995 本物が良い
「ふふ、かわいい」
3セットのオレ・タクト・ラキぬいぐるみを両腕で抱え、くすくす笑う。
これ、持って帰ったらビックリするだろうな。タクトぬいぐるみ、制服じゃなくてメイド服でも着せておけばよかった。決してラキぬいぐるみにはやらないけども。
執事さんにオレぬいぐるみを押し付け、オレ用の一式を収納に入れ、これで忘れ物はないかな!
あとは、ぬいぐるみにはさらさら興味なさそうなカロルス様のところへ行くくらい。
多分もう見ただろうけど、オレたち一式セットを直接見せたい。
カロルス様ぬいぐるみを抱っこして、執務室へ駈け込んだ。
「カロルス様! これ、見た?!」
「――ハッ……おう! 見た、見たぞ! その書類なら、ちゃんとチェックし――なんだ、ユータか」
ビクッと起き上がったカロルス様が、寝ぼけ眼でオレを認め、大あくびした。
適当言ってるなあ……カロルス様なら、目を通していても適当かもしれないけど。
「あー、なんか騒いでるやつだろ? なんだそれ」
しょぼつかせた目の前に、ずいとオレぬいを差し出して、満面の笑みを浮かべた。
「ほらこれ! かわいいでしょう?!」
「人形? へえ、ユータか? うまいこと作って……うん? それ、俺か?」
口角を上げてオレぬいをまふまふしていたカロルス様が、オレの腕の中でスタンバイしているもう一体に気付いた。
「そう! すごくかわいいよ!」
きゅっと抱きしめて頬ずりすると、ひょいと抱き上げられた。
「ここに本物がいるが?」
「でも、本物は抱っこできないもの」
「じゃあ俺がしてやる」
ぎゅう、と抱きしめて頬ずりされ、きゃらきゃらと華やかな声が零れ落ちた。
カロルス様がやると、おヒゲが痛いんだよ!
「もう! ぬいぐるみにやってよ!」
「なんでだよ。本物にしたいだろ」
「こっちの方が柔らかくて気持ちいいよ!」
「いやあ、そんなことねえぞ」
押し付けたオレぬいぐるみに、ぐりぐりやってみせてはいるものの、なんか……ぬいぐるみで顔を拭いているように見える。
なんだろう、この、価値を感じていないのがひしひしと伝わる感じ。
「かわいい、でしょう? ここにもオレぬいぐるみを置いておく?」
「おう、枕にちょうど――」
「やめてあげて?!」
寝心地を確かめようとするカロルス様から、慌ててオレぬいを取り上げる。
これは布と綿のかたまりじゃなくて! ぬいぐるみなの! たとえ素材が同じでも、枕とは一線を画す代物なの!!
腑に落ちていない顔のカロルス様には、ぬいぐるみを渡さないでおこう。感性というか、情緒というか……そういったものが皆無だ。
「そういえば、執事さんが、またロクサレンの事業になるねって言ってたよ」
「あぁ~やっぱりか……こういう騒動になると、決まってそうなんだよなあ……」
決して、オレがきっかけとは言うまい。
「あ! もうひとつそう言えば、ジフが『スパイスで魔物避け』とかできるかもって。それもなんだか、事業になりそうな勢いだったよ!」
「なんでだ?! なんでそう、ポンポン金になる話が転がり込んでくるんだ!」
……決して、オレがきっかけとは言うまい。
「とってもいいことだと思うけど?」
素知らぬ顔で諭しておく。
「めんどくせえ~。きっとまた王都にも行けとか言われんだよ……。セデスもでかくなったし、もう領主交代してもいいか? いいな! お前もいるし」
「ダメだよ! 英雄が働き盛りで引退したら大騒ぎになるよ! えーと、きっとフリーになったカロルス様のところに、山のような案件が来るよ?」
何って思いつかないけども、でもあながち間違いでもないんじゃないだろうか。
「ぐっ……じゃあ、病気療養中ってことで……」
「誰が信じるの……」
ヒュドラの毒を克服しちゃうような人じゃあ、無理がある。
深いため息を吐いて、机に伸びた大きな身体。よしよしと頭を撫でて笑う。
もうちょっと頑張って。だってオレ、カロルス様が領主様がいいもの。
――と、ばね仕掛けのように跳ね上がったカロルス様が、次の瞬間には書類とペンを持って難しい顔をした。
直後、音もなく部屋に入ってきた人影。
真面目な顔で書類を見ている風のカロルス様に、ちょっと溜息を吐いてオレを見た。
「おや、ユータ様、お帰りになったのかと。こちらの方はちっとも作業が進んでいないようですが、どうされていましたか?」
「え、えっと……お、オレとお話ししてたから……」
書類で顔を隠したカロルス様が、必死に目で訴えてくる。だけど、相手は執事さんだよ?! 無理だよ、オレたちでは!
