994 いい夢を
「――とか、どうかなと思って……。でも、難しいよね、材料費がまずかかるんだもの」
言いながら、自分でも自信がなくなってきて誤魔化すように笑った。
だけど、見上げた執事さんは真剣な目をしてオレの前に屈み込んだ。
「それは……ユータ様、素晴らしいですね。私では、到底持ち得ない視点です」
「え、そう……かな?」
視線を合わせた執事さんが、ほんのわずか微笑んだ。
オレを褒めようと浮かべた微笑みは、なぜか少し苦そうに見える。
「十分に、益を見込めます。最初は、私どもの下請けとしても良いでしょう。当面の道具と、指導は孤児院への支援として些細なもの。こちらのぬいぐるみが軌道に乗る頃に、子どもらも仕上がっている。年かさの子なら、ぬいぐるみ自体の制作も可能でしょう」
そっか……! 良かった。以前見た孤児院の子たち、『町が危険』だと感じるような環境だったから……。何か、自分たちで稼ぐ方法があればと思って。
裁縫できる子は多いんだよ。ボロをつくろって着るから。だから……簡単な人形服ならって。
「でも、もしそれがうまくいくなら、あっと言う間に商人さんが商売にしちゃうかな」
「それはそうでしょうね。ただ、今回は孤児院です。慈善事業の一環としての購入をほのめかしましょう。そうすれば、貴族たちへの『ぬいぐるみグッズを買うこと』『孤児院から買うこと』双方の言い訳になります」
「な、なるほど……? どっちにしても、高価な衣装は孤児院では無理だから、うまく棲み分けできるかもしれない……?」
「ええ、悪趣味な豪華衣装は商人の方に任せましょう」
「でも、この計画ってぬいぐるみを流行らせなきゃ成立しない……よね」
あ、と少し落ち込んだオレに、執事さんはキラリと銀灰色の目を光らせた。
「そこは、問題ないでしょう。流行ります」
「ほ、本当?!」
「ええ。少々、犠牲になってもらう方はいますが」
にっこり、微笑んだ顔は優し気だったけれど、ふるっと身体が震えた気がした。
「えーと……大丈夫ならいいんだけど……」
「ええ、大丈夫です。こういう時のための、情報収集ですから」
すごく大丈夫じゃなさそう?! あの、それって一般的に脅迫だったり……しない? 本当の『大丈夫』だよね?! 物騒な話になるわけないよね? だって、かわいいぬいぐるみ販売のお話なんだから。
では、と立ち去る執事さんを見送って、ハッと思い立って近くのメイドさんを捕まえた。
「ねえ、オレのぬいぐるみって予備はある?」
「予備、予備ですか……? そのようなものは……」
「そっか。どのくらいで作ってもらえる?」
「あら、ユータ様ぬいぐるみでしたら、たくさんご用意がありますよ! 決して予備ではありません。全て本番で正式なユータぬい様です」
……そういうの、世間では予備って言うと思うんだけど。あと、ぬいぐるみに敬称はいらないよ。
まあいい、と在庫場所に連れて行ってもらったら……ちょっと眩暈がするほどたくさんオレがいた。
「あの……こんなにたくさんどうするの?」
「まだまだお作りする予定ですが……? どう、とは?」
そのままの意味だよ! 不思議そうな顔をしないで?!
もう深く聞くまい、と諦めて一体を取り出した。
「これは、オレがもらってもいいの? 友達とか……他の人にあげたいんだけど……」
「もちろんです! そういう時のためにもたくさんお作りしました!」
むしろ、そういう時以外の使い道がないよ?!
周囲から、『あれは私の27番目のっ……』とか聞こえた気がするけれど、聞かなかったことにする。一体、一人何体作ったの?! しかも分かるの?!
ちなみに、服装はまちまちで、きっと各自好きな物を作って着せたんだろうな。ドレスを着ているオレがいないことを祈るのみだ。
制服を着ているオレを2体選んで、もう一体は……どれにしようかな。
「一緒に寝たりは……しないだろうけど」
つい想像して、くすっと笑った。
だけど、そうしてくれたらいいと思って。
他の二体を収納に入れ、もう一体のぬいぐるみを抱え、目当ての人を探す。
もういないのかな? レーダーでも気配が薄いから、よく分からなくて――あ、いた!
「――執事さん!」
「……どうしました? ユータ様、急に転移してこられては、危ないですよ」
ほんの一瞬、ピリッとした気配が霧散した。
危ない、執事さんをビックリさせそうなときは、シールドを張っておかないと。
無事に腕の中に受け止められ、にっこり笑みを浮かべた。
「はい、これ執事さんにあげる!」
だって、執事さん絶対自分では持って行かないでしょう。
案の定困惑気味の視線が、オレの差し出した手の中に留まっている。
「ええと、ユータ様ぬいぐるみ……ですね? あの、私に?」
「そう! 執事さんに!」
腕の中から飛び降り、代わりにぐい、とぬいぐるみを押し付ける。
「ベッドに置いてもらおうと思ってね、これを選んだよ!」
「ベッドに……?」
しげしげ眺めた執事さんが、確かに寝間着ですね、と少し途方に暮れたような声でオレを見る。
「私の、ベッドに……?」
「そう!」
「こう言っては何ですが、気の毒では……? ユータ様も、あまり気持ちのいいものではないでしょう」
執事さんの言いように思わず吹き出した。
「気の毒じゃないよ! 大喜びだよ、だってずっと寝てられるもの。オレ、知らない人だと嫌だけど、執事さんが持ってるのは大丈夫だよ」
「そうですか……ありがとうございます」
複雑そうな顔をしつつ、拒否するまでもないと踏んだのだろう。にこっと微笑んで抱えなおしてくれた。
「ぬいぐるみが広がったら、思い出してね! 執事さんがぬいぐるみを広げたんだなって」
「私ではなく、ユータ様でしょう」
ううん、と首を振って、オレ用のぬいぐるみを取り出してぎゅうっとしてみせる。
「柔らかくて、優しくて、ほんわりする。……執事さんも、やってみて! それで、思い出してね。そういう気持ち、たくさんの人に届けたってこと」
「……ユータ様、私は真逆の人間だと知ってらっしゃるでしょう」
「知ってるよ! ……それが、好きじゃないってことも」
ぴょん、と首筋に飛びついて、抱きしめる。こうすれば、どんな顔しても大丈夫でしょう?
知ってるよ。執事さんは、そうやってすぐに自分を律して、傷つけようとすること。
だけど、事実は事実ってことも、きっと分かっている。
「執事さんがたとえ真逆でも、届けたのは、ほんわり柔らかいものだよ!」
執事さんがぬいぐるみをぎゅっとした気持ちは、どんなだろう。きっと、いやな気持ちじゃないはず。
ねえ、思い出してね。ちゃんと、執事さんが届けた気持ちを。
「一緒に寝かせてね! そうしたらきっと、いい夢見られるよ! オレ、きっといい夢連れてくるから!」
ややあって、そっと、そっと、オレの背中にまわった腕が、やんわりオレを支えた。
「…………そのよう、ですね」
小さな声は、確かにそう言ったから、オレは満足してまた笑ったのだった。
もふしら19巻! 2025/8/10発売ですよ!明後日!!
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