998 森オンステージ
「――即席とはいえ、十分じゃないかな!」
飾りつけを終え、広々した棚茸を前に満足して頷いた。
「本当に即席だもんね~」
「野外だったら、そもそもこんなもんじゃね? それより何か買いに行こうぜ!」
「食べてる暇ないよ?!」
だって、舞台装置がないんだもの、オレたちが代わりをしなきゃ!
「これで、森が気に入ってくれるの?」
困惑するプレリィさんを見上げ、にっこり笑った。
「きっと! だってこういうお祭りってやらないんでしょう? 森も絶対楽しいと思うよ!」
古今東西、上位存在を楽しませるにはお祭りと決まっている。歌や舞を捧げて、宴を催すものだ。
『祀る』というのは、そういうこと……だと思うんだけど。
簡素といえば簡素なステージを前に、どきどきする心を落ち着けるよう深呼吸した。
別に、オレたちが出るわけじゃないんだけど。でも、主催側としては胃の痛くなるような時間だ。
『森って、目があって耳があるようなものなのかしら?』
『お、俺様それはちょっと怖いんだぜ……』
小さくなったチュー助が、ふるふるしながら周囲を見回している。
そんな、突然巨大な目玉が現れる……なんてわかりやすいことにはならないと思うけど。
「目や耳はないかもだけど……そういうものじゃない? 森っていう存在を感じるんだもの」
山を神聖視したりするのも、似たようなものじゃないの?
「全然わかんねえ」
「ユータの感覚はちょっと変わってるね~」
あ、あれ? そうだろうか。もしかしてこれって一般的じゃなくて、万物に八百万の神を感じる、オレたち独特の感性なんだろうか。アニミズム、ってやつなのかも。
だけど、これって森人には伝わると思うんだ。
そうこうするうち、長による森への感謝と祭りの概要説明を終え、棚茸に集まった森人から拍手が沸き起こる。
――始まるの! 各自、持ち場につくの!
「「「きゅっ!」」」
張り切るラピスたちの、気合十分な声が聞こえる。
記念すべき第一回のお祀りは、やっぱりある程度インパクトがなきゃ。
大丈夫、破壊的なことはしないから。たぶん。
森人たちの習慣として、派手な『お祭り』はやっていないそう。
イベントとして、収穫祭のようなものはあるけれど、こういった歌って踊る催しはないのだとか。
「静かな森だもの、年に一回くらい、こういうのがあっても楽しいんじゃないかな?」
期待の高まる森人たちの熱気の中、にこっと傍らのプレリィさんを見上げた。
「そうか……僕ら、森に感謝を捧げる祈り、なんかはあったけれど、楽しませようだなんて考えたことなかったね」
「なんだか、ちょいと罰当たりな気もするけどねえ」
確かに、神事っていうのは厳かなものと相場が決まっているから……ちょっと催すものによっては、眉を顰められるかもしれない。
そう、たとえばこういうやつ。
ぱぱぱぱん! ステージの上と言わず下と言わず、派手な光魔法の花火が炸裂し、視界が極彩色に煌めいた。
同時に、森人たちの楽団がメロディーを奏で始める。
「みんなーっ! お待たせっ! 歌って踊れる美しき賢者、ヌヌゥ! 森への感謝と愛を伝えます!!」
光の中から飛び出してきた現賢者が、とびきりに仕上げたお肌と髪を見せびらかすようにステージを駆け、声を張り上げた。
思いのほか大きな歓声に、上機嫌になったヌヌゥさんが活き活きと歌い始める。
「……ホントにこれでよかったのかな~?」
「まあ、面白いっちゃ面白いぞ」
……だって、明確にお気に入りされているのがこの人なんだもの。他の何を気に入らなくても、この人のやることならば気に入ってくれるはず。だから、トップも大トリもヌヌゥさんという、中々コッテリな演目となっている。
森の趣味に文句をつける気はないけれど、もうちょっとこう……他にいなかったんだろうか。せめて、もう少し薄味な人。
ただ、オレたちの不安をよそに、ステージは大変に盛り上がっている。
何せ即興の出し物ばかりだもの、練習の暇などない。だから、ヌヌゥさんが歌っているのは森人が古くから歌っている伝統的な歌。
徐々に観客側からも聞こえ始めた歌声が、ステージのヌヌゥさんの声と混じり合って、重なって。
大きくなっていく。だんだんと、力強く、大きなうねりのように。
……ヌヌゥさんでいいのかと思ったけれど。
これは、予想外の適任だったかもしれない。
臆さず堂々と魅せて観客を引っ張れる、意外な才能だ。
「さあ腹から声! 森にー?」「「「感謝―!!」」」
「もう一回!! 森にー?!」「「「感謝ぁーー!!!」」」
……うん。ちょっと、もうちょっと、こう……やりようがあったような気もするけれど。
『……とか言いつつ、ちゃっかり参加してるのね』
だ、だって、こういうのは参加してこそじゃない?!
