996 わちゃつく森
「うわ、すげえ!」
「へえ~かわいいね~」
思った通りの反応をしてくれる二人を、にまにま眺める。
かわいいね、そっくりのぬいぐるみを抱える姿。
「自分のぬいぐるみは扱いに困るけど~、これは人気が出るだろうね~」
「じゃあ、俺のと交換するか?」
「絶対イヤだ~」
タクトの悪い笑み、絶対日ごろの鬱憤をぬいぐるみで晴らそうとしている。そしてバレバレだ。
よかったね、ラキがあしらってくれて。交換したら、タクトぬいぐるみもラキの手元に行くんだよ……?
もしかしてメイドさんどころではなく、バニースタイルくらいにはなっていたかもしれない。
「これ、きっとまた王都で流行るよね~?」
「よく分かるね?! それでね、服とか孤児院で作るようにできないかなって思ったりしていて」
「それなら、きっと小さいパーツも必要だよね~? 加工師にも光が当たりそう~」
「裁縫って習うの女子だろ? なら、パーツとか男子が作ったらいいんじゃね?」
なるほど! それはいいアイディアだ。加工師みたいに凄いことじゃなくたって、単なるミニチュアを作るお仕事だってあるはず。それこそ、アイディア次第でいろんなものができそうだ。
ミニチュアのパーツに、またマリーさんが転げまわりそうだなと苦笑する。
「じゃあ、服の指導はメイドさんたちが行くから、パーツ作りはラキが指導するとか?」
「加工師の領域ならできるけど~、普通のパーツは専門外だよ~」
そっか……そういうのが得意なのは……うーん、割とジフだったりするんだよね。
あんな強面、孤児院で指導なんかできるだろうか。
なんとなく、森人郷から帰っても忙しくなりそうな気がして、くすくす笑った。
「早く帰らないと、なんだかお仕事が溜まっていく気がするよ」
「俺、全然忙しくねえけどな……。いいよな、手に職っつうの? お前らは戦闘以外もできてさ」
ばふ、とベッドに体を倒したタクトの横で、同じスタイルのぬいぐるみが寝ていて笑える。
剣士だって、一応手に職、と言えばそうなんだけども。
「大丈夫~。タクトは、勉強で忙しくなるよ~」
「なっ……」
絶句したタクトが、二の句を継げずに固まっている。
そうだね、思ったより今回の仕事が長そうだから……その分、勉強も大変だ。
プレリィさん、どのくらい滞在するんだろうか? あんまり長いようなら、一旦帰るのもアリかもしれない。
「あ。そうだ、プレリィさんって厨房にいる?」
そう言えば伝言があるんだったと思い出し、だらだらしていたベッドから飛び降りた。
「そりゃあ、いるんじゃない~?」
相当魔力を使って活躍しただろうに、元気な人だ。
「じゃ、お手紙を――あれ?」
預かったはずの手紙はいったいどこへ……おや? そもそも受け取ったっけ?
『受け取ってないわねえ』
『どっちが忘れてたのか、あの状況では分からないんだぜ』
ほわほわ揺れるモモと、難しい顔で腕組みするチュー助。
『どっちもだろ』
『スオーもそう思う』
分かってたんなら! 言ってよ?!
また戻るのは面倒だな、と思ったところで、『きゅっ』と可愛い声がした。
「アリス……? もしかして!」
「きゅ!」
「ありがとう! セデス兄さんよりよっぽど優秀だよ~!!」
お手紙を持って来てくれた、小さなふわふわに頬ずりする。
まったく、立派な人間なのに、あの兄の抜けていることと言ったら!