「……まあいいでしょう。代わりと言ってはなんですが、お話があります。ユータ様からもお話しされたと思いますが、ちょうどそこにあるそれ、使わせていただいても?」
指されたのは、デスクの端に転がっている、カロルス様ぬい。
「お、おう! え? 何に……?」
「おや、まだお耳に入っていませんか? 新たな試みとして――」
すごい、執事さんが説明すると、ちゃんとした事業に聞こえる。
そして、ふんふんと頷いているカロルス様が、びっくりするぐらい耳を素通りさせている気がするけれど。
「――なので、その一端として、そちらのぬいぐるみが最も宣伝しやすいですから。よろしいですか?」
「おう。任せる」
あっ。
全然わかってないまま返事した。
ほらよ、と渡されたカロルス様ぬいを受け取った執事さんが、にっこり微笑んで『承りました』なんて踵を返した。
ぽす、とオレの腕の中にカロルス様ぬいを返して。
「うん……? それを使うって話じゃなかったか?」
「そう、だね。合ってるようなそうでもないような」
どうせ結果は変わらないんだし、まあいいか! ちゃんと本人に了承を取ったのはこの目で見たし。
ただ、王都に溢れるだろうカロルス様ぬいぐるみを思って、ちょっとばかり面白くない気分になる。
今だってブロマイド的な絵姿は出回ってるんだけどさ。
「せめて、限定品扱いとかどうかな……提案してみよう。他は自分たちで作るか、オーダー制にすれば、きっとカロルス様以外を作ろうとする人も多いはず……!」
よし、そのアイディアも伝えておこう。
分かってない顔のカロルス様を見上げ、ぽんと飛びついた。
「……確かに、本物の方がいいよね! オレには、本物がいるから」
ぎゅう、とその頭をかき抱くと、胸元でふふっとくぐもった笑い声が聞こえる。
「俺は、柔らかくも気持ち良くもねえけどな?」
腕の中から間近く見上げるブルーの瞳が、楽し気に細くなった。
「うーん、それはそう……」
「おいおい、ぬいぐるみの方に傾くなよ?!」
むっと不服そうな表情に、しばし考えこむ素振りをしてみせる。
「俺の方がいいって言え」
腕の中から抜け出したカロルス様が、オレを押しつぶさんばかりに抱きしめた。
ちょっと! ぷちっといっちゃう!!
「い、いい、よ! 本物がいい!」
べちべち叩いて降参すると、緩んだ腕の中で大きく深呼吸した。
「そうだろ。しょうがねえなあ、今日も一緒に寝るか!」
「ダメだよ! 今度こそ怒られるよ!」
いそいそソファーに向かおうとするカロルス様の腕から抜け出し、代わりに予備のオレぬいぐるみを渡しておいた。あっ、予備って言ったらダメなんだっけ。
「ダメだ、俺には本物じゃなきゃ意味がねえんだよ!」
昼寝の言い訳に使いたいだけで、そんな悲痛な顔をしないでほしい。
「じゃあね! オレもう戻るから! あっそうだ! こういうぬいぐるみもあるんだよ? これたくさん作ってもらって、並べておいたらお仕事はかどるんじゃない?」
「げ、やめろやめろ!」
テーブルにちょこんと座らせようとした執事さんぬいは、神速でオレの腕の中に戻されてしまったのだった。
進まなかった……。
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