張り上げた声に呼応するように、ステージから光が吹き上がり、炎の代わりに水柱が噴出する。
『楽しいね! ぼくの声も一緒になるんだよ!』
ほとんど絶叫になった森への感謝節に、シロの遠吠えが混じる。
『みんなも吠えるといいよ! いくよ!』
「アオオオーーーーン!」
楽しくなってしまったフェンリルの、呼びかけ!
森人の声と、フェンリルの声と、そして、慌てたように森の方々から参加する、獣の遠吠え。
なんだこれ……楽しいじゃない?!
やがて大熱狂の拍手が渦を巻き、手を振るヌヌゥさんの上には、まるで花吹雪のように葉っぱが降り注いでいた。
……掴みは、バッチリだ。
続く森人の楽団や舞、魔法演舞に引き継げるだろう。
「お前は、やらねえの? 前にやったことあるんだろ?」
ぎくり、と肩を震わせ、やっぱり言わなきゃよかったと反省した。
だって、前例として挙げた方がいいかと思って……。
「僕も、見て見たかったな~。あ、ユータ、これぼくのオゴリだよ~」
「えっ! いいの?!」
「頑張ったもんね~? 森人製ナッツビア、人気の屋台みたいだよ~」
大ジョッキに入ったナッツビアに目を輝かせて受け取ると、タクトが何か言いたげな顔をしている。
欲しいと言われる前に、急いで口をつけた。
「おい、ラキ……?」
「いいんじゃない~? 僕らが見張ってるし~。僕、見てみたいし~」
「まあ……そうだけどよ」
こそこそ話す二人を横目に、オレはいい気分でナッツビアを飲みながらステージを眺めていた。
なんて至れり尽くせりで優雅な。
もはやオレが天照大神なら、即座に岩戸をフルオープンしている。
「よしっ! 大サービスステージにしよう!」
舞い散る葉吹雪に合わせ、浄化の光を振りまいた。
きらきら舞う葉っぱに手を伸ばし、ステージ上の人たちが跪いて森に祈りを捧げている。
おや、森の力だと誤解されてしまった。これは好都合。
雲の上のようにふわふわする足を踏みしめ、大はしゃぎで舞台を派手に演出していると、そっとラキが耳打ちしてきた。
「楽しそうだね~! これ、参加したらもっと楽しいんじゃない~? あ、ほら次はユータの番だよ~?!」
「えっ! 次?!」
仰天してステージまで駆けたオレは、『ハイチーズ』の応用、チカチカッ! と派手なフラッシュと共にくるくる回転して中央へ降り立った。
わあっと上がる歓声が楽しくて、にまにま手を振る。
え、えっと……あれ? でもオレ、何するんだっけ?!
「ユータ、アレだアレ! 前にやったろ?」
「そっか!」
タクトの助け舟に、オレは満面の笑みを浮かべてステージを縦横無尽に駆けながら歌い始めたのだった。
ユータ、以前練習しておいてよかったね!






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