『私が思うに、向こうも同じことを言ってる気がするわ』
不都合な呟きは聞こえなかったことにして、さっそくプレリィさんの元へ向か……おうとしたのだけど。
ドタドタ、なんて派手な足音が近づいたと同時に、バンと大きく扉が開いた。
「ユータ! よし、確保!」
「バッチリ3人いるわね! よし!」
「安全対策、よし!」
ガッとニースに小脇に抱えられ、目をぱちくりさせた。
苦笑するタクトとラキも、ルッコとリリアナに追い立てられ、連れ立って部屋を出ようとしている。
「えっと……? なにかあったの?」
渋々尋ねると、3人の目がキラリと光った。
「よくぞ聞いてくれました!」
「あの巨大蛇のせいでさあ、森がわちゃついてるのよ!」
「危険」
ああ……なるほど。
草原の牙は『毎日森へ出る』という約束をしたもんだから、ちゃんと狩りへ出ようとしてるんだね。
そこは素晴らしいのだけど。
「だから、ちゃんと考えたわけよ。ちゃんと身の安全を保ちつつ、森へ出る方法」
「……Cランクの護衛料金、もらっちゃおうかな~?」
くすっと笑うラキのセリフに、うぐっと詰まった3人。
「え、えと……これもプレリィの護衛の一環というか……」
「ほ、ほら、獲物はプレリィが必要なやつでしょ?!」
「共同、戦線……!」
なるほど。大汗かいて弁明するセリフにも、一理ある……ということにしよう。
「うん、じゃあ一緒に行こう!」
「わちゃついてるって、どういうことなの~?」
「獲物が多いってことか?」
渋ったポーズが嘘のように乗り気なオレたちに、一瞬ぽかんとして、そして3人が身を乗り出した。
「言葉のまんまだよ! なんか、多分蛇が暴れた影響で、奥地の魔物なんかも手前に出て来たりしてるらしい」
「そう! 獲物が多いっちゃ多いし、人によってはラッキーなわけ!」
「ハイリスクかき入れ時」
なるほど……外へ出てみると、森人郷の中もばたついている様子。
「せっかく蛇を押し戻したのに、4樹内の魔物が出て来たりすると意味がないよね。どうしてそんなことになっちゃったんだろ」
一難去ってまた一難、と難しい顔をすると、二人がとても微妙な顔で笑った。
「まあ……なあ」
「そう……だね~」
注がれる視線に、たらりと汗が伝う。
なに……? オレ? おかしい。それって、やらかした時の目……?!
『奥地で大怪獣大戦が始まっちゃうとねえ』
『付近の魔物は、たまったもんじゃないと思うんだぜ』
両側から響く声に、ハッとヨルムスケイル撃退までのあれこれが走馬灯のように駆け巡る。
巨大な魔物同士が、四樹内で大暴れしているとしたら……。
「で、でも! 最大の脅威は押し返したわけだし!」
多少の副産物は、許容範囲というか……!
「あのデカ動物も、森のお気に入りだったりすんのかな」
「その場合、決着は永遠につかないね~」
なんだか変わった趣味の『森』のことだから、十分あり得る。
こうなると、案外セデス兄さんのいう『魔物の好みスパイス分類』は役に立つのかもしれない。好きな香りを四樹内に、そして嫌いな香りで追いやる、という方法が使えたなら。
「ヌヌゥさんって、あんな無茶苦茶しても無事なんでしょ~? もう、みんな森のお気に入りになれば、話が早いのにね~」
「確かに! 郷をすげえ変な感じにすりゃ、お気に入りになるんじゃね?」
「ダメだった時に失うものが多すぎる~」
そんなくだらないことを話しながら入った森は、まさに『わちゃわちゃ』していた。
「陣形を崩すな! 何が来るかわからんぞ!」
「あっ! ロロイヤが向こうに! 行くぞ!」
「ぎゃあああ! ジッターがこんなところまで?!」
一攫千金も狙えるせいだろうか。案外多くの森人が森に出ているよう。
大丈夫なんだろうか……Cランク程度の魔物も多く出ているようだけど。
「これだと、郷も被害を受けそう……。でっかい蛇一匹より、こまごました魔物を防ぐ方が大変そう」
「そんなこともないだろうけど~」
「ヌヌゥさんとお前で、森に頼んだらどうだよ、お気に入りに入れてって」
そんな簡単なものじゃないでしょう。
苦笑したところで、でも、と思う。
本当に森人郷がもっとお気に入りの場所になったら。
そうしたら、どんな安全策よりも有効なのに。
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