる複雑な味。
「熱っ、おいしー!」
すごいな……しっかりマッチョな香りと味と食感が、組体操のように立体感をもって絡み合っている。
『もっと言い様があったでしょ! 想像がマッチョと組体操に引っ張られちゃうじゃない!』
憤慨するモモにまふまふつつかれながら、もうひと口。
この力強い多重スクラム感に相応しい表現だと思ったけど。
カリふわサクとろ、甘塩香ばしくて、口の中が忙しい。さすが、としか言いようがない。
タクトに狙われないよう、割った半分ずつをしっかり確保して堪能していると、紅茶を入れてくれたキルフェさんが、『今にも溶けそうな顔だねえ!』とオレの頬をつついて行った。
美味しいものを頬張って、紅茶をひとくち。
鼻に抜けていく香り高さが、マフィンの忙しい美味しさをリセットしていく。
「なんかオレ、ここに住みたくなってきた……」
うっとり呟くと、ラキが紅茶を置いて小首を傾げた。
「そういえば、プレリィさんはまだ滞在するみたいだけど、僕たちはどうするの~? 普通は一緒に滞在だけど~」
「シロがいりゃ、俺ら帰ってまた迎えに来れるもんな」
「そっか、森を出てもいいよって言ってたよね」
色々と熱が入ってしまったプレリィさんは、当初の予定よりも大きく滞在を延ばしたい意向のよう。
その分、オレたちの滞在も延びてしまうから、一旦契約解除して帰る時に迎えに来てもらう……という話も出ていた。
ただ、そうなると日数的にオレたちが行き来するだけの時間が必要なわけで。……実際必要かどうかは別として。
「プレリィさん、セデス兄さんの企画もやりたいみたいだから、遅くなりすぎてもどうなんだろう」
「付近で活動してます~って建前で、自由に行動する~?」
「タテマエじゃなくて、そうしようぜ! 俺、この辺りも冒険してえし!」
「とはいえ、付近の村だって結構遠いけどね~」
いい香りの紅茶を飲みながら、オレたちはヨルムスケイルの件が嘘のように、優雅な森の一日を過ごしていたのだった。
みなさん「おばちゃん厨房歌」の存在覚えてくださってたんですね……(笑)
祝1000話! SS入ってたりしてよくわからないけど、とりあえず凄い……(;゜Д゜)
皆様ありがとうございます!!!